頂点である理由
【『深層』ダンジョン中腹】
脅威である龍を退けた後。
「えと、エマ?エマちゃーん?」
「・・・・・・・ばか。心配した」
「うん、ごめんね。なので、そろそろ、放してくれると―――――」
「嫌」
「・・・・う~~ん」
・・・・マギは、困っていた。
エマが抱き着いたまま離れてくれない。心配かけたのもあるし、ごめんなさいの気持ちも含めて好きにさせてあげたいが、さすがに、ダンジョンの中で身動きがとれないのはよくない。龍の血のりで、服も汚しちゃうし。
あとなによりも――――――
「エマさーーーーーん!大丈夫っすかー!応援呼んで来・・・・・・」
ずざざざざ、という砂煙を立てて角をドリフトし救援に来てくれた彼とその周囲の顔が固まった。
「あー・・・・・ソル君だー」
ずいぶん急いで来てくれたらしく、汗だくだ。周囲にこの街を根城にしている冒険者の姿もある。
ということは、救助した彼を診療所へ届けられたのかな?無事でよかった。
おつかれー。そうだよね、固まるよね、ごめんねー。
あと、さすがに恥ずかしいねー。いちゃつく場所じゃないもんね。
でもまだエマ離れてくれないね、困ったねー。
・・・・あら、エマ顔赤くなったねー、かわいいねー。
などと、様々考えていると。
「「「「「・・・・・・・・・・・・お邪魔しました」」」」」
「邪魔じゃないよー。ごめんね、来てもらって」
気を遣わせてしまった。
空気読んでくれてありがとう。でも、実はそれどころじゃないから。
―――――――周囲のマナが、ある一か所・・・・・目の前の亡骸に集まり始めた。
正確には、先ほど飛び散った魔力を宿した破片が、元に戻ろうとしている。
「・・・やばい。ソル君!!みんな連れて外へ!!あとこっちに向けて”閃光(flash)”お願い!」
「え何で?!いや、救助に来たんすけど?!ていうか、マギさんお帰―――」
「挨拶はあと!!早く!!!復活する!!!!」
直後――――――――
「Gyaooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」
先ほどの龍が、息を吹き返した。
・・・・・・これが、生態系の頂点たる所以。
龍は死なないのだ。正確には、殺しても生き返る。
どういった原理なのかは不明だが、心臓を貫いても、頭を吹き飛ばしても、しばらくすると復活してしまう。
過去の記録によれば、七度、違う方法で殺しても、蘇えったとされている。
ひとつわかっていることといえば、魔力の豊富な場所では特に、その復活が早いということ。
つまり、魔力の豊富なダンジョンであれば、当然、蘇るのも早いのだ。
・・・文字通り生き返ったその脅威は、その場にいた全員を固まらせてしまっていた。
が、
カッ!!!
復活する直前にソルが投げていた閃光玉が炸裂し、一瞬、龍の視界を塞ぐ。
その隙をぬって、マギはエマを抱きかかえて通路を走り抜ける。
「走って!!!!!!!!!!!!!!」
マギのその声に我に返り、ソルたちも脱兎のごとく、その場を撤退する。
持てる限りの全速力。来てもらって早々で悪いが、各々の力で生き延びる工夫をしてもらおう。
「さーて、撤退戦!!前面の人形もだけど、後ろの脅威に追いつかれるわけにはいかない!!
どーうしよっかなぁーーーーーーーーーーー!!!」
「ちょっとマギさん!!なんてもん引き連れてんすか!!救助のつもりが一気に死地ですよ!!
ていうか、なんで『深層』に龍が?!」
「たぶん侵入者!!文句はいいから防壁なりなんなりで足止め!!」
「いややるけども!!くそーーー!!無茶苦茶なことばっかしやがるこの人形ー!」
ソルは文句をいいながらも、一緒に救援に来た冒険者たちと、周囲の壁を崩したり、道具で魔力障壁を設置したりして防壁を作ったり等を、逃げながら器用にこなしている。
更に、追撃する龍の気が削がれるような細かい仕掛けまで通路の先々に設置して、奴の動きを鈍らせる工夫まで施していた。
・・・ソル君、やっぱり才能あるねぇ。
機をわかってる、というか。効果的なタイミングを見極めて、もしくは隙を作って。
ここに来るまでに冒険者として培った経験と、ここで手に入れた知識が、うまく合致して役に立っているようだ。
教えてそんなに日が経っていないが、覚えたことをきちんと覚えて活かしている。
ちょっとじーんときてしまった。
「ソル君、よく学習してるねー!僕は嬉し・・・」
「黙ってろトラブルの元凶!!邪魔!!はよ進んで!!」
怒られた。周りの冒険者たちもしっしっ、と追い払うような動作をされる。
え、この龍の騒動、僕のせい?僕、一応被害者だと思うんだけど・・・・?
・・・納得いかないが、みんなを巻き込んでるのは間違いないので、黙ってあらためて走り出す。
と、ここで抱えられたままのエマがおずおずと話しかけてきた。
「あ、あのマギ・・・ごめんなさい、わたし、邪魔に・・・・」
「いやいや、何言ってるの!つきっきりで守ってくれて、疲れてるでしょ?楽にしてて」
「そうっすよエマさん!マギさんが生還できたのエマさんのおかげなんすから、黙って抱えられててください!ていうか、それぐらいマギさんは面倒見てあげないと罰あたりますよ」
追いついたソルが、マギの言葉に加えてエマをねぎらい、マギを叱責する。
マギはそうなんだけど、むー、と不満そうに口を結び、エマはなんだか気恥ずかしそうに頷いて縮こまる。
こんなに危機的状況なのに、やりとりはなんだか平和である。
(・・・・マギさん、戻ってきた!エマさんも、無事だった・・・!)
ソルは、いまのやり取りをしながら、心の中でその事実をかみしめていた。
正直、ダメかと思った。自分も死にかけた『深層』ダンジョンに、非常事態とは言え、非戦闘員であるエマを残すなど、正気ではない。
実は、救助者を担ぎながら地上へ向かう道中、ちらと―――――生存を疑った。
療養所へ救助者を届けた後、街の冒険者を連れて救援に向かう際、もしかしたら、と二人の死を何度も覚悟した。
だから、二人が生きてるのを見つけた時、ちょっと面食らったけども、とても、嬉しかった。
・・・まぁ、結果、龍によって再会に水を差されたうえ、窮地に追い込まれてしまったが。
みんな、いま生きている!!あとは、生きたまま、帰るだけだ。
「よっし!今度は先行するんで、後ろからフォローお願いします!
ソルは喜びを悟られるのは恥ずかしくなり、顔を見られないように前へ出る。
エマさんはともかく、マギに嬉しさを感づかれれるのは、なんか、悔しいし。
「!・・・っと、”拘束(bind)”!」
『…?!』
行く手に現れた巨人型の人形へ拘束用のアイテムを転がし、単語を叫ぶ。
転がった先で発動した術式が、人形をがんじがらめにする。
「”装填、発射(load shoot)、発射(shoot)、発射(shoot)”!」
すかさず、マギが怒涛の三連射。なす術もなく、前方の”敵”は沈黙した。直後、
「”閃光(flash)”」
マギが目から強力な光を放つ。天井付近にいた蝙蝠型の人形の目を眩ます。
「お、飛行型。”照射(ray)”!」
すかさずソルが道具で光線を放ち、一掃した。
「うっし、一発!」
「む、悪かったね一発じゃなくて。動きながらだから当てづらいの!!」
「へへへ、さーせん。・・・ていうか、”砲(cannon)”て連射できるんすか?!」
「フルチャージじゃなくなるから威力も下がるけどね!!あ、そこ網(net)!」
「ほいっ!”炸裂(burst)”・・・・やっぱ今度説明書ください、細かい仕様、教えてくれてないだけでけっこうあるっしょ?あ、そこ地雷!!」
「うわぁ!あぶな!!もっと早く教えてよ、踏むとこだったじゃん!」
「こんな状況じゃなきゃもっとちゃんと教えられます、よっ!!」
前方を二人で切り開きながら、全速力で出口を目指す。
・・・・後方の冒険者は唖然としていた。
これだけ危機的な状況で、事前の打ち合わせもなく、瞬時に相手の攻撃・けん制に息を合わせている。
どころか、会話するほどの余裕を持ち、まるで日常を過ごしているかのような対応。
「・・・・・やっぱ『マギ・クラフト』さんとこ、ケタ違いだな」
「ほんっ、と。主都の冒険者に見せてやりたいわ。あそこの依頼なんて、ここからすればお遊びよ」
「まったくだ・・・・・救援、来ておいてよかった。俺たち負けてらんねえ!」
本人たちは気づいていないが、結果、後方を対応していた冒険者たちの意気も上がった。
流れとしては、とても良かったのだが・・・・
「・・・・くそ、全然止まらねえ」
振り返ったソルが、ひとりごちた。
・・・・山ほど足止めして多少勢いは削いだが、龍の足は止まらない。
さっき一度『殺された』のがよほど気に障ったのか、血走った目でこちらを睨んだままだ。
「こりゃー、ちょ~っと一工夫いるなぁー。冒険者のみんな、集合―!
ちょっとお願いなんだけど――――――――――――」
マギが、ここにきて全員を周囲に集め、相談をもちかける。
・・・・・ソルは、嫌な予感しかしなかった。