あの日のわたし/あの日のあなた
【過去 『深層』ダンジョン】
「くそ、だめだ!!刃が弾かれる!!」
「炎の魔法も効いてない・・・・!そんな、どうやったら倒せるのよコイツ!!」
冒険者たちが、傷だらけになりながら叫んでいる。
目の前の”敵”相手に、自分たちの攻撃が通用しない。
これまで、いくつものダンジョンを踏破してきた彼らにとって、それは未知との遭遇だった。
前人未踏、不踏の『深層』ダンジョン。
現存する最古のダンジョンにして、人形の巣窟。
過去、いくつものパーティーが挑むも、いまだ最奥まで到達した者はいない・・・・・
そんな場所に愚かにも挑んだ彼らは、いま窮地に陥っていた。
「う、おおおおおお!!!」
鈍器を持っていた男が、それを人形へ勢いよくたたきつける!
情けも慈悲もなく、敵は吹き飛ぶ・・・・・はず、なのだが。
「いっ・・・・・てぇ~~~!痺れた!どうなってんだコイツ」
鈍器を持っていた男が、距離をとって手をぶんぶんと振る。
堅すぎて、衝撃が手元へ戻ってきてしまった。まったく攻撃が効いていない。
「このっ・・・・炎でだめなら、氷で!!」
魔法使いが氷の礫をぶつけるも、堅い表面にはじかれて、意味をなしていない。
生物でもないそいつは、冷気で冷えたところで、動きが鈍ることもない。
その人形の勢いは、止まることなく・・・・・
「っぎゃあああああああ!!!」
魔法使いは、人形に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたまま、意識を失った。
「・・・・くそっ、だめだ、撤退だ!!対処のしようがねえ!
お前ら、魔法使いをかつげ!!逃げるぞ!」
「逃げるったって、あいつ、俺らを標的に定めてんだぞ!あの突進力もある!
逃げ切れると思うか?!」
「思わねえけど、できなきゃ死ぬぞ!!可能な限り荷物捨てろ!!
全速力だ、とっとと走れぇ!!!」
ばたばたと、撤退準備。負傷した者をかつぎ、重量のあるものを捨てていく。
かさばるもの、邪魔になるもの、次々と。
当然、
「ちょうどいい、てめぇは人形を引き付けてろ!!」
「え・・・えっ」
「いいのかよ、結構金かかったぜ、そいつ!」
「どうせ奴隷だ、珍しい種族とはいえ、奴隷なんぞまた雇えばいい!それに、俺らの足にはついてこれねえ!」
荷物持ちの奴隷、なんてものは、捨てられるわけだ。
「せいぜい時間稼ぎしろ!!それだけ、雇い主の生存率が上がるんだからなぁ!!」
最後にそんな捨て台詞を吐いて、さっき出会ったばかりの彼らは走り去った。
囮にするための、置き去り。金で買われた奴隷にはよくあることだ。
人形は、当然のように、残った私に目を向ける。
・・・・ふざけるな、と思った。
両親が死んで、奴隷商にさらわれて、売り飛ばされて。
危険な場所に連れまわされる毎日で。いつもいつも傷だらけで。
そんな理不尽が――――――――ただ悔しくて。
ぜったい、生き汚くとも。死んでなんてやるものか、と。冷たい奴隷商の檻の中で決めたのだ。
「っん・・・しょっ・・・!」
―――――生きてやる。
雇い主が捨てていった盾を持ち上げ、盾の先端部分を地面に突き刺し、補強する。
とてもじゃないが、非力な自分には持っていられないし、支えるのも厳しい重さだ。
でも、一度でも生身であの体当たりを食らえば、自分は助からない。
そして、その瞬間は間近に迫っている。
なら、たとえ無理をしてでも、生き残る工夫をしないと!
―――――――――生き残るために、あがこう。こうなれば、持久戦だ。
幸い、まわりには山ほどのアイテムが落ちてる。これを使って、少しでも命をつなぐ!
「っんう!!!」
決意した直後の、衝撃。
おそらく、体当たりされたのだろう。
私はなすすべなく吹き飛ばされ、地面を転がる。盾なんてほとんど意味をなさず、捨てられていった道具たちを吹き飛ばしながら一緒に吹き飛ばされ、私自身はなんとか壁で止まった。
でも・・・・・よかった。死んでない。
なにもしなかったら死んでた。盾のお陰で突進一回分、ちょっとだけ命をつないだ。
「・・・・でも・・・限界・・・・・・・・・」
本当にちょっとだけ、だ。
転がったせいで、尖った石や置かれていた道具にひっかかり、体中傷だらけ。
腕は当然、さっきの衝撃で折れてる。
飛ばされた壁際にはもうなにも置かれてなくて、残ってなくて、だから。
「・・・・・・・ちくしょう」
追撃してくる目の前の人形は、止められるはずもない。
・・・持久戦、なんて呼べない。
非力な自分の精いっぱいは、数秒程度の延命にしかならなかった。
――――――――のだが。
「・・・・・・・・・?」
来るはずの衝撃に備えていると、突進してきた人形は、突進した姿勢のまま目の前で地面にめり込み止まっている。
・・・・・目にあたる部分の光が消えてる・・・・死んでる???
「どうして・・・?」
なにが、起こったのだろう?
周囲には誰もいない。衝撃もなかったし、熱や寒さ・・・魔法による攻撃もなかったように思う。
多少、風が吹いた程度しか感じなかったのに、目の前の人形は機能停止していた。
「・・・・・・・・・あ」
だが、通路の向こう側―――――――――すぐそばに、いた。
おそらく、目の前の”脅威”を止めたもの。
「・・・・人形・・・・・・・」
もう一体の人形が、掲げていた腕を下ろし、こちらを一つ目で見下ろす。
そうだ・・・・・『深層』は、そういうダンジョンだった。
もし人間―――冒険者なら、生き残る見込みもあったけど、結局は同じ。
今度は、目の前の人形のように、わたしを殺すんだろう。
でも。
―――――――――――人形が同士討ちなんて、聞いたことなかったな。
『ダイ ジョ ブ ?』
「・・・・・・・・・・・」
『ダイ ジョ ブ ?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
幻聴、だと思った矢先、同じ問いかけ。
この人形・・・・・・・・・・喋った???
『ケ ガ シテ ル』
「・・・・・汚してる??」
首を振った。・・・・・や、待って。普通に意思疎通とろうとしてる。
なにこの人形、別の意味で怖い。
『ケガ シテ ル』
「・・・・・あ、怪我」
傷を指さしたら、首を縦に。・・・・・わたしを心配してる?人形が???
・・・・こわいこわいこわい!!なにこの人形?!
『ナ オセ ル』
「いっ・・・・あうっ」
戸惑っているうちに、問答無用で持ち上げられた。そのまま、ダンジョン内を運ばれていく。
・・・・・ダンジョン内で、人形に心配された、なんて話、聞いたことない。
更に、人形に救助されたなんて話も、聞いたことがないし信じられない。
・・・・・が。残念なことに自分はもはや痛みで動くこともできず、ただただ運ばれていく。
妙な命のつなぎ方をしているなー、などと思っていると。
『ツイ ダ』
「え?」
連れてこられたのは、行き止まり。目の前にはただ真っ白な壁があるだけ。
ああなんだ、結局もてあそばれただけか。この人形、趣味悪い、と思っていると。
『開 錠(un lo ck)』
人形の言葉で、壁が上下に割れた。
その奥には、大量の武具、道具、宝石類、などが積まれた小部屋が。
なに、ここ・・・・
『施 錠(lo ck)』
再び人形の言葉で、今度は割れた壁が閉じる。
・・・・その空間は、しん、と静まり返っていた。
人形が言葉を発した時、最初は面食らったが、人形を操っている魔導士がいて、その人が喋っているのでは?などと考え、勝手に納得していた。
だから、きっとここに来たらその奇特な人物と会うことになる、と思っていたのだ。
だが・・・・ここには、他に誰もいない。そう、いないのだ。
『コ レ』
呆然とするわたしの前に差し出されたのは、ライフポーションの瓶。
肉体の再生を促す、なかなかお目にかかれない貴重品、だったはず。
・・・・それこそ、奴隷のわたしを、雇うどころか買ってしまえるような、金額で。
「・・・使っていいの?」
うなずく人形。・・・・・・毒とか入ってないだろうか、と一瞬躊躇したが。
もう心配するのも馬鹿らしくなって、飲むことにした。のだが。
「いっ・・・・」
腕、折れてるんだった。受け取ろうにも、腕が上がらない、どころか、指もやられてて瓶も開けられそうにない。
人形が、上に少しのけぞったあと、三本しかない指で、一生懸命ポーションの蓋のコルクを抜こうとしている。
・・・・・妙に人間臭い動きをする。さっきのけぞったのは、あれか、腕のケガを思い出してあっ、ってなったのか。
・・・・・・・・・ちょっとかわいいな、こいつ。
で、ようやく蓋が開いたみたいで、嬉しそうにこっちを向く。ちょっと小動物っぽい。
そして、蓋の開いた瓶を差し出しながら、
『ア゛イ』
「え?」
『クチ』
と、言った。
・・・・そう、なるよね。器なんか、あるわけないし。
「・・・・あー」
施しを受ける恥ずかしさを感じながら、観念して、口をあけ、ポーションを待つ。
ゆっくり、ポーションが流し込まれてくる。何度かにわけで、少しずつ、飲み込んでいく。
・・・・・雛鳥って、こんな気持ちなのかな、なんて、想像した。
「・・・・・ありがと、人形」
飲み干して、一息後。人形相手に意味があるのかわからないけど、お礼を言ってみた。
人形の方は、なにやらこちらを向いて、きょとんとした顔・・・・をしてる気がする。
『マ ギ ア゛ー』
「?」
『マ ギ ア゛ア゛ ガ エ゛ー』
「え・・・なに、巻き上がれ???」
自分を指さしながら、なにやら言っているけど・・・・
『マ ギ ア゛・・・・・・マ ギ ア゛』
「もしかして・・・・・・・名前?」
うなずく。
・・・・・・名前まで、ある。ほんと、不思議な人形。
どういう原理かわからないが、操っている人もなく、攻撃もしてこず、妙に人間っぽくて、
そして、自分を助けてくれた。
この恩人に、名を名乗ろう。
「・・・・エマ。冬月の森の、エマ。よろしくね、マギ」
かろうじて、聞こえた部分で、そう呼んだ。後ろの方は、濁っていてよく聞こえなかったけど、あってるかな?
すこし首をかしげ、少し思案したあと、人形――――マギは、
『・・・・・エ゛ マ゜ 』
・・・・わたしの、名前を呼んだ。そして
「え、えっ!?」
がしゃーんと、その場に倒れこみ、動かなくなってしまった。
つついても叩いても、うんともスンともいわない。なにより、自分は腕がまだ動かない。
どうしようもなくなり、心配しておろおろしてしまった。
――――――翌日、何事もなかったようにむっくりと起き上がり、
『デン チ ギレ』
と、よくわからないことを言ってきたことを覚えている。ほんと、心配して損した。
―――――これが、マギとの出会い。
わたしの命を救った、魂を持つ奇跡の人形。
まさに、運命の出会いだった。