わたしにとって、あなたは
【『深層』ダンジョン 内部】
「・・・はぁ。もう馬鹿、ほんと心配かけて」
ソルたちが行った後、倒れているマギを小突くエマ。
残念ながら、マギからの反応はない。
胸部の核が淡く光っている以外は、どこも動く気配がなく、まるで眠っているようだ。
・・・・ほんと、人形らしからぬ人だこと。
はじめて会った時は、あんなに人形然としていた見た目も、ずいぶん人らしくなった。
だが性格、中身は・・・・出会った10年前から、ずぅっと、そのままだ。
「ぜんぜん変わってない・・・・すぐ油断するのも、人の話をあんまり聞かないのも!
で、失敗して心配かけてるのに笑って誤魔化す癖も、ずーーっとそのまま!!
ほんと、怒るのも疲れるんだから、いい加減直して!」
聞こえてないことをいいことに、指でつつきながら普段の鬱憤をぶつける。
これが眠っている人だったら、うーん、とか唸りそうなものだが、マギは身じろぎすらしない。
「もう!ほんとに無神経!!冷血人形!!あんぽんたん!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・早く、もどってきてよ」
言葉をかけていたら、ぽろっと、本音がこぼれた。
そのまま、さみしい、悲しい、こわい、と、感情がいくつもあふれてくる。
「・・・・っく・・・・ひぐっ・・・・・」
ついに、ぽろぽろと涙までこぼれだした。
ああ、だめだ。さっきせっかく立ち直ったと思ったのに、ぜんぜん、持ち直せてなんかなかった。
マギを、失うかもしれない。
そう考えるだけで、おそろしい絶望感が襲ってくる。
本当に、マギは戻ってくるのか?核は稼働しているようだが、それだけだったら?
実はもう壊れきってしまっていて、最後に少しだけ明滅しているだけだったら?
たとえ目を覚ましたとしても、以前のマギではなかったら?
あとからあとから不安があふれて、止まらない。
「・・・・っ、だめ、っひぐ、落ち着か、ないと・・・っ」
冷静に。でないと・・・・・
『Grrrrrrr・・・・・』
目の前に現れた、敵に対処できない!
「・・・っもう、少しは空気読みなさい、この無神経っ!!」
今度は目の前の人形を罵倒すると、エマは立ち上がり、マギの前へ立ち塞がった。
現れた邪魔者は三体。ゴリラ型で、前面の装甲が厚く、力任せに突進してくるパワー型。
その三体が、狭い通路を塞ぐように横へ広がったまま隙間なく突進してくる―――――!!!
「感情もなにもない人形が・・・・マギの道具を舐めるなっ」
ゲートから筒状のものを多数転送し、起点となる単語を。
「”装填(loading)”・・・」
筒から虹色の光弾が出たかと思うと、エマの魔力を吸収し、光弾が輝きを増す。
『?!』『!?』『?!』
驚きつつも前面のガードを固め、さらに突進を続けるゴリラ型。やはり、装甲には自信があるようだ。
「・・・・力の差もはかれないなんて、未熟者。”発射(shoot)”!」
光弾が撃ちだされる。三体それぞれへ一発ずつ。それを、ゴリラ達は正面から受け止め――――――
「・・・・ふぅ。とりあえず、一息」
身体の中心に空洞ができたゴリラ型たちは、勢いはそのままに、地面へと突撃し、動きを止めた。
マギの腕に付けている”砲(Canon)”と近い構造のものだ。
マギは自身の核に貯まった魔力を消費して、エマは自身の魔力を消費して使うよう、それぞれ調整したもの。
正直、一発にごっそり魔力をもっていかれるので弾数は限られるが、威力は申し分なし。
「はぁ・・・・・どれくらい、かかるのかしら」
ゲートからポーションを一瓶出し、あおる。正直、ポーションのストックが心許ない。
実は、エマがゲートから自由に出せるのは店にある在庫だけなのだが、仕入れ時期の前だったため、あまり十分な量が確保できていなかった。
それが尽きたらあとは持久戦になる。
・・・・終わりの見えない持久戦、なんて、負け戦必至。もうやりたくない、と思っていたのに。
いまはなんだか、ちょっと懐かしくて。
「・・・なんか、あの時みたいね、マギ」
目の前の人形だった残骸を眺めながら、動かない人形に、声をかけた。