依頼
【引き続き『深層』ダンジョンにて】
「・・・もう、ほんと何があっても驚かねーですわ・・・」
先ほどの爆弾発言からしばらく。ソルはどこか遠い目をしてつぶやいた。
命の恩人が、人形なのに自意識があって(アーティファクト級)、ダンジョン生まれで、既婚者でした。
もう、様々な方向の要素がてんこ盛り過ぎて、いろいろとどうでもいい気分である。
「あ、ソルくん。羨ましいからって、ダンジョン内で気を抜かなーい」
「羨んでませーん。ちゃんと索敵してますー」
「・・・大丈夫?誰か紹介しよっか?」
「哀れむな!!どーせ独り身ですよちくしょー!!」
などとぎゃんぎゃん騒ぎながら、ダンジョン内を進んでいく。
(・・・・・さて。目的は見逃さないように、と)
先導するソルに続きながら、マギは周囲の探索を再開する。
―――――実は、今日はいつもの巡回ではなく、依頼も受けているのだ。ソルに内緒で。
【数時間前 『マギ・クラフト』にて】
「・・・ダンジョンの救助を受けてくれる、って店は、ここ?」
夜明け前。鍵をかけた入り口をこじ開け店に入ってきた客は、第一声、そう尋ねた。
両足に、応急処置したのであろう、血のにじんだ痛々しい包帯、腕には火傷。
ほか全身に細かい傷を負った、冒険者らしき女性だった。
強盗かなにかか、とマギは警戒したが、女性の姿を見たエマが、緊急事態と判断しすぐに対応。
と同時に、女性を診療所へ搬送する。
その道中、救助する理由、はぐれた場所、救助者の特徴を聞き出し、料金まで説明した。
「・・・思ってたよりまともな商売してんのね。
・・・まぁ、いいわ。助けられなかったら殺すから――――――――――――」
などと物騒なことをのたまいながら、彼女は置き去りにしてしまった仲間の救助を依頼し、気絶するように意識を失ったのだ―――――
【現在 『深層』ダンジョン】
「・・・昨日よりずいぶんペース早くないですか?時間もずいぶん早いですし、今度は先行させられてるし。
・・・エマさんがフォローしてくれてる分、楽なとこはありますけどー」
何も知らず、昨日と同じ巡回だと思って、ぶつぶつ言いながら先行するソル。
・・・なんだかんだ言いながら、安全確認しつつ先行してくれているのは助かる。
不満があっても、すべきことがわかっていて怠らないのは、冒険者としての経験からか。
「・・・あの、マギ。もしかして、ソルさんに救助依頼のこと、伝えてないの?」
ソルの様子に、さすがにエマも気づいたようだ。不安そうに確認してきた。
「えっ、あー。実は、うん」
「ちょっと!もし見落としたりしたらどうするの?!もし失敗したら、あの冒険者、きっとほんとに殺しに来るわよ!」
あまりのずさんさに、さすがのエマも驚きと共にマギを問い詰める。
救助する人物の命もかかっているし、依頼者の印象から、最後の言葉はただの脅しではなく本気の殺気と宣言なのだと察したのだろう。さすがに焦りがみえた。
だが、マギはあっけらかんと返す。
「いや、そこは大丈夫。
要救助者がいる場合は絶対助けるから、きちんと索敵するように、って事前に伝えてあるし。
ルートも、昨日あの冒険者が救助者と別れたあたりを指定したから」
「でも・・・・」
「・・・・自分が死ぬような目にあったからね。そういう気配は、彼、たぶん見逃さないから大丈夫」
ちらり、とソルを一瞥して、安心させるようにエマへ笑顔を見せる。
・・・・そういったことを経験した人間は、同じような死に近い気配を感じやすい。否が応でも反応してしまう。いい場合でも、悪い状況でも。
今回は、いい場合になってほしいなと思うが。
「ま、結果的にではあるけど。肩の力抜いて、視野も広くとれてるようだから、大丈夫じゃない?」
ちら、と視線を送る。克服したとはいえ、少し前にこのダンジョンで死にかけたのだ。
自分と重ねてしまって、妙な気負い方をしないとも限らない。
「・・・あっぶね!トラップあんじゃん。そこの地面、踏まないでくださいねー」
たしかにそのおかげか、ソルは緊張などはしていないようだ。警戒しつつ、先頭を順調に進んでいる。
「もう・・・ちゃんと危機感もって。人の命がかかってるんだから」
「あはは。ごめんねー」
こつり、と頭をエマに小突かれてしまった。次からは気を付けないと。
と、そこで。
「待った。・・・・血の跡が残ってる」
ソルが鋭く制止する。人形だらけのダンジョンで、血の跡。
ダンジョンに血が吸われていないことを考えても、負傷した人間が近くにいる証拠だ。
・・・・階数も位置も、依頼人に聞いていた救助者の位置とほど近く。どうやら・・・・
「ビンゴ。ナイスソルくん、よく見つけてくれたね」
「・・・てことは、要救助者すか・・・?まじかよ、生きてっかな・・・」
そう呟くソルの顔が、少々青ざめている。トラウマを刺激してしまったようだ。
・・・・だが、その嗅覚のおかげで、こうして逃さず見つけられたともいえる。
マギは震えるソルの肩へ手を置き、
「きっと大丈夫。ふたりは周囲警戒しといて。確認してくる」
柔らかく微笑んで、一人で血の跡をたどった。
マギが”砲(canon)”を構え、通路を進むと―――――――――――
「・・・・ぐ、くそ、人形・・・・!」
突き当りとなっていた道の先で、腹部から血を流しながら、こちらに武器を向ける男がうずくまっていた。