97 『奴隷印』除去
奴隷少女の素肌に浮かぶ、紋章。
肌に直接刻まれている。
「焼き印……? 刺青……?」
即座にそんな発想が浮かんだが、紋章の図柄は禍々しく明滅し、そう簡単なものではないということがわかる。
「……『奴隷印』……!?」
その時、脳裏にある単語が浮かび上がった。
ここまで来る途中、立ち寄った村の人々が口々に上げていた単語。
しかも憎々しい感情を込めて。
奴隷に刻まれた印章。
つまりこれが……。
「『奴隷印』なのか……!?」
『この紋章から発する邪気は半端ではないぞえ。これなら人間一人の思考など簡単に掌握できるであろうな?』
つまりこれを刻まれた奴隷たちは、自分の意思に関係ない行動をとってしまうこともあると……。
……いうことかッ!?
「おい……!」
早速俺は、寝そべっている奴隷商の襟首を掴み上げた。
さっきまでやかましかったコイツは、『奴隷印』が明るみになった途端静かになりやがって。
『何か知っている』と言ってるようなものではないか!
「質問タイムだ。あの紋章について知っていること洗いざらい喋ってもらおう」
「ぐべえええッ! 暴力反対! 力づくで喋らせるなんて正義の味方がしちゃダメだろう? 人権! 人権を守ろうぜ! すべての生きとし生けるものには真っ当に生きる権利が……!」
お前らだけには口に出していい言葉じゃないな。
襟首をギリギリ締め上げる。首が圧迫され呼吸もままならないほど。
「ぐえ……、えっぽ……!?」
「無知な俺に教えてくれないか?『奴隷印』とはなんだ? これを刻まれたらどうなるんだ?」
「わかった! 喋る、喋るから……! 手を放して、ゲボゲボ……!?」
首絞める手を緩めるが、完全に放すまではしない。
喋らないならまたすぐ絞めてやるぞ、という意志表示だ。
「喋るならさっさと喋れ。喋らないなら絞め殺すだけだ」
『悠長じゃのう主様。さっさと殺してゴースト化する方が早いんでないかえ?』
アビニオンの脅しが効いたのか、こっちに容赦する気が一切ないと伝わり奴隷商は流ちょうに喋りだす。
「『奴隷印』は……、オレたちブルーバールム共和国を根幹から支える最重要システムさ。これのお陰でオレたちは安全確実に奴隷の取引ができている」
「前振りはいい、核心的なこと言え」
「うひぃいいいいッ!?『奴隷印』はぁ! 奴隷に言うことを聞かせるために一番いい方法なんだよぉ!『奴隷印』さえ押せば誰だろうとオレたちの言うことに逆らえなくなるんだよぉ!!」
やはりそういうことか。
「じゃあ、奴隷たちが一斉に戻りだしたのも……?」
「そうだ、あらかじめ基本コードの命令が刻み付けられてるんだ『現場で命令する者がいなくなったら、所定の奴隷蔵に戻るように』ってな。奴隷逃亡を防ぐための処置よ」
なんて連中だ。
さっきは奴隷たちが自由意思で従っているように嘯きながら、実際には意思の自由すら奪って人を思うように操っていたのではないか!
「適当なこと言いやがって! 俺たちが偽善なら、お前らは悪党以下の極悪人じゃないか!!」
「ぐべえええッ!? 落ち着いてくれダンナッ! オレたちはあくまでビジネスで……!」
こんなビジネスがあるかッ!
ただの悪行を、適当な言葉に置き換えてマイルド化するな!?
『そんなことよりも主様よ。これをさっさと引っぺがす方が先決ではないか?』
アビニオンの助言にハッとなる俺。
「た、たしかに……!?」
『話を聞く限り、この呪印をどうにかせんことには奴隷解放など不可能じゃのう。それに急がんと奴隷共がおうちに帰ってしまうぞえ?』
うあああああああッッ!?
そうだった!
『奴隷印』の効力で、自分の意思に関係なく奴隷商の本拠へ歩いて行っているのだろう。
さすがに徒歩ゆえ大した速度ではないから、今でも走って充分追いつける距離しか離れていない。
それでも絶えず移動していることはたしかなのだから、のんびりしてもられない!
「早いとこ『奴隷印』を解除して自由にしてあげないと、自動的に奴隷商のところへ戻されてしまう!」
「『奴隷印』を解除? ハッ、これだからヒーロー気取りのお兄ちゃんはおめでたいねぇ! ぐぼがッ!?」
いらんことを言う悪人は殴る。
「ぐぼげげげげ……。しかし『奴隷印』を解除するなんて不可能なんだよ! 奴隷売買の根幹を支える最重要システムだぜ。外部のヤツがそう簡単に外せて堪るかよ!」
「お前の言にも一理あるな。じゃあ教えてもらおうか?」
『奴隷印』解除の方法を。
部外者じゃなく身内のお前なら当然知っているよな? 情報料はお前の命だぜ?
「ケケケ、ねえよ、解除方法なんてな!『奴隷印』は一旦刻み付けられたら死ぬまで二度と外されないシステムだ! 解除法なんて最初から用意してないし研究もしてねえ! オレたちにとっちゃその方が都合がいいんだからなあ!」
ムカつく物言いではあったが、同時に納得もできた。
たしかに奴隷を思うままに操りたい奴隷商にとって、それをもっとも容易く実行できる『奴隷印』の無効化手段などあっては困る。
同時に一度『奴隷印』を押して奴隷にしたなら、それを改める理由もないから解除法を求めないのも自然の流れか。
『何、主様よ。そんな下等な人間など頼らずとも、わらわに頼ればいいではないか』
お?
アビニオン、キミが何とかしてくれるのか!?
『どんな仕組みか知らぬが、所詮人間ごときの作りしもの。この魔神霊アビニオンにどうにかできないものではあるまい』
おお!
こういう時に頼りになる万能神霊!
お頼み申します! その全知全能と言っていいお力で奴隷の印に縛られた人々を救いたまえ!
『ほっほっほ、主様が素直に頼ってくれるのはいい気分じゃあー。では早速役立つところを見せて主様に存在感をアピールしようとするかのう! ……あれ?』
「どうした!?」
『無理じゃ、この呪印は解除できぬ』
なにぃーーーーーッッ!?
アビニオンですらどうにもできないことがあっただと!?
それじゃあ『奴隷印』を押された人々を救出することが本格的に不可能に!?
『この呪印は、押された者の魂と肉体の両方に深く結びついておる。魂に結び付いている方は簡単に解除できるんじゃが、肉体の方が問題じゃのう。わらわは肉体についてはあんまり詳しくないんじゃ』
ゴーストだしねえ。
『肉体を傷つけぬまま呪印だけ消すというのが難しい。それでも人間ごときのスキルが作り出した呪印なら軽く掻き消せると思ったのに、随分根が深くまで張っているようじゃ。これを無理やり除去するとなったら、肉体ごと消し去ることになってしまうがよいかや?』
「いいわけあるかッ!?」
どうやら絶対的に不可能というわけではないが、かなりの副作用が出てしまうとのこと。
アビニオンに頼めば何でもできると過信していた分、ダメだとわかった時の衝撃は大きかった。
そうだよな……、何でもアビニオンに丸投げするのも悪いよな……!?
反省するが、その間にも奴隷たちは洗脳呪印に従って本拠地へ去っていく。
もう地平近くまで!?
ここから奴隷商の本拠地がどれだけ離れているか知らないが、早く手を打たないことには元の木阿弥になってしまう!
彼らに入らぬ苦痛をまた強いることに!?
「リューヤさん! 私に手伝わせてください!」
「ノエム!?」
そこへ、ここまで沈黙を保ってきた錬金術師ノエムが!?
「アビニオンさんは『奴隷印』の魂に影響する部分は取り除けるんですよね? でも肉体に及ぶ影響は手に負えない。……じゃあ、その部分を私が担当したらどうでしょう!?」
『なんとな?』
「私のスキルは<錬金王>です。肉体に作用する薬品をいくらでも作り出せます。というかストックには、大抵の呪術を排除する侵襲性のない錬金薬があります!」
『ほうなんとなんと!? なるほどそれを服用すると同時にわらわが魂の呪印をいじれば、この呪印消し去れるやもしれんのう!?』
まさかの角度から光明が!?
「それでは早速やってみましょう!」
「え? え?」
実験台になるのは、貴族男に寄り添っている女の子の奴隷だった。
先ほどまでもずっとそうだったが、彼女らだけは既にあの貴族男に買い取られた奴隷であるせいか、奴隷市場を壊滅されたあともここを去って奴隷商本拠に戻る気配がない。
自分を買い取った貴族男が彼女らの帰る場所なのだろう。
『奴隷印』で決めつけられた偽りの帰る場所ではあるが。
「な、何をするんですか? やめてください? 私にはご主人様が、ご主人様があああああッッ!?」
抵抗を見せた奴隷少女だが、アビニオンとノエム二人がかりに抗しきれるわけがない。
すぐに口に薬瓶をねじ込まれ、中身を流し込まれると同時にアビニオンが魂にアクセスする。
「んんーッ! んんんんんッ! んんーーーーーッッ!?」
何かにこじ開けられるかのような激しい反応を見せる少女。
やがてその体から禍々しい光が放たれ、それによって発散されるかのように……。
その体に張り付いた禍々しい紋章が消え去った……!