95 奴隷市場
村を出て、本格的にブルーバールム奴隷国家へと足を踏み入れた俺たち。
しかし踏み込んですぐ奴隷国家の全容を目の当たりにする……というでもなく、目に広がるのは荒涼たる砂地だった。
そういう気候なのか、樹木一本生えずに枯れ草程度がまばらに茂っている。
それこそ荒涼とした風景だった。
「農地なんかには適しなさそうだ。厳しい環境だな」
『だからこそ悪党の棲み処になるのではないかえ? 利用価値がなく、今まで顧みられなかった土地にいつの間にか不法侵入者が居付き、整備までして、退去させようとしてもできないほどの拠点になってしまっている。よくあることじゃ』
アビニオンが皮肉るように言った。
まあ、人に言えないことをしているからこそ人が寄り付かない場所に居を構えるのが悪党ってことか。
「しかし、意外に静かですね」
同行のノエムも言う。
風に乗って塵や砂が舞うため、スカーフで口元を抑えていた。
「そうだな、ヤツらのテリトリーに入ったらすぐにでも大軍勢が襲ってくるかと思ったが、そんなこともないな」
国境近くでの騒ぎを考えれば、先方は既に俺たちという脅威が迫っていることを察知しているに違いない。
万全の迎撃態勢を敷いてくるやと思えたが、今のところそんなこともなく眼前に広がるのは荒野ばかり。
静かなもんだ。
「なんだろう、この対応のちぐはぐさは?」
それとも俺たちがたった二人(プラス一)であることを知って、大仰な対応など必要ないと侮ってきたか?
「とにかくすんなり通れるところは通っておこう。トラブルなんてないに越したことはない」
とりあえず敵国内に侵入した俺たちが、さらに目指すのは、この国の首都。
そこに国のトップがいるはずであろうから。
敵を打ち砕くのに、頭を真っ先に潰すのは常道だからな。
「まあ、その首都がどこにあるかがサッパリなんだが……」
『事前に調べとけよ』と言わんばかりだが、犯罪国家で多くが謎に包まれているゆえ仕方ないと受け止めてほしい。
今さらながらに行き当たりばったりの旅路だ。
「ともかくどこかで道でも尋ねないと埒が明かないな。都合よく人にも出会わないだろうか……」
「あッ、リューヤさんあそこ……!」
ノエムが何か見つけたようだ。
どこまでも続くかのようだった荒野の一点に、何やら蠢く気配が察せられた。
「人……か? 何か集まってるっぽいな?」
「何があるかわかりませんけど行ってみませんか? このまま荒野をさまよってるよりマシだと思います!」
ノエムの言ももっともだと思ったので行ってみることにした。
無論敵地で人と遭うことは、そのまま戦いとなる可能性もはらんでいるが、そうなったら薙ぎ倒せばいいであろう。
割かし気楽であった。
◆
……そして。
荒野のド真ん中にポツンとあった人だかりに寄ってみれば……。
「これは……!?」
確認するなり顔をしかめざるを得なかった。
集まっている人の規模は一、二百人といったところか。
威勢のいい声がそこ彼処から入り交じる。
「さあー、いらはいいらはい! 新鮮な奴隷が揃ってるよー!」
「男も女も若くて安いよ! なのに値段はお手頃価格!!」
「気軽に買える奴隷青空市場だよー! いらはいいらはい!」
陽気に客を呼び込む商人たちの、後ろに居並んでいるのは間違いなく人だった。
粗末な貫頭衣を麻布で縛っただけの粗末な服装。
首輪をはめられ、さらにその首輪は鎖で繋がれている。うつろな目で立ち尽くしている。
そんな人間が、この集団一、二百人の八割以上を占めていた。
しかし彼らは人間としては扱われていないのだろう。
この市場を彩る商品として並んでいる……!?
「奴隷市場……!?」
知らずとはいえなんとおぞましい場所に来てしまったのだろう。
しかも恐ろしいことに、奴隷市場は一定の客で賑わっていた。
いずれも綺麗な身なりで、どこぞの王侯貴族だということが容易に察せられた。
彼らは居並ぶ奴隷を吟味し、奴隷商人と親しげに会話を交わし、まるで夕飯の買い物でもするかのように気軽に買っていく。
人を。
どれだけ人間としての良識を捨て去ればあんなことができるようになるのだろうか。
「リューヤさん……!!」
ノエムもまた、この狂った人の一面に恐怖を感じたのか、俺へとしがみついてきた。
よほどショックであったのだろう。
「さぁさぁそこのお兄さん! 突っ立ってないで買っておくれよ奴隷を買っておくれよ! 大安売りだよ買わなきゃ損だよ!」
立ち尽くす俺へと快活に話しかけてくるヤツ。
状況からして奴隷商人に間違いあるまい。
「青空市場ならではの良心価格だよ! その分品質は劣るが、それだけに使い潰しもできるし賢い買い物のしどころだよ! こちとら商人だ、商売には良心がつきものだからね!」
「品質……!?」
「そうともよ! ここに並んでる商品は粗方Dランクのスキル持ちでね! よくてもCランクどまりだ! Bランク以上のスキル持ちが欲しかったら首都に行ってもらわないといけないね!」
首都……!?
俺たちの求めていた情報がチラリと出てきた。
「でもまあ高位スキル持ちの奴隷は値が張るよぉ? どうせ強いスキルがあっても使いどころは少ないんだから、それなら下位スキルでお手頃価格の奴隷を数揃えた方がお得じゃないか!?」
「……ッ!?」
「それに夜のお供をお求めならスキルも関係ないしね! こっちの女奴隷なんかどうだい? 若いし、今はこんなナリだが洗えば綺麗になるよぉ!」
そう言って奴隷商人が鎖を引っ張ると、首輪を引っ張られて一人の少女が歩み出る。
「コイツは大して役に立たないDランクのスキル持ちだが、見た目だけはそこそこだろう? 今なら特典サービスで孕まないように加工してお渡しできるよ! もちろん無料だよ! それともお兄さんは奴隷を孕ませたい趣味かなあ?」
「……この……!!」
さすがに我慢の限界にきて奴隷商を殴り飛ばそうとしたが、それを引き留める者がいた。
ノエムだった。
「ダメですリューヤさん……! ここで騒ぎを起こしたら……!」
俺だけに聞こえるよう小声で訴えかけてくるノエム。
「私たちの目的は、奴隷国家をやっつけることです。ここは話に乗ったふりをして、上手く首都の場所を聞き出すべきです。そうでなくてもここでヘタに騒ぎを起こしたら、益々不利になってしまいます……!」
ノエムの言うことも正論だった。
目的の達成のためには我慢が必要な時もある。
そのためにも今は、奴隷を求めてやって来た客を演じて奴隷商に取り入り、必要な情報を聞き出して。
「おいお前! お前お前!」
そこへだ。
忙しない声で呼び止められたのでビクリとした。
一体何かと振り返ると、いかにも身なりのいい年若の男が俺たち目掛けてノシノシやってくるではないか?
一体何?
「な、何でしょう? 俺たちに何か?」
見たところコイツも奴隷を買いに来た客だと思われる。
貴族ぽくて、しかしこんな下卑た場所に顔を出すのか。
「なかなかいい奴隷を連れているじゃないか!」
「は?」
一瞬何のことかとわからず困惑。
しかし相手の貴族はニヤニヤと笑って。
「惚けるなよ、私と同じ趣味だということはわかってるんだぞ。このようにな……!」
貴族男が後方へと視線を向ける。
そこには彼の背後に控えるように三人の若い女性が並んでいた。
身なりは綺麗で、そこらに陳列されている奴隷の男女とは比べるべくもないが、しかし目がどんより死んでいるのは共通していた。
つまり彼女らも……。
「素晴らしいだろう? 私のコレクションだ。買い取った奴隷をここまで磨き上げて着飾り、キレイに慕えたげるのは私ぐらいのものだろうよ。はっはっは!」
人間を着せ替え人形であるかのように。
「だが、今日は同好の士に出会えて感激だよ! まさか私のと同じくらいに奴隷を着飾らせるユーザーに出会えるとは!」
……。
んッ?
誰のことかと思ったら、まさか俺のこと?
「なかなかいい趣味ではないか! ん? そこの女奴隷、優しいご主人様に出会えて幸せだなあ」
と貴族男がいやらしい視線を向ける先は……ノエム?
俺が連れている奴隷だとノエムのことを勘違いしている!?