91 奴隷商の国
更新再開いたします。
そして翌3/10に発売されますコンプティーク様で本作コミカライズの連載がスタートします!
よろしくお願いします!
ブルーバールム共和国は、奴隷制を認めている国だ。
世界的には少数派。
大抵の国々は、奴隷を悪しき制度として嫌悪し、禁じる法制度を整えている。
ブルーバールムはその時流に真っ向から逆らい、奴隷制を主軸に置いている国家だった。
奴隷による最安価な労働力でもって経済を回し、そこから得られる利潤が社会を支えている。
国民総数のうち九十パーセント以上が奴隷だという……もっとも奴隷に人権はないため国民とはみなされないから、額面上はそこの国民はすべて奴隷商によって構成されるとか何とか。
国政も、王は置かずに大手商人たちで構成された元老院が担い、その中から選出される総督が実質的な国家元首として数年の任期を務めるという。
ゆえにブルーバールムは共和国なのだ。
当人どもは、このシステムを進歩的だと謳い、自分たちこそもっとも先進的で効率的な国家だと言っているんだとか。
奴隷制も含めて。
奴隷商しかいない国なので、奴隷が売れれば売れるほど潤い、国家として大きくなる。
ゆえに他国への奴隷輸出を画策しているが多くの国が奴隷制禁止のために上手くいかず四苦八苦しているという。
規模的には俺の住むセンタキリアン王国の二十分の一以下の国力しかなく、国土もごく狭い、小国と言っていい存在だった。
その上に唯一の国家事業というべき奴隷売買は他国と取引できず、どう考えても社会を維持することはできない。
遠からず経済破綻を起こして国ごと消滅するだろうと言われ続けて数百年、しかし今日も変わらず存在し続け、元気に奴隷を売り買いしている。
ブルーバールム共和国がいつまで経っても潰れないのは世界七不思議の一つとして長らく学者たちの疑問となってきた。
しかしながら。
その理由は、教会と水面下で繋がっていることだとしたら?
スキルを与えるという、神に許された特権でもって世界を席巻する教会が後ろ盾にいてこそ、奴隷商だけで構成されたブルーバールム共和国は存続できるのではないか?
人さらいを通じて希少優秀なスキルの持ち主を奴隷化し、それを教会に売り払うことで……。
◆
「ブルーバールム共和国は潰します」
俺は王様に対して事実を告げるように言う。
相談ではない。率直な意思表明だ。
「奴隷制は悪です。百害あって一利なく存在を許してはならない。だからその奴隷制を認めるどころか主要産業にしているブルーバールムは滅ぼすべきでしょう」
さらに、ヤツらが教会と繋がっているというなら滅ぼす理由はさらに増える。
教会が困ることならなんでも迷わずするべきだと決めたばかりだ。
「…………我々は、この問題から目を背け続けてきた」
王様は沈痛な面持ちで言った。
「わかっていたのだ。我が国が奴隷制を認めぬ以上、彼の国とは敵対するしかないと。ヤツらは自勢力拡大のために様々な手段で我が国に奴隷を売り込もうとしてきた」
ある時は猫なで声で媚び、ある時は怒声で恫喝し。
曖昧な物言いで誤解を誘発させながら言質を取り、こちらにばかり誠実さを求めながら自分たちは当たり前にように前言を翻し……。
自分たちの主張を押し通そうとしてきた。
「ヤツらが我が国に奴隷制を認めさせようとする運動は、百年以上も継続している。その間ずっとヤツらの思惑が通らなかったのは、ひとえに奴隷制というものが人の尊厳を踏みにじる悪だと、決まり切っているからじゃ」
「仰る通りです」
「それでもヤツらの野望は留まらぬ。いかに善が悪に勝つものといっても、こうまで長く続けられては一度ぐらい白が黒に変わることもあり得よう。そしてひとたび黒に変われば、それが再び白に裏返ることは二度とない」
恐ろしいことだった。
それこそ悪が野放しにされることの恐ろしさか。
「いっそあの危険な国家を力でもって叩き潰すかと議題に上ったことは何度もある。しかしそのたび立ち消えにあったのは、今にして思えば教会の隠然たる影響があったからじゃのう」
率先して『ブルーバールム討つべし』を唱える者は何故かタイミングよく病に倒れたり、スキャンダルで失脚したりということが起きたという。
それこそ今の王様が即位する何代も前から。
「ヤツらが積極的に奴隷制拡大を企てる資金源も含めて、裏に教会がいたことを鑑みればすべて腑に落ちる。……あのエセ聖職者どもめが。普段上品ぶっていながらあのような汚物どもと仲良しこよしであったとは。心底見下げ果てるわ……!」
かつての魔族襲来の一件から、王様の教会嫌いは極まっていた。
今回のトラブルにも教会が関わっていると知り、益々嫌悪感を露わにする。
「あいわかったぞリューヤよ。余ももはや尻込みはせぬ。それこそ数百年来の問題であるブルーバールム共和国の処分を今こそ推し進めようではないか!」
意気込み奮ってのたまう王様。
この果断ぶりこそ、彼を『明君だなあ』と思わしめる第一のものだ。
「余はもはや教会とはっきり対立しておるゆえ、ヤツらがどう口出ししてきようとかまわぬわ。まずは彼の国へ抗議を送ろう。我が国にて奴隷狩りをしておった事実を叩きつけ、謝罪と賠償を求める!」
王様は言う。
「リューヤが、ヤツらの犯罪を暴いてくれたゆえにやりやすいわ! ここまで明確な証拠を突きつければ、いかにずる賢くても言い逃れはできまい。莫大な賠償金額を請求し、ヤツらの経済を圧迫してやる! それで支払いきれぬと泣きごとを抜かし次第、交渉決裂と決めつけて即開戦じゃあッ!!」
テンション上がる王様。
政治人として、大義名分を掲げより効率的な戦争の筋道をつけているのだろうが……。
「……ちょっと待ってください」
俺は、そんな王様の興奮を諌めた。
「恐れながら、そのような悠長な手段では仕留めきれないからこそ、その国は数百年も生き延びてきたのではないでしょうか?」
「うぬ?」
「弱小国が生き延びるには、したたかな交渉術とハッタリが不可欠です」
どんなに決定的な証拠を突き付けたとしても、心底の悪人は素直に認めたりしないから悪人なのだ。
真っ当な人間なら思い付きすらしないアクロバティックな屁理屈でのらりくらりと言い逃れるに違いない。
それこそヤツらの思う壺。そうやって時間を稼がれるうちに、必ずや教会が出しゃばってくるはずだ。
「いかに王様が教会と袂を分かったとしても、ヤツらの影響を百パーセントシャットアウトすることは不可能でしょう。必ず何かしらの手段をもって、こちらの行動を堰き止めに来るはずです」
そうして有耶無耶にされた挙句、ブルーバールム討伐は白紙に戻される。
恐らくはそんなことが数百年、何度も何度も繰り返されてきたに違いない。
「ヤツらは悪知恵のエキスパートなんでしょう。そんなヤツと交渉のテーブルに立って思い通りにやらせてもらえるとは思えません」
「ううむ……!? そう言われるとリューヤの言う通りのような気もしてきたのう。たしかに世の中には、こちらの考えつかぬような屁理屈を言ってくるヤツもおるからのう……!?」
心当たりがあるのか、王様は酢を飲んだような表情になった。
「ではどうすればいいのじゃリューヤ? ぬしなら何としてあの悪性国家をぶっ叩く?」
「相手に得意なことがあるなら、それをさせないことこそ必勝です。相手が交渉上手とわかっていて、わざわざ交渉のテーブルにつく意味などない」
相手の土俵では戦わない。
王様自身もまたタフなネゴシエーターであるからこそ順序を踏んで大義名分を掲げた上で奴隷国家を叩き潰す道を模索してるんだろうが。
政談なんかまったく得意じゃない俺だからこそ、できる発想があるものさ。
「交渉なんかせず、そのままブルーバールム共和国へ攻め込みます」
「何ぃッ!?」
俺の発言に、王様もさすがに目を剥いた。
「ヤツらの得意な言い訳する暇も与えず、一方的に速やかに攻め滅ぼしてしまえばいいんです」
口が上手いヤツは、大抵手を動かさないものだ。
元より小国らしい奴隷国家。ガチの戦争状態に入れば苦もなくぶっ潰せるだろう。
「いやいや待つのじゃリューヤよ! いくらなんでも無茶すぎるのではないか!?」
「なんでです?」
「なんでって、いくら無道の奴隷国家と言えども、相手はれっきとした国なんじゃぞ! それを交渉もなく一方的に滅ぼしたとあっては、それこそ我らが悪役じゃ。教会は無論のこと各国からの非難はまぬがれぬぞ!」
散々ヤツらのこと悪い悪いと言っているのに?
「しかし行儀よく相手に申し開きの機会を与えたら必ず逃げられます。狡賢い小悪人を確実に仕留める手段は、言い逃れのチャンスを与えないことです」
「そうかもしれんが……」
「ヤツらを滅ぼしたあとのことは、実際に滅ぼしてから考えましょう。そういうのは王様が得意でしょうから、全面的にお任せいたします」
「簡単に言ってくれるのう」
そのための手段は用意しているつもりだ。
まずはヤツらが俺たちの国に潜入して行っていた奴隷狩りの確かな証拠。
さすがにアビニオンにゴースト化させてもらった関係者の証言は証拠能力頼りないけど……。
その代わりヤツらの棲み処に置いてあった書類やら帳簿はバッチリ動かぬ証拠となるだろう。
それをもってブルーバールムの非を打ち鳴らし、なんか急がなきゃならない理由をでっちあげてくだされればそれでよい。
加えてもう一つ、王様の助けになるものを提供しようではないか。
「ブルーバールム共和国は、俺一人で向かいます」
「は?」
俺の発言に、王様はまた虚を突かれた表情になる。
「俺一人でブルーバールムに攻め込んで、滅ぼします。ブルーバールム共和国とセンタキリアン王国の戦争ではなく、俺一人とあの国との戦争です。それでこの国が矢面に立つことはなくなるはずです」
それによって王様たちが非難を受けることはなくなるだろう。少なくとも直接的には。
数百年間、法の網をかいくぐって生き延びてきた奴隷国家の息の根を止めるために俺は単独で動き出す。