90 新たなる戦いへ
俺のワンパンで砕け散った奴隷商をすぐさまアビニオンにゴースト化してもらい、持ってる情報を洗いざらい掃き出させた。
これで彼もゴースト化による情報開示の信頼性をわかってくれたと思う。
今さら遅い?
もう彼自身もゴースト化してるんだから?
まあ、いいや。
これでセンタキリアン王都に浸食する奴隷組織は一掃できたことだし、世の中が少しだけよくなったのは間違いないことだ。
やらかした規模が規模だけに王様にも報告しなきゃならないだろうが。
そのために奴隷商の屋敷に残っていた証拠なども根こそぎ押収してまとめ。
……その前に。
まず向かうべきところがあった。
◆
「本当に……、本当にそんなことを……!?」
「この街から奴隷組織は完全に払しょくされた。これからは安心して暮らすといいよ」
孤児院に戻って、ゼタに事実を告げた。
彼女は安心からか腰から力が抜け、その場にへたり込んだ。
平静を装ってはいたが、ずっと継続的に緊張感を強いられてきたんだろう。
「どうして……、どうしてアナタはそこまでするの……!?」
ん?
「だって私たちは、アナタを見下して見捨てたのよ? たかがスキルを与えられたぐらいで、それぐらいのことで一緒に生きてきた仲間を見捨てた。そんな私たちをアナタだって憎んでるでしょうに……!!」
「……」
「そんな私になんでそこまで優しいのよ? いい気味だって言うのが普通じゃない! アナタって変よ。アレだけ虚仮にされながら……!」
「俺は別に聖人のつもりじゃないよ」
同じような軋轢のあったリベルとは対立が極まって殺し合いにまで発展したし。
関係を修復することができたのは、あくまでゼタが昔の優しい心を取り戻してくれたからだ。
そうすれば俺たちは、いつでも以前の仲よかったころに戻れる。
「リューヤさんが困った人を見過ごさないのは当然なんですよ」
「ノエム!?」
何故キミがここで発言を?
「だから困ってるところに通りかかられたら問答無用で助けられるんだからそこはもう覚悟しないと。リューヤさんは特別いい人なんですから。幼馴染ならそれは知ってるでしょう」
「そうね、そうね……!」
そしてゼタもなぜか納得した。
「そうだった、リューヤは子どもの時からいつもそうで、私たち四人のリーダー役だった。だから必ずいいスキルを貰って、先頭に立って私たちを引っ張っていくって」
「期待外れですみませんね」
「いいの、スキルがないくらいで勝手にアナタに失望した私たちが悪いんだから……」
涙を拭きながらゼタが立ち上がり、表情を改めた。
「リューヤ、アナタが戦ってくれたことは本当に嬉しいんだけれど。センタキリアン王都にいる奴隷商を一掃したとしてもそれだけじゃ足りないの……」
「ああ、俺もそう思った」
最後の元締め奴隷商を始末したあとに、証拠品をいくつも回収してきたんだが、それでわかったことがあった。
「元々奴隷制のないこの国に奴隷を浸透させるには、どこか外から持ち込むしかない。王都に隠れていたヤツらは国外から紛れ込んできたヤツだ。当然送り込んできたヤツがいるってことだ」
「それだけじゃないわ」
ゼタが言った。
「元教会の私にはわかるの。奴隷を扱う連中と教会は繋がっている」
「……」
その告白に不快さはあったが驚きはなかった。
外道と外道の間に繋がりがあるならさもありなんというところだ。
「教会にとって最大の関心事は、強いスキルの持ち主をできる限り囲い込むこと。そのために彼らは非常に優位な位置にいるわ」
「何しろスキルを与えるのがアイツらだからな」
十四歳を迎えた若者にスキルを与える祝福の儀。
それを執り行うのが教会の神官ならば、スキルを与えられる瞬間には必ず教会関係者が立ち合い、その情報は筒抜けになるわけだ。
「私たちの時のように優良スキル持ちをその場で召し上げることもできるけれど。目当てが名家の子どもだったり、村とか街とかの共同体から反対されると、それはできなくなる。教会も表向きは世界のためにある組織だもの。そこまで好き勝手な振る舞いはできないの」
優良スキルを得て、とてもほしい人材が保護者の反対から教会に召し上げられない時。
ヤツらはどうするのか。
「表立ってが無理な時こそ、裏の連中が役に立つのよ」
「犯罪者……」
つまりは奴隷を売り買いする連中。
「優良なスキルを持っていてもまだまだ使いこなせない子どものうちにさらってきて、奴隷にする。それを買い取れば無事才能ある人材は教会のものになる」
「まさか……」
俺が思い出したのは、奴隷商に運ばれている最中だったノエムとの出会い。
そもそもヤツらは何故、うらびれた田舎に過ぎないというノエムの故郷に、ノエムという超優秀なスキル持ちが生まれたことを察知したのだろうか。
しかも祝福の儀が執行された直後に。
俺はノエムの家族なりが何かしたのかと勝手に想像していたが、それがまさに適当な想像でしかなかったとしたら。
ノエムのスキルをその場で知りえた者は他にいる。彼女の祝福の儀を執り行った教会の神官だ。
ヤツが人さらいを雇い、ノエムを連れ出させ、然るのちに教会が買い取る算段だったとしたら?
それが世界中のそこかしこで横行しているとしたら?
「なるほど、実にありそうな話だな……」
「奴隷商が私のところにやってきたのも、教会から何らかの情報提供があったからかもしれない。私の出身や境遇は記録されていたはずだから、それを手掛かりに私がここの孤児院出身だって……」
「それだとかなりの執念が必要になるんじゃ……?」
「所詮私のスキルは利用価値が低いから優先度は低かったでしょうけどね。だから見つけるまでこんなに時間がかかったのかも」
だとしたら、世の奴隷商たちは教会からの情報提供を得て、優良なスキル持ちをかなり効率的に見つけ出せるってことに。
教会と奴隷商。
まさに最悪の組み合わせじゃないか。
「だが、そうなると俄然やる気が出てきたな」
そもそも教会の邪魔になることは何でもしてやるぜと誓ったばかりだ。
元から奴隷商などこの地上に存在を許すつもりはなかったのだから、さらにヤツらを潰すことで教会にダメージを与えられるならなおのことやり甲斐がある。
「そうなれば、早速行動だな。ゼタに一緒に来てほしいところがある」
「ええッ? 行くってどこに? 子どもたちのこともあるから孤児院から離れたくないんだけど!?」
孤児たちのことを第一に考えるようになったゼタはとても立派だと思うが……。
「しかし今のことを改めて証言してもらうためにも、ゼタには是非同行してほしいんだよなー。いざとなったら孤児院の子全員連れてきたらいいから」
「一体どこに連れて行こうって言うのよ」
「王城」
◆
報告のために俺たちは一旦王城へと赴き、王様への謁見を願い出た。
やらかしたことも大袈裟になったし、どの道何も言わないで済ませるのは不可能だと思ったので。
偉い人の了承を取ったかどうかであと展開のスムーズさはだいぶ違ってくる。
「…………でかした、というべきかの」
俺からの報告を聞き終え、王様は安堵のためだけとは思えない重く長いため息をついた。
「我が国……しかも余の膝元である王都で奴隷組織が暗躍していたなど由々しき事態じゃ。それを一日のうちに壊滅……いや、末端の構成員すら残さず消滅させてしまうなど、やはりいつも通りのリューヤじゃのう」
「恐縮です」
「しかし……もうちょっと穏便にはいかなかったか? いかに重罪人とはいえ、全員死亡というのは……!?」
「S級冒険者の権限を早速最大限使わせていただきました」
犯罪者を罰する権限はS級冒険者である俺のに与えられたものの一つであったし、アビニオンの能力を持ってすれば情報を引き出すのに生かしておくより殺した方が早い。
ということで迅速さ第一に殲滅の限りを尽くした次第です。
「それよりもリューヤよ、其処な見慣れぬ婦人はどなたかの?」
「今回の事件に関わった人でゼタと言います」
いきなり王様に引き合わされて、さすがのゼタもプルプルと震えていた。借りてきた子犬のように。
そのうしろで結局一緒に連れてくることになった孤児院の子どもたちが、ここぞとばかりお城探検に息を弾ませている。
「……リューヤよ」
「はい」
「早速愛妾を増やすというのは男子の甲斐性天晴なところであるが、さすがにシスターとはのう。少々業が深すぎではないか?」
「そういうのじゃないですから!!」
俺たちは改めてセンタキリアン王国に浸食しかけていた奴隷商の危険性、ヤツらと教会が繋がっている可能性を王様に進言する。
ゼタも説明に加わってくれたので、よりスムーズに説明することができた。
「で、ついでのことながらこのゼタは教会から狙われていて。そのせいで日向に出られないような生活を強いられています。王様の権力で助けては上げられませんか?」
「いいよ」
フランク。
「我が国と教会はとっくに決別しておるからのう。向こうから引き渡し要求があったところで応じる義理はないわ。そなたのギルドカードに刻まれるという『教会脱走』の罪状も国王権限をもって抹消いたそう」
「ありがとうございます!」
ギルドカードが作れるならゼタも各種ギルドに所属することができ、クエストを受けてお金を貰うことができる。
彼女のスキル<聖なる波動>と<癒しの手>は平凡なスキルながらも利便性はあり、日々のクエストに大いに役立つだろう。
ギルドからの報酬も入れば孤児院の運営も楽になるはずだった。
「ゼタの安全が確保できたなら、俺も心置きなく次の段階へ進めます」
「うむ?」
「奴隷商の屋敷にあった証拠品を漁ったところ、国外から我が国へと奴隷勢力を送り込んでいる拠点の存在が明らかになっています。どうか王様の名において、俺がそれをぶっ潰すことを許可いただきたく……」
「それはいいが……、下手に許すと想像以上にやらかすのがリューヤだと既にわかっているからのう。余の責任が及ぶ範囲で頼むぞえ?」
心配性だな。
奴隷商の屋敷で調査し、ゴースト化した奴隷商本人からの証言を照らし合わせた結果。
奴隷商人の本拠地はとある小国にあることがわかった。
ブルーバールム共和国。
彼の国自体が奴隷産業を運営する、奴隷国家そのものだという。
少しお休みをいただきます。次回更新3/9(火)の予定です。