89 追いつめられた奴隷商
問題の商人は、意外にも大きな邸宅に堂々と住んでいた。
王都のメインストリートに面し、左右に軒を連ねる中でもひときわ豪華で、趣のある屋敷だった。
唐突な来訪でも、俺たちがS級冒険者と知るや否や大歓迎で通された。
名声はこういうところでも役立つらしい。
屋敷の奥で俺たちを迎えたのは、年若い、それでいて精悍そうな気配を持った紳士だった。
顔つきもハンサムで社交界に出ればさぞかし女におモテになることだろうなということが察せられた。
「いやはや! ようこそ来ていただけました!!」
屋敷の主人……つまり大商人は諸手を挙げて俺たちのことを歓迎した。
「あまり歓迎なさらないでください。先触れもない押しかけ来訪に、礼を失したと心苦しい思いでいます」
「いやいや! 今や国中の話題を独り占めする英雄殿の来訪であればいつでも大歓迎ですよ! 予定があったとしてもキャンセルし、アナタ方の饗応に全力を注ぎますな!」
相手の商人は気さくで明るく、会話すればすぐさま打ち解けるような雰囲気を持っていた。
それは商談を効率よく進めるために身についたテクニックでもあるのだろう。
彼の印象は一見では、容姿にも恵まれた才気煥発な有能商人……それ以外の何者でもなかった。
外見を眺めただけでは……。
「今すぐメイドに茶を用意させましょう! 我が商会が独自のルートで輸入している最高級の茶葉なれば、きっと気に入ってくださることと存じます!」
「歓迎は嬉しいのですが……」
俺は同行したノエムを背後に庇うような位置に置いている。
アビニオンは姿を消しているが、必要になれば呼ばずとも出てくるだろう、一瞬で。
「急いで訪ねたからには用件に入りたい。それだけ緊急のことなので」
「いかにもそうでしょうな。冒険者の中でもS級にまで登り詰めた方は、時間の流れも余人とは遥かに違うのでしょうな」
「かもしれません。今日は特別忙しなかった」
王都中の害虫を一斉駆除するのにな。
「して、私の下を訪ねてくださった用件とは……?」
「もちろんアナタの扱う商品についてです」
まだ……まだ叩きつけることはしなかった。
コイツが裏でやっていることは大体わかっている。
別に証拠がどうのとか悠長なことを言うつもりはない。そんなものがなくても自身の思い込みで悪党を裁ける権力と腕力を俺は持っていた。
しかし俺は、破壊をここで終わらせるつもりはなかった。
あくまで奴隷制が禁じられているこの国では、外からの浸食でしかこの悪しき制度は根付かない。
つまりは、国外のどこかから奴隷制を持ち込もうとする意図の持ち主がいるってことだ。
目の前の大商人も、その手先に過ぎないのだろう。
今日虐殺したチンピラの中からコイツの名前をかろうじて聞き出せた。
表向きの立場からも、重要な役割を担っているコイツなら、さらに有用な情報を抱えているに違いない。
いつもよりなお丁寧に、叩き潰していかなければ。
「私の商品に興味を持っていただけるとは。しかもS級冒険者の英雄に。非常に光栄なことです」
王都に潜伏している奴隷商のアジトは、一昼のうちにすべて潰し終えた。
それは一般的な捜査や検挙と比べれば信じがたいほどのハイスピードで、それゆえさすがの元締めといえど異常に気づく暇もないのだろう。
連絡役も一声鳴く前にすべて潰したからな。
自分の手足がすべて斬り落とされたことにも気づかず、頭だけが能天気に善良な商人を演じている。
「しかし、私の商会も手広くやっていまして。扱う商品も数十種にわたります。その中のどれが英雄殿のお眼鏡にかなったのか……?」
「この国では決して扱われていない商品を扱っているらしいですね」
「それは……! 私は輸入商が本業ですので。この国にはない珍しい品も多数ございます……!」
「輸出の方もご盛んな様子で」
「輸出……ですか、いやその……!?」
俺の言葉に段々不穏さを感じ、口数少なになってきた。
言質を取られることを警戒し、不用意な発言を控えてきたのだろう。
「……迂遠な腹の探り合いはやめませんか? そもそも何の変哲もない商談には不要なもの。率直にアナタのお求めを教えていただけませんか?」
「まあまあ、そう急がないで。もう少し世間話をしませんか。そう、俺が今日したことなど」
「…………何をしていらしたので?」
「害虫駆除です」
王都のそこかしこに隠れていた害虫の巣を、軒並み潰して回っていた。
「クエストとして受注したわけではないのですが。王都が浄化されよりよくなる意味合いもあるので張り切りました」
「S級冒険者にまで登り詰めながら、そのような地味な作業まで率先して行われるとは。実に頭が下がります……!」
それでですね……。
「ここが最後の害虫の巣です」
「は……!?」
「しかも一番大きくて、大元のね。今日の作業の総仕上げってわけですよ」
嫌な予感はしていたのだろう。
商人は……いや多くの手下を地下で蠢かせていた奴隷商は驚愕こそしなかったものの、一気に顔中から汗を拭き出す。
無数の玉のような脂汗。
「な、何を仰られているのか……! 私には皆目見当が尽きませんな!? 何かの思い違いでは!?」
「アンタが率いていた人さらいのアジトは残らず潰した。囚われた人々も奴隷にされる前に無事保護できたよ」
「……ッ!?」
「手下からの定時連絡はあったか? そろそろだろう?」
アビニオンの死者に歌わせる尋問術で、すべての情報は最速で収集済みだ。
一瞬大きく振り返ろうとした奴隷商だが、寸前で思いとどまった。
ここで言われるままに確認をしたら罪を認めるようなものだからな。
「アナタが何を仰られているか。私には本当にわかりません? どういうことでしょう? 一からご説明くださいませんか? そうすればきっと誤解は解けるものと思いますので……!」
「アンタの正体は奴隷商だ。この国から人をさらって外へと連れていき、奴隷にして売り飛ばす。そして逆にこの国に奴隷を多く根付かせて、いつかは奴隷制を認めさせようという目的なんだろう?」
「違います!」
奴隷商は椅子を蹴って立ち上がる。
この激昂した態度のどこまでが演技で、どこからが本気なのか。
「いかに救国の英雄だろうと! S級冒険者であろうと言いがかりに限度がありますぞ! 奴隷はこの国では禁止されているのです! そのことを私が知らないとでも思うのですか!?」
「つまりアンタは違法と知りながら奴隷の売買に手を染めていたと?」
「そうではない! それら全部アナタの言いがかりだと言っているのだ! アナタこれはよくありませんぞ! 真っ当に働く一商人に一方的な嫌疑の押し付け! S級冒険者に上がったばかりで横暴を働けば、きっと世間はアナタが傲慢になったと受け取り、いずれ伴侶となられるレスレーザ王女の名声にも傷がつきましょう!!」
レスレーザの名を出して、俺が怯むことを狙ったか。
「俺が確証もなくお前を処断しに来たとでも」
「証拠があるというのですか!? ならば見せてみなさい! もし反論の余地もないような証拠があれば私とて観念し、牢屋にでも入れば断頭台にも立ちましょう! 証拠があればね!」
論理的に追い詰められた悪党の常套手段『証拠を出せ!』コールだ。
どれだけ疑惑が深かろうと物的証拠で証明されなければ疑惑のまま。疑惑の段階では犯人にできないとゴネまくれるわけだ。
こういう場面を目の当たりにするたび、結局理屈ではゲスを追い詰めることもできないのだなと実感する。
理屈でヒトをやり込めるというのは、理を理解できるだけの知能と潔さを持つ人にしか不可能なのだから。
それらがあれば悪党なんかに落ちぶれない。
しかしそれにしてもここまで大きな態度でいられるコイツには、こいつなりの自信があるのだろう。逃げ切れるという。
手下や捕まえた奴隷候補を詰めておいた小アジトには、自分に繋がるような物的証拠は一切残していない。
仮に捕まった手下が自分の名を吐いたとしても、性根の腐ったチンピラの証言など信ずる価値はないとか言って押しきればいいとか思っているのだ。
かくも開き直った悪党を悔い改めさせるのは神にも不可能に違いない。
「では証拠をお見せしよう。……アビニオン」
『はいなー』
俺が呼ぶとすぐさま姿を現してくれる女ゴースト。
「お頼み申す」
『あいー』
俺の指示に応え、アビニオンが指をパチンと鳴らせばそこら中の虚空から現れる人、人、人……。
今までいなかった場所に、あるはずのない人影。
しかも現れた数十人は皆、生気もない表情で暗い洞のような輝きのない瞳をし、さらには体がぼんやりと透けていて向こうの景色が見える。
透明度は下に行くほど酷くなり、足などは完璧に透けて見えなくなっている。
つまり、この世のものではないということだ。
「うひぃ!? うひぃいいいいいいいいいいいいいッッ!?」
大量のゴースト群を呼び出されて奴隷商は恐れおののく。
「見覚えがありますよね? アンタが雇って王都で人さらいをやらせていたチンピラどもだ」
「ひぃ、ひぃいいいいいッ!?」
「一度殺して、アビニオンに幽霊として復活させてもらえば何でも指示に従うんだ。彼女はゴーストの女王だからね」
『さてクズの雑霊ども。生前ぬしらを使った親玉がいるなら指さしてみよ』
もはやアビニオンに魂を囚われたチンピラ幽霊たちは、命じられるがままに手を上げ、指を差した。
複数の指先が、一人、奴隷商の下へ集結する。
「どんなに生前クズのウソつきだったとしても、死してまでウソをつくことはできない。これでアンタがセンタキリアン王都で奴隷の売り買いを進めていたことは決定だ」
「うあぁ……、うあぁあああ……!?」
奴隷商、しばらくはゴースト群のおぞましさに身を凍らせていたが、商人の肝の太さかすぐに頭を再起動し……。
「……な、何を言う!? コイツら全員その幽霊女に従うなら。偽証させ放題じゃないか! そんな証言など証拠能力はない! 無意味だ!」
『ほう、そういうことを言うかのう……?』
アビニオンの眼が細まる。
『言ってはならないことを言ったな?』と言わんばかりに。
「ならば次は、アビニオンによってゴースト化された者が真実を言えるかどうかの証明をすればいいんだな」
「おお、できるものならやってみろ! できるものならなあ!」
「できるよ、簡単に」
お前を殺して、ゴーストにして、それで真実が言えたら本当ということでどうだ?
さすがに自分自身の感覚にまでケチをつけられるほど面の皮が厚くはあるまい。
「え?」
「そもそも手下を皆殺しにしているのに、お前だけ生かしておく意味があると思う?」
情報を聞き出したり法に従ったりとかで、すぐさま殺されないとタカを括ったか。
直の命のやりとりを知らない商人らしいマヌケさだった。
このゴースト群を見せられた瞬間にお前は、真っ先に自分の命の危機を感じるべきだったのだ。