08 冒険者研修
俺やロンドァイトさんによってボコボコにされた冒険者たちが、お医者さんによって運ばれていく。
周囲からは歓声や口笛が上がっていた。何故か。
「それだけアイツらが嫌われてたってことだろ。でももう二度とアイツらの大きな顔を見ることはないだろうね。特にリーダー格のアイツは。アンタのおかげで完全に再起不能だ」
「彼には悪いことをしました……!」
俺に僅かな魔法適性スキルでもあれば、回復魔法を修得して彼の怪我を治してあげたんだが。
やはり所詮は<スキルなし>の俺だな。基本的に何もできない。
「最終的にはいいことになるだろうよ、アイツにとってはね」
「そうなんです?」
「たしかに<ファントムハンド>はいいスキルだ。小回りが利いて何より応用範囲がバカ広い。鍛え上げれば一流冒険者の切り札になったろうがアイツはダメだ。いいスキルに使い手自身が腐っちまった」
たしかに。
高性能スキルを授けられたことで慢心し、他人を見下すようになってしまった。
あんな腐った心根ではどんないいスキルも使いこなすには至らぬだろう。
「あんなバカは慢心したまま突き進んで、ある時強力な魔物にブチ当たりなすすべもなく殺されるのがセオリーだ。お前はそれを止めてくれたようなもんだよ。両手がバキバキになっても命は残ったんだからな」
「たしかにあの腕じゃもう冒険者稼業は無理ですね……」
「生身の腕が使えなくなったとしてもアイツのスキルなら日常生活に支障はない。これからは静かに生きていくがいいさ。一般人としてね」
謙虚さを忘れてしまった愚か者をドロップアウトさせるのも、プロの優しさか……。
「というわけだ。アンタも肝に銘じておくんだよノエム!」
「はひぃ!?」
唐突にノエムへと詰め寄るロンドァイトさん。
「アンタのスキルはあのアホより遥かに貴重で優良なんだ。きっとこれから多くの人間がアンタにすり寄ってゴマを擦るだろうさ。おだて上げるだろう。アンタはそれに気をよくして自分が神様にでもなったかのように錯覚する!」
「そ、そんなことないです!!」
「その気持ちをいつまでも忘れるんじゃないよ」
スキルの価値は自分の価値じゃない。
その言葉はこれまでの俺の価値観を覆すものだった。
生まれてスキルを授けられることのなかった俺だが、そんな俺に苦しみがあったように、スキルを授けられた者にも相応の苦しみがあるってことか。
「まあアンタにはこのリューヤがいる。もしかしたら<錬金王>なんてスキルよりも彼の方がアンタにとって得難い宝物になるのかもしれないねえ」
「はいッ!!」
いい返事だこと。
「それじゃあトラブルもあってゴタついたが、早速新人冒険者研修を始めようじゃないか」
「新人冒険者研修? 何ですそれ?」
「冒険者は誰でも最初に受けることになってるんだよ。そうでなきゃ試験もなしに登録許可なんて出すわけないだろう」
たしかに。
「最初にベテラン先輩から冒険者のイロハを叩き込まれる。そうしないと新人がある程度育つまでに死体の山が出来上がっちまうだろ。さすがにそんなことはさせられないよ」
たしかに。
「というわけで、素人でもできる超簡単クエストをこなしがてら、冒険者としての最低限の心得をアンタらに叩き込んでやるよ。てなわけで出発だ野郎ども!」
え? え?
何だその口ぶり?
もしかしてロンドァイトさんもクエストに出るとか!?
◆
というわけでやってきております。
ここはどこだ?
コラント平原とかいう、街から南東に位置する広大な平原地帯……なんだとか。
「ここでこれからアンタたちには、初心者用の超簡易クエストをやってもらいます!!」
ロンドァイトさんノリノリだなあ。
っていうかなんでこの人が引率をしているのだろうか?
ついさっきギルドマスターであることが判明した彼女であるが、それだけに不自然なまでのフットワークの軽さに驚かされる。
受付に座っていたり、今こうして俺たちを引き連れて街の外に出たってことは、その新人研修をみずから主催するってこと?
「冒険者ってのは自分から動いてこその職業だよ。偉い身分になったからって豪華な部屋の奥に座ってふんぞり返るようになったら冒険者として終わりだね。そのことをギルドの上に立つ者から示してかないとさあ!」
バイタリティのある人だった。
そういえば冒険者の信条は、バイタリティ&スジ&思いやりだったっけ?
「いいか! アンタたちはまだまだヒヨッコだ! カカアの股から出てきたばかりの赤ん坊だ! 言葉の一つも知らないバブバブの何にも知らないヤツなのさ! わかったか!!」
「はひぃッ!?」
ノエムが圧倒されている。
「そんなアンタに、ベテランのこのアタシが注ぎ込んでやるんだよ! 冒険者の知識を、覚悟を! ズッポシドプドプ中出ししてアンタらの内側から染み込ませてやる! そしてアンタらを一人前の冒険者に作り替えてやる! 嬉しいかい!? 有り難いかい!?」
「はい! 嬉しいです!」
「声が小さい! もう一度!」
「嬉しいでぇーーすッッ!!」
茶番はその辺にして、話を進めませんか?
新人研修を兼ねた初心者向けクエストは……薬草採取クエストか。
ポーションの原料となる薬草をこの平原で規定量摘んで来ればいいんだな。
この籠いっぱいにすればいいのか。
「草摘みなんて舐めるんじゃないよ? 平原とはいえ街の外なんだから、この界隈だって危険と言えば危険だ。そして実際魔物に襲われて怪我した時、命を救うのは薬草を煎じて作られたポーションだ。その原料を採取するこのクエストは、いわば冒険者全体を支える命綱だ」
「はい!」
「わかったらさっさと摘んできな! 時間がかかってもいいから手違いなく正確に採取するんだよ! 雑草なんて交ぜたら調合師に手間かけさせちまうからね!」
ロンドァイトさんの大声にワタワタしながらノエムは平原を駆けていった。
そして地面中に広がる草から、教えられた通りの様相の草を見つけては引っこ抜く。
「あれは……教えられたままってわけじゃないね」
それを遠目で見守りながらロンドァイトさんはノエムの仕事ぶりを注意深く分析。
「本能的に見分けているね。薬効のある草とそうでない草を、あの子は教えられるまでもなく見分けがついている」
「村で暮らしていた時はよく森に入ったと言ってましたから、その経験ですかね?」
「いや違うね。あれこそ<錬金王>のスキル効果だ」
スキル格付けSSSとかいう、あの……?
「<錬金王>は錬金術を助けることに懸けて最高の効果を発揮するスキルだ。薬剤の調合、錬金作業、失われた霊薬や神具の知識などを惜しげもなくあの子に与える。あの子は<錬金王>の効果で知るまでもなく、薬効のある草を見ただけでわかるんだよ」
「そんなことが……」
「そしてそれすら<錬金王>の数多くある効能の一つに過ぎない。あの子はこれからとんでもない発明をして、多くの人から注目されるんだろうねえ。これからのことを思うと頭が痛いよ」
曲がりなりにもノエムの所属するギルドの長として、彼女を監督する義務のあるロンドァイトさん。
保護する義務もある。
あまりにも有望すぎる新人に、どう導いていけばいいのか頭を抱えるところなのだろう。
「頭を抱えるのはアンタだってそうだろう?」
「俺もです?」
「どんな魔法を使ったか知らないけれどあんなに懐かれてさ。実質的にあの子の保護者はアンタだろう? あの子が変なヤツに引っかからないよう目を光らせるべきは、まず誰よりアンタなんだからね?」
俺もここまで懐かれるのなんでだろうと疑問でならないほどなのですが。
奴隷商人から助けたことが、そこまで心を打ったのか?
「ねえアンタ、一応聞いておくけれど……」
「はい?」
「もうあの子のこと抱いたのかい?」
「はいッ!?」
何てこと聞きやがるんですか!?
品性がなさすぎですよ!?
「大事なことだよ。あそこまでアンタのこと慕ってるんだ。ちゃんと肉体関係を持って結びつきを強めた方が互いのためだと思うがねえ」
「でもあの子、まだ十四歳ですよ? こないだ祝福の儀を受けたばかりだって言ってたから……!?」
「ならなおさらだよ。なんで十四歳になったら祝福の儀を受けるのか知らないわけじゃないだろう? この国じゃ十四歳で一人前とみなされるからさ!」
た、たしかにそうですが……!?
「一人前なら結婚してもいいし子ども産んでもいいんだよ。その証拠にアタシの知り合いにはいるよ、アンタぐらいの年で子どもを二人も作った夫婦をね」
「ちなみにロンドァイトさんは?」
「三十過ぎて独身なのが、そんなに悪いかい?」
「すみませんでした!!」
思ったより近いところに落とし穴があった。
「アタシが言いたいのはね。必要以上に好き合った男女がセックスしないのはそれはそれで不自然だってことさ。欲深なムジナどもはそういうギクシャクしたところをすぐ見抜いてくる。そしてアンタからあの子を引き離すテコにするのさ」
「な、なるほど……!?」
「女のことを大事に思うなら、むしろ手籠めにする方が正しい時もある。でも男の中にはたまに、無闇に手を出さないのが大事にすることだと勘違いするバカもいるけどねー。そういうヤツに限って童貞なんだよね」
「うッ!?」
俺の僅かなリアクションを見逃さず、ロンドァイトさんは笑った。
「もしかしてアンタも童貞かい?」
「どッ、どどどどど童貞です!」
「ならビビるのも仕方ないねえ。あの子の前で恥かきたくないって言うなら、まずアタシで練習してみるかい?」
「肝っ玉お姉さん!?」
思いもよらない提案をしてくるロンドァイトさんの微笑みは、それまで通りに豪傑めいてはいたが同時にゾクリとするほど色っぽくもあった。
「誰でもってわけじゃないよ。見込みのある新人はしっかりと関係を持って繋ぎとめておかなきゃってことさ。人間同士の間柄でもっとも強いのは血と肉の繋がりだからね。こう見えてギルドマスターも大変なんだよ」