88 害虫駆除は手早く
『五つ目の角を左に曲がって、小道に入るのじゃ』
「はいはい」
『裏通りになったら二つ目の曲がり角を左に回り……』
「はい」
『さらに左に曲がって、左に曲がって、左に曲がるのじゃ』
「それ結局一回りしてない?」
『そして南に四十五歩、西に九歩、さらに東に十七歩歩くのじゃ』
「なんで急に方角基準で案内しだすの?」
『そして右手に見える青色のドアが目的地じゃ』
はーん。
ここが奴隷商どものアジトの一つか。
ごめんくださーい!
という気分の下、俺はドアを蹴破った。
「どわああああああッ!?」
「なんだなんだ!? 衛兵のガサ入れか!?」
「商売敵のカチコミかもしれん! 迎撃しろ! 商品を守れえええええッ!!」
ドアの向こうにいた人たちは、突然の轟音に戸惑うばかり。
いや、人ではないか。
奴隷の売り買いに携わったヤツなど人以下の虫扱いで充分だ。
というわけで目についた傍から殴り倒していく。
「ふぎゃッ!?」
「ぼげぇえッ!!」
人の形をしたモノをまったく手加減なしで殴るのは久方ぶりだ。
本当に森を出て直後、山賊に出遭ってぶりかなあ。
当然のごとく殴られたヤツは四散し、赤色の煙となって破片すら残らなかった。
生け捕りにして情報を聞き出さないと?
その意見ももっともだがまあ今しばらく見守りあれ。考えはあるので。
「あらかた片付け終わったか。しかしどいつもこいつも、とても偉そうには見えない顔だったな」
『この場所を守るように命じられとる用心棒とか私兵といったところじゃろう? 消されても痛くもかゆくもない末端ということじゃ』
それでも、多少有益な情報は握っていることだろう。
もちろん死んでしまえば情報を聞き出すすべもない。
通常の手段であれば。
「それではお願いいたしますアビニオン様」
『あいさー』
アビニオンが<霊体操作>で今殺したばかりの無法者たちの霊体を呼び出す。
『ほーりゃ、知っていることをキリキリ吐くのじゃー』
万能存在、魔神霊の異能によって死してあとからでも情報を聞き出し放題。
霊体になれば完全にアビニオンの支配下になるため口を紡ぐこともウソをつくこともできないから、生きている時より尋問としては断然効率がいい。
異能なので、何かしら公の場に立った場合証拠能力はないが、手早く聞き出して行動したい時には最適だった。
え? 犯罪者とはいえ裁判なしに即刻殺していいのかだって?
そのためのS級冒険者の肩書きですよ。
世のために危険を冒す最上級の実力者と認められたS級冒険者は、自己の判断で犯罪者を処断していい権限が与えられるのだ!
通常の冒険者でも、非常時の正当防衛は普通に認められているがS級冒険者はそこから一歩進んで、各国の司法に代わって犯罪者を独自の判断で処断できる!
S級ギルドカードは殺しのライセンスでもあったのだ!
『ふむふむふむ……、最初の連中からは聞き出せなかった他のアジトが判明したぞえ。三ヶ所ほど』
「いいね、では一つずつ迅速丁寧に潰していきますか」
ここで、賢しらなヤツが言ってきそうな言葉がある。
『すぐさま攻撃するなんて性急じゃない?』『それで倒しても所詮末端でしょう?』『頭を潰さないと意味ないじゃん』『泳がせて上に繋がる糸口をつかんだ方が絶対いいって』等々。
しかし俺は頭だけを潰すようなことをあえてしない。
潰すなら全部潰す。
どうせ末端のザコと言えども悪党であることは変わりがないし、指令する頭目を失ったって悪事を働くことに変わりない。
今この瞬間も、その悪党どもに苦しめられている人がいるなら一刻も早く助けてあげたいし『頭が云々』などと悠長に言ってそんな人たちを見殺しにしたくない。
できる時に何もしないで誰かを死なせてしまったら、俺が殺したようなものだ。
そんな罪悪感に俺の弱い心は耐えきれないので今できることは全部やります。
『主様、そこの隠し扉の奥に奴隷にするために捕まえた者どもを隠しているそうじゃぞ』
「でかした!!」
アビニオンの収集した情報の下に隠し扉をぶち抜く。
奥にあった簡易牢には、多くの女子どもがすし詰めにしてあった。
「めっちゃ詰め込んでるじゃねえか、可哀想に」
『欲を張りすぎじゃのう』
鍵を探すのも面倒なので、鉄格子をへし折り出口確保。
皆、数日にわたって監禁されていたようで衰弱していた。
「皆さんにポーションを配ります!」
「頼んだノエム!」
俺たちに同行したノエムは修羅場を見せたくないので待機してもらっていた。
彼女謹製の錬金ポーションを、解放された人に一本ずつ手渡す。
用意のいいことに毛布や替えの服まで用意されていた。
「全部錬金術で作りました!」
「ノエムの錬金術万能すぎない?」
「近辺の兵舎に連絡用の伝書ホムンクルスを飛ばしたので、すぐに急行してくれると思います」
アビニオンもノエムも頼りになりすぎる。
アフターケアも万全に終えて、『次』へ向かいます。
奴隷商のアジトは一つだけじゃないようなのでね。
『主様、主様』
「うん?」
『ゴーストにした連中から聞き出したことじゃがな。ヤツら襲撃を受けた時の備えはしてあったようじゃ』
「というと?」
『何かしら異常があった場合、それを他にアジトに伝える手筈をしておったらしい』
「マジかよ」
だとしたら、既にアジトが一つ襲撃を受けて壊滅したことは知られているということか?
じゃあ逃げられる前に急いで全部潰さないと……!
『それなのじゃが、アジトに駐在しておった者の中に、通信系のスキル持ちがいたようでのう。異常が起きたらソイツが他のアジトへ通信を送り、危機を知らせるようにしてあったそうじゃ』
「ほう」
『しかし主様が疾風の速さで皆血煙にしてしまったじゃろう? 通信役も、その役割を果たす前に絶息して結局異常は伝わってないそうじゃ』
「じゃあ他のアジトの連中はいまだ何も知らずにのほほんとしていると?」
ならより確実に全員仕留められるってことだね。
やったー。
『注意すべき点は、他のアジトにもそうした通信役がいるから発信する前に潰さねばならんということじゃな。ゴーストどもから誰がその役割で背格好も聞き出したから、突入したらわらわが真っ先に殺そう』
「お手数かけます!」
『ただもう一つ問題があって、何もない時にも「異常がない」ことを伝えるために定期の通信を行うらしいんじゃ。やはり後ろ暗いことがあるだけに用心深いのう』
ってことは、定期連絡の時間までに全部片づけないと異常を気づかれちゃうってことか。
音沙汰がないと『何かあった?』って思われるってことだから。
『でもまあ忘れたり寝過ごしたりであんまり正確には連絡できておらんかったようじゃしのう』
「所詮は悪党だね!」
そんな几帳面にできる真面目さがあったら悪事に手を染めてないか!
でもまあ僅かな仕損じもないように、俺たちはキッチリ時間を守るとしよう。
今判明しているアジトの数は!?
六ヶ所!?
けっこうあるなあ!
それら全部を最長でも今日中に全滅させるぜ!
◆
全滅した。
各アジトに屯っている奴隷商の手下どもは即座に血祭りにあげ、捕まっている人たちを解放した。
それらの人たちは夜道を出歩いていたりしているところをかどわかされ、条件が整い次第秘密のルートで出国し、奴隷市場へ送られることになっていたという。
間一髪というところだったが、ヤツらの浸食がここまで進んでいたのを考えると既に国外へ連れ出されてしまった人も少なからずいるのかもしれない。
俺がもう少し早く気づいていればと悔やまれた。
「たまたまアジトを留守にして難を逃れたヤツとかも当然いることだろうから、ぬかりなく確保していきたいね」
『ゴーストからそういうヤツらの存在、名前や背格好も聞き出してあるぞえ。似顔絵を描いて、ノエムが冒険者ギルドに届け出済みじゃ』
考えるより前に行動してますね皆。
そこへノエムがどこぞから駆け戻ってきて……
「ギルドにクエストとして申請してきました! 街にうろついている奴隷商の手下は、王都内の全冒険者が捜索して片っ端から捕まえます!」
「マジで有能」
これなら我が街に巣食う地下奴隷組織は、今日中に欠片も残らず消滅させることができるだろう。
めでたしめでたし。
『主様よう、またしても有用そうな情報を手に入れたぞえ』
「大活躍だなアビニオン!」
既に彼女はゴースト化させた奴隷商の手下のチンピラを数十人と引き連れていた。
幽霊大行列となって周囲から恐怖の的となっている。
『地下奴隷組織の元締めが判明したぞえ』
「待ってた! 待ってましたよそういう情報を!」
『ごく普通の商人として街にいつき、真っ当な商売の裏で奴隷売買のネットワークを開拓しておったようじゃな。ゆくゆくはこの国の経済活動に奴隷を食い込ませて必要不可欠なものにし、なし崩しで奴隷制を認めさせる算段のようじゃ』
「遠大な計画!」
しかしそんな計画を立てているというなら今この時、潰すしかないな!
アビニオンよ案内してくれ!
この国に潜む奴隷商人の元締めのいる場所へ!