87 世界でもっとも邪悪な職業
「奴隷商……!?」
「正確には、その使い走りってところね」
文字通りに捻り潰されて一歩も動くこともできない男たちは、逃げる心配もないのでそのまま放置。
ただ、このままだと呼吸ができなくなったり痛みでショック死したりする可能性もあるため、ノエムがポーションを流し込んで最低限生き延びるだけの処置をする。
痛みが徒に長引く地獄の現状維持だった。
「ああ、皆はお家で遊ぼうねー」
と子どもたちを室内に導くノエムはナイスフォローだった。
屋外に、俺とゼタと男たちの残骸だけが残る。
「リューヤも、そういうヤツらがいるってことぐらいは知ってるでしょう」
「ああ……!?」
人間を商品として売り買いする、最低の中の最低野郎。
生かしておく価値もない人間のクズ、それが奴隷商。
「このセンタキリアン王国では奴隷の存在自体が全面的に禁止されている。だから奴隷商たちは大っぴらに活動することができない。でもいないわけではないの。こうして上手く裏に隠れながら商売を続けているのよ」
男どもは『ぐええ……うえええ……』と呻き声とも単なる空気の出入りともつかない声を口から出していた。
もはや生者の体ではない。
「奴隷の売買は儲かるから、リスクを冒してでもやる価値はあるの。特に商品価値の高い奴隷を手に入れられればね」
「商品価値の高い……?」
「察しはつくでしょう、スキルよ」
スキルは人に宿るもの。
希少で、利用価値の高いスキルを与えられればその人間の価値は格段に跳ね上がる。
ノエムとの出会いが思い出される。
彼女も<錬金王>などというSSSランクを生まれ持ってしまったがために故郷からさらわれ、奴隷商に連れていかれる途中だったのだから。
「どこからか私がデュアルスキル持ちだって嗅ぎ付けたんでしょうね。それで地上げを装って私のことを手に入れに来たんでしょう」
「そんな?」
「地上げも犯罪スレスレとはいえ、奴隷売買に比べれば遥かに罪は軽いし衛兵も動きづらい。悪人こそ知恵がよく回るものだわ」
「そこまでわかっていてキミは……!?」
「わかっていたの、いずれはこうなるって」
人生について諦めきったような声を上げるゼタ。
「私がこの孤児院に身を落ち着けたのは、ただ故郷だからというだけじゃない。センタキリアン王国が奴隷を完全に禁止しているのがよかったの」
「禁止されているからこそ奴隷商は大っぴらに活動できない?」
「そう、それは私のように特定勢力に所属できないスキル持ちにとって、何より心強いことだから」
「特定勢力に所属できない? 何故?」
「リューヤもS級冒険者になったんでしょう? だったらギルドカードを持っているわよね?」
「あ? ああ……!?」
「そのギルドカードには、犯罪歴って欄があるでしょう?」
ん?
ああたしかに……?
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ギルド登録情報
【名前】リューヤ
【Lv】8,347,917
【所持スキル】なし
【犯罪歴】なし
【所属】冒険者ギルド:センタキリアン王都支部
【等級】S
【適正ジョブ】すべて
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俺のギルドカードには所持スキルと犯罪歴の欄に仲よく『なし』の字が輝いている。
スキルはともかく、犯罪歴の欄が綺麗なのは品行方正に生きてきた証拠で俺の誇りだ。
「私がギルドカードを作ったら、そこにきっと“教会脱走”の文字が浮かぶわ」
「あッ!?」
「そしたらすぐ教会へと通報されて、追手が来るでしょうね」
だからゼタはどんなギルドにも所属できず……、進退窮まって故郷の孤児院に帰るしかなかったのか。
「教会はね、一度でも捕えた者をけっして逃がしはしないの。自分たちの誇りに懸けて反逆者は徹底的に叩き潰し、隷属させる。周辺国も勇者やヒーラーの援助を当てにする限りは教会と対立できない。逃亡者が見つかれば素直に差し出すのが賢いのよ」
「だから、このスラムの片隅で日に当たらぬよう息を殺して……」
そして……。
「奴隷制を認めている国であってもギルドや騎士団に所属している人をさらって奴隷にすることはできない。純粋な損害行為に当たって所属組織と対立することになるから。逆に言えばどこの組織にも所属してない希少なスキル持ちは、ヤツらにとって絶好の獲物ってことよ」
その条件をゼタは満たしてしまっていた。
彼女が日陰の暮らしを強いられるのはそれが原因……?
「奴隷を禁止している国に隠れ住めばヤツらを撒けるかと思っていたのに甘かったわね。珍しいスキル持ちの奴隷をゲットできるなら、多少のリスクは鑑みないらしいわ……」
そう言うゼタの表情は悲愴感に塗れ切っていた。
「本当に恨めしいわ私のスキル……、ロクに役に立つわけでもないくせに珍しさだけは一級だから色んなヤツから狙われる……!」
ゼタはデュアルスキル持ち。
本来一人一つだけ持てるはずのスキルを二つ持っている。
しかし二つ与えられたスキルは双方ありふれた凡庸スキルで、同時に二つを併用できるとしてもより高性能なスキルに対抗できることはまずありえない。
しかし、好事家にはそれなりに興味の的になる。
たしかに本人には迷惑でしかないものだろう。
「そこまでわかっていて、何故通報しないんだ? 街の警備兵なり、冒険者ギルドでも……!」
「さっきも言ったでしょう。私は逃亡犯なの。公に出て教会から脱走したことが知られれば、教会に連れ戻される。どっちにしろ奴隷になる運命しか私にはないのよ……!」
教会の奴隷になるか、それとも奴隷商を通じて誰ともわからぬゲス野郎の奴隷となるか。
ゼタにはそれくらいの選択肢しかない。
「もう疲れた……、っていうのが本音ね。せめて孤児院の子たちだけでも巻き添えにならないようにって考えあぐねていたところだったから、アナタたちが来てくれたのは正直助かったわ」
奴隷商にとっては、子どももそこそこ優良な商品であるらしい。
普通ならば体も小さく、労働力としては期待できないので商品価値は低いがこの世界にはスキルがある。
十四歳を迎えて祝福の儀を受け、運よくいいスキルに当たれば価値は跳ね上がるということだった。
そんなクソみたいな知識いらなかったが。
「リューヤ、アナタなら国でも冒険者ギルドでも通じて子どもたちを保護できるでしょう? 私からアナタにお願いなんておこがましいけれど、いいかしら?」
「でも、ことが公になればキミは……!?」
「もうどうでもいいわそんなこと。私は、アナタを見捨てた時点で裁かれるべきだったのよ。それをずっと先延ばしにしていい加減疲れたわ……」
それは自暴自棄の言葉ではあったが、同時に彼女がこれまで受けてきた苦しみの告白でもあった。
たしかに見捨てられたと思ったよ。
あの日、互いのスキルが判明し<スキルなし>と告げられた俺は容赦なく取り残された。
裏切られたとも思った。
スキルがないというだけで昨日までの友情を忘れた連中なんて死んでしまえと思ったことも否定できない。
それでも。
この五年間ゼタが受け続けた苦しみは、その罰としても大きすぎるだろうに。
「アビニオン」
『はいな』
俺が呼べばすぐさま出て来てくれるアビニオンは優秀だ。
「いつも通りに頼めるか?」
『はいとも、主様のお役に立てることがわらわの喜びじゃあ』
アビニオンの霧状の霊体が、折りたたまれた男たちの口鼻を通して体内へ入ってくる。
「おごごごごごぉおおおおおおーーーーッッ!?」
「あががぁーーーーーーッ!?」
苦しみに悶える男たちだが、わかっているぞ。
きっとお前たちはこれまでにも、この苦しみを味わうに相応しい悪行を積み重ねてきたんだろう。
因果応報は成された。そこに同情の余地は一切ない。
『大体わかったぞえ』
霊体越しにコイツらの脳に直接触れ、そこから情報を吸い出したのだろうアビニオンが言う。
『コイツら下っ端ゆえに大した情報は持っておらなんだが、それでもこの国に潜伏する奴隷商の拠点をいくつか知っておったぞえ。位置もばっちりじゃ』
「そうか、じゃあ行こう」
一つだけ確実に言えることがあるとすれば、奴隷などという人を人と扱わない考えは邪悪以外の何者でもないということだ。
その奴隷を直接扱う奴隷商はもちろん。
いかなる理由があっても奴隷を肯定する考えを持つ者も堪えがたい邪悪だ。
俺はソイツらの存在を許さない。
俺の意識の中に入り次第必ず皆殺しにしなければならない。
というわけで俺はアビニオンの引き出してくれた情報に従って……。
奴隷商という名の害虫駆除に乗り出すことにした。