84 二つ目の再会
リベルは、少年時代を共にした仲間だった。
ゼタもそうだ。
幼き日、俺たちは四人一組で助け合っていたがゼタはその紅一点。
理知的で機転の利く、生来美人になることが約束されていたような少女だった。
それでも当時の幼い俺たちは性別の意味などわからず、ただの友……力を合わせて生きる仲間として接していたが……。
その関係が壊れたのも祝福の儀でだったな。
神官からの裁定で俺だけ<スキルなし>。他の三人は有用なスキルがあると判明し、三人はその場で直接教会に召し上げられ、俺は取り残された。
それから紆余曲折あって俺はこの孤児院へ戻ってきたが。
「ゼタまでここにいるなんて……」
「……」
「一体どうして……!?」
迫る俺に、ゼタは逃げるように目を伏せるだけだった。
合わせる顔などないと言わんげに。
「何故何も答えてくれないんだ!? 俺たちは一緒に……ギヒィッ!?」
今度は俺の背後に衝撃が走った!?
何事かと振り返ったら、そこに子どもの姿が!?
両手の指を絡め合うように組んで、そこから人差し指だけ突き出す。
その手の形は……?
「か、カンチョー……ッ!?」
「マザーを苛めるな悪者!!」
この子ども……! さっきの金的攻撃といいレベル八百万の俺にことごとくダメージを負わせるとは……!
できる……!?
『ぐわおりゃああああッ! こんガキャ主様になんという狼藉を働くかあああああッ!?』
「わー、オバケだ逃げろおおおおおおッ!?」
激昂するアビニオンに一目散に逃げていく子どもはむしろ楽しそうだった。
あのあり余る元気に、この孤児院という場所。
かつての自分を思い出すな。
「ごめんなさい……大丈夫!?」
それでも尻に深いダメージを負った俺に駆け寄るのはゼタだけだった。
シスター装束の。
「ごめんなさい! ……ごめんなさいあの子を許してあげて! 神経質になっているのよ。最近孤児院では色々あって……!」
「子どものイタズラだろう。わかっているよ。俺やリベルもあの年頃はあんなだった」
「……」
「それはキミも覚えているだろう」
五年ぶりに再会したゼタ。
昔はまだ体も性徴しきっておらず、男か女かの区別もつきづらかった。何より俺自身の目に男女を見分ける経験が備わっていなかったし。
しかし互いに成長した今、かつての友人の立ち姿が実に色気を伴った女体として映った。
貞淑なシスター服に包まれてなお隠し切れない成熟した体の張りがある。
「まさかこんなところで再会できるとは思わなかった。キミは……」
そう、他の友人たちとまったく同じタイミングで、俺と袂を分かって別の道を歩むようになったのだから。
「……てっきりキミも教会で偉くなって、そこで暮らしているものとばかり……」
だってリベルがまさにそんな風になっていたから。
あの日別れた仲間は三人。
その中に今目の前にいるゼタも含まれていた。
豊かに暮らしながらも、その豊かさのせいで性格が歪んでしまったのではないか。
会う時には覚悟しなければ。
そう思っていたのだが……。
「あのっ、ゼタ……!?」
「まず……」
落ち着きを取り戻そうとするゼタの物腰は、逢瀬を見られた女性のように湿っぽかった。
「……アナタの用件を済ませてからにしない?」
「え?」
「私のことを見て驚いたってことは、私がここにいることを知らなかったんでしょう? なら私を訪ねてここに来たんじゃない。何か他の用件があるんじゃなくて?」
「ああ……?」
自分の脇に抱えた首桶を見る。
そうだ今日はコイツのために……。
「私の話を聞くのは、やるべきことを終えてからでもいいでしょう? もっとも、アナタは私のことなんて何も聞きたくないかもしれないけど」
「そんなことはない!」
俺は迫るように言った。
「キミのことが気にならないなんてない! 聞かせてくれ! 教会に行った後キミに何があったのか!? 何がどうなって今ここにいるのか!」
体が触れ合いそうなほどに迫られて、シスター装束のゼタは顔を赤らめて目を逸らした。
まるで恋を迫られた村娘のようだ。
「なんだあのオッサン? マザーにグイグイしやがって」
『ウチの主様はタラシじゃからのう。小僧は大人になってもあのようにならず真面目に生きねばならんぞえ?』
その様子をさっきの男の子とアビニオンが並んで覗いていた。
お前らいつの間にそんな仲よくなった?
◆
俺はゼタを責任者と頼んで、例の件を切り出した。
頭部だけになって俺の手に渡ってきたリベルをちゃんと埋葬してやりたいと。
ゼタは何も言わず、俺を孤児院の裏へ案内した。
そこにある、何の碑も刻まれていない塚。
人生を何も謳歌せずあまりにも早く逝ってしまった子たちが集って眠る塚。
「一つだけ条件があるの」
ゼタは言った。
「そのまま入ってもらうわけにはいかない。土葬は悪い病気を広める危険があるから、その前に焼いて骨だけにしないと……」
俺はすべてに従い、枯れ木で組んだ台の上にリベルの首を乗せた。
ジッと俺のことを睨んでいるように見えた。
「そんなに睨んだって、俺は殺せないぞ」
「……こんな顔になってたのねリベルって。死んでしまって様相は変わってるのかもしれないけれど」
いつの間にかシスター服のゼタが隣に並んでいた。
「……あまり見ない方がいい」
「覚えておきたいの。教会に飲み込まれてしまった人がどんな末路を終えるのか。酷い顔よねリベル。私たちと一緒にスラムを駆け回っていた時の方が溌剌としていてハンサムだったわ……」
それは俺も思うが……。
なんだろう、ゼタがそんなこと言うと胸にモヤモヤしたものが……。
「私ももう少しで同じ末路をたどっていたのかもしれない。そう思うと、ね?」
「…………」
そこでは深く追求せず、積んだ枯れ木に火をつける。
今日は晴天で空気も乾いたから問題なくよく燃えた。リベルの首も炎に包まれ、以後あの顔を現世で見ることは二度とないだろうと思った。
◆
じっくり焼いて、自然鎮火を見届けてあと、焼け跡から骨の欠片を拾い集める。
「頭蓋骨が丸々残るかと思ったんだが、綺麗にならないもんだな」
「何事も上手くいかないのよ……。何事もね」
「……」
ゼタと一緒に拾えるだけ拾えたことを確認すると、それを麻布で包み、塚の下へと埋めた。
「天にまします我らが神よ、迷える魂を御許へ受け止めたまえ……」
祈りを上げるゼタの姿は、シスター装束だけになおさら様になっていた。
無言の祈り。
しばし静寂が流れる。
これで簡素ではあるがリベルの弔いは終了した。
お前をこの世から抹消する手続きは完了したのだ。滞りなくな。
「……バカなヤツよねリベルって……」
静寂を破って喋り出したのは、ゼタからだった。
「どんなにいいスキルに恵まれたとしても、教会にい続ければいつかはこうなるってわかっていたはずなのに……。それでも勇者の称号が与えてくれる優越感や万能感に浸り続けていたかったのかしら? 一度味わったら逃れがたい快楽ですものね」
「ゼタ……キミは……」
「大方察しが付くでしょう。私は脱落したの。教会の激しい競争から。あそこでは真に優れたスキルの使い手でなければ生き残れない。生まれ持ったスキルの質、スキルを扱う技。すべてが揃ってないと価値はない。完璧にしかそこにいる資格はないの」
「でもゼタは……」
たしか世にも珍しいスキルの使い手じゃなかったっけ?
だから教会もベタ褒めで、皆と一緒にゼタも召し上げて……?
「私の珍しさは、他の子とはまた毛色が違うの。デュアルスキル。本来一人一つであるはずのスキルを二つ持っている。それが私の珍しさ」
そう言えばそんなことを言っていたような……。
五年も前のことで記憶は曖昧だが……。
「私が授かったスキルは<聖なる波動>と<癒しの手>。でもその二つは両方、それなりに有り触れた平凡スキルに過ぎないの。スキルランクは両方ともB。そんなものを二つも持っていてもランクAスキル一つに敵わない」
それを思い知ったのは、ゼタが教会の聖女育成部門に入って三ヶ月にもならぬ頃だったという。
「二つのスキルをいかに上手く使い分けてもたった一つの強力なスキルに押し切られて力負けする。そのことに気づいた時には、訓練生の中で下位に属していた。成績順位も下から数えて早い方」
教会の訓練機関では、成績下位の者へ対する扱いは奴隷のそれに等しくなる。
食事も寝床も、上位の訓練生が王侯のごとき待遇を受けるのに対し、下位の者に与えられるのはその残りカス以下。
スラムという最低の環境で育ったゼタではあったが、人生最悪の屈辱はその訓練生時代に受けたものだとか。
「そのうち私は選択を迫られた。教会から出ていくか、残るか。残るにはもう訓練生という身分ではいられず、下働きとして雇われなければならない。そうなれば過酷な肉体労働はもちろん、あらゆる屈辱を受け入れなければならない。場合によっては成績優秀者の性処理まで……」
その屈辱に耐えきれず、ゼタは教会から逃げ出したのだという。