83 孤児院へ
血まみれの教会の使者は、城から兵士さんを呼んで拘束してもらった。
叩き出してもよかったが彼の行為は王国を蔑ろにするものばかりで、特にとある公爵さんの名を騙ってその使者に扮したのは明確な犯罪だった。
その罪を司法の手で暴き立て、その後ろにいる教会全体にもしっかり牽制をしてもらわないとな。
隙あらばアイツらの邪魔をしてやらんと誓ったばかりだ。
そして……。
あのクソ野郎が残していった二つの厄介モノ……。
二つの首。
これはどうしたものか……!?
今はただの死体であるとしてもかつて生きていた、尊厳ある人々の一部分だ。
しかもかなり核心的な。
死んでしまえば善人悪人も関係ない。
等しく魂の安寧を迎えるべきだろう。
とりあえず神官とやらの首は兵士さんに預け、国家の調査力でもって身元を割り出し、遺族の下へ返るよう取り計らった。
問題はリベルの首だ。
「ちっちゃくなったなあ、お前……!」
軽口を死体に語り掛けて同時に空笑いが漏れ出た。
たしかに首だけになったコイツは、出会った当初の子どもの頃よりさらに小さくなった。
コイツのことも、残された生者の後ろめたさが消える程度に手厚く葬ってしまいたい。
しかし、そのためにどうすればいいだろう?
俺とコイツは同じ身の上、親のない孤児だった。
幼少期を同じ孤児院で過ごし、少し成長して『こんなところにいられるか!』『もっとビッグになるんだ!』と連れたって孤児院から巣立った。
それからも色々とあったが、ここで俺が問題にしたいのはリベルも俺と同様に身寄りも何もなく、死したとしてその事実を受け止める遺族がいないということだ。
あるいは、俺と別れてから五年間、誰かと結婚し新たな家庭を築いた可能性もあるが、そうだったらレスレーザに求婚することもないだろうから結局コイツは天涯孤独のままで生涯を終えたのだろう。
教会の勇者だったコイツの交友関係なんて教会関係以外ありえなそうだし。
となれば教会から疎まれたコイツを弔ってやるような知人友人もいるとも思えない。
友情よりも、教会の実力者に疎まれることの方を恐れて避ける。そんな考えをするヤツらの巣窟が教会だと思うからだ。
となれば、この首を弔ってやれる者が本当に世界中どこにもいなくなる。
「お前……本当に寂しいヤツだな」
リベルの生首が入った首桶に話しかける。
生首をいつまでも外に晒して視界に入れ続けるのは精神に悪いし。
「死んでも誰も悲しんでくれない、弔ってもくれない。そんなヤツになりたかったのか?」
もう何も答えなくなった友。
でもまあお前はギリ救われているよ。
ここにたった一人、お前のことを弔いたいと思っているヤツがいるんだからな。
「よっと」
おれは首桶をもって立ち上がる。
「ノエム、ちょっと出かけてくる」
家で錬金研究に没頭しているノエムに声をかけた。
「あ、だったら私も……!」
いつだって俺と共にようとするノエムは、当然のように同行しようとするが……。
「すまないが今日は一人で行かせてくれ。キミに弔ってもらう資格は、コイツにはないから」
脇に抱えた首桶を揺らした。
その禍々しき存在にノエムもたじろぐ。
「ここは王都の中だから危険もないと思うが、何かあったらすぐ駆けつける。キミはキミの仕事に専念してくれ」
ノエムは、ルブルム国や冒険者ギルド本部での経験を経てますます成長した。
<錬金王>スキルの扱いも冴えわたり、様々な薬や錬金アイテムを製造するのに一切のよどみがない。
今も生産ギルドからの注文で上位ポーションを量産するのに忙しいようだ。
そんな意義ある作業をリベルごときの弔いによって中断させてはならない。
なんか久々に一人で出歩くな……という気もするが、そうでもないようだ。
ドロンと現れる幽霊女。
『まさかわらわまで置いていこうという気ではあるまいの? わらわは始終暇であるぞえ?』
魔神霊アビニオン。
本当に暇なヤツだ。少しは世のため人のために働こうという気概はないのか?
「お前には万一の時のためにノエムについていてほしいんだがな?」
『主様はあの娘には本当に過保護じゃのう? 心配ないぞえ、最初の頃はいざ知らず、経験を積み成長したあの子の能力は世界屈指。エスキューとかいう称号は伊達ではない』
まあ、ノエムも今ではS級冒険者か……。
『サシでの勝負で獣の力を持った小娘を破った実績もある。あの子をどうにかできる強者などもはやそうおるものではない』
「そうかもだけどさ……」
俺がここまでノエムの心配をしてしまうのは、出会いの状況があまりにもアレだったからか?
何せ奴隷商によって『商品』として運搬中だったからな。
あの時の彼女の痛々しさはいまだに瞼の裏から張り付いてはなれない。
『万が一に備えて我が眷属を憑かせておくよ。何かあればそやつが守るし、どうにもならなければわらわに報せが入る。文字通り一っ飛びで助けに行ってやるわい』
「それなら安心……。安心……?」
『マジで心配性すぎるのう』
俺は思ったよりアビニオンに頼り切っているのかもしれない。
俺の能力はあくまで圧倒的なレベルで相手を叩きのめすだけの狭い力だ。
対してアビニオンの力は幅が広い。全知全能ともいえるできることの手広さだ。
これまで接してきた騒動の中で、そんなアビニオンの万能さに助けられたことが何度あったか。
ノエムの錬金術もそうだけど。
八百万もレベルを上げてなお、人はできることに限りがある。
人にもっとも必要な力は、他者の力を借りること、そのために信頼関係を築き上げることだったのに。
「どうしてお前は、それをやろうとしなかったんだ? だから首だけになったんだぞ?」
手元の首桶に話しかける。
当然のように答えは返ってこない。
『返事が欲しいならわらわが<霊体操作>の異能を使ってやろうか? 多少の会話ができるぞえ?』
「そういうのはいいです」
アビニオンが万能すぎて風情がぶち壊しになることもあった。
とにかくとっとと弔ってこよう。生首なんかあまり長いこと持ち歩きたくない。
◆
『それで、その首どこに埋めに行くんじゃ?』
「言い方もうちょっと繕ってくれないかな。死体遺棄が目的じゃないので」
風情が伴ってこその弔いだと思うので。
ただ穴掘って埋めるだけならその辺でもできるが、それでは残された者の満足的にちょっとね。
「コイツの眠る場所に心当たりはあるんだ。コイツは嫌がるかもしれないが」
『死んだ者が嫌がるも何もなかろう。死ねば何も感じぬのじゃから』
「おい幽霊」
それはお前が言っていいセリフか?
まあコイツは印象がゴーストなだけで実際はそれを遥かに超えた存在なんだろうけれども……。
「さて、着いた」
話しているうちに目的地に到着。
ここにリベルが眠る場所がある。
『なーんじゃここは?』
「孤児院だよ」
木造の質素な建物の横の、こじんまりした空き地で複数人の子どもが所狭しと遊び回っていた。
うん、ここは変わらないな。
「親がいなかった俺はここに引き取られて、十歳ぐらいまでここで過ごした。リベルともここで出会った」
『ほほう、主様始まりの地か!?』
「そんな大層なものじゃないけれど……」
しかし子供の体は弱く、何かのきっかけで健康を害してはそのまま大人になれなかった子も多かった。
そうした子どもたちは身寄りがないので街の墓地に入ることもできない。そのため孤児院の一角に身寄りのない子を葬るための塚があるはずだった。
孤児院から出ていったリベルを入れてもらえるかわからないが。
「すみませーん、関係者の方おられますー?」
「何だテメエッ!?」
「ぐぶッ!?」
挨拶するなり殴られた。
外で遊んでいた子どもらの一人だが、身長差の関係でちょうど俺の股間の位置に子どもの拳がヒット。
玉的なものがぐしゃりと潰れるイメージが俺の中で起こった。
『はぉおおおおおおッ!? ご主人様しっかりするのじゃあああああッ!?』
待ってアビニオン、今揺らされるのは却って辛い!
レベル八百万を超えてなお鍛えられない部位があった。
「……ッ!? これトム何をしているのお客様に……あッ?」
駆け寄ってきた女性は歳経て大人の風情。
しかも来ている服装からシスターであることがわかった。
俺が孤児院にいた幼少期も、その世話はシスターがしていたから、彼女がここの責任者なのだろう。
ただ、こんな若いシスターは俺の頃にはいなかったから、新しく勤める人かな?
混乱させないように順序だてて名乗らなければ……。
「お初にお目にかかります。俺は以前この孤児院でお世話になった……」
「……リューヤ?」
「えッ?」
なんで俺の名を知っている?
どこかで会ったことでも……あッ?
その若いシスターの顔に、俺もまた見覚えがあった。
「ゼタ? ゼタなのか!?」