82 怒りのプレゼント
教会の使者が差し出してきた贈り物とやらは……。
何やら大きな木箱だった。
……いや、そこまで大きくないか? 両手で抱え上げるほど……とは言えなくもないが頑張れば片手で持てないこともない。
そんな中途半端な大きさの木箱。
人の頭一つがすっぽり入りそう……というのが一番的確な表現か。
「何だこれは?」
しかもこの木箱、二つもあるじゃないか?
「アナタのために用意した特別な贈り物です。アナタの怒りを解き、我々の誠意を伝える最高のプレゼントが収められています!」
「…………」
「中をお検めください。必ずやお喜びになり、我ら教会との縁を結びたくなることでしょう」
「…………」
ここまで自信満々に言ってくるので中身が気にかかってきた。
一体どうやって俺の歓心を買おうというのか?
好奇心が起きたら抑えられない。
俺はとりあえず木箱の中身をたしかめてみることにした。
まず、箱を開ける。
「……これは……!?」
出てきたのは白一色。
……これは、塩?
塩が木箱に満杯になるほど詰め込まれている?
「ご安心ください。アナタに進呈したいものは塩ではありません」
弁明するように言う使者。
「それは一種の梱包材のようなものでしてね。贈り物はナマモノですので、そうして防腐処置がしてあるのですよ」
「ナマモノ……?」
俺は木箱内の塩に指を突っ込み、そっと掘り進めていく。
本当のプレゼントがこの塩の中に埋もれているというのか?
少し掘り進めただけで……すぐに指先に何かが当たった。
硬いもの? 同時に掘り返した塩の隙間から、胸焼けするような異臭が立ち昇ってきた。
この、吸い込んだ瞬間吐き気をも寄すような臭いは。
腐臭?
「ああ……!? ああああああああ……ッ!?」
塩の中から掘り返して出てきたものは……!?
人の頭だった。
頭部のみで首から下の胴体がない。手足も。
あるのはただ頭部だけだ。
きっと刃物か何かで首から切断され、頭だけになったものを塩漬けにされて、ここまで運ばされた!?
首桶だったのかこれは!?
「なんで人の首なんかを……!? いや、それよりも……!?」
生首なんかを差し出されて充分にショッキングだが、俺にはそれ以上の衝撃があった。
これはただの生首じゃない。
人の首でもそれが生前あったこともない知らない誰かの首であれば、それはただの物質として扱うこともできる。
しかしこれは……。
この首の主は、生前俺と大きく関わりのあるものの首だった。
言葉を交わしたこともある。
この生首は……この顔は……。
「リベル……ッ!?」
かつて幼い頃、一緒に力を合わせて生きてきた仲間の一人。
スキルを授かる儀式を境に別れ、ずっと会っていなかったが……。
いや、正確には最近になって一度再会したが……!?
「やはりお気づきになりましたか? 誅罰を受けし元勇者リベルのそっ首にございます」
「誅罰……!?」
そして、“元”勇者……!?
俺の動揺もかまわず、使者は今が懐柔の好機とばかりに声を弾ませ早口でまくし立てる。
「こやつが行った、アナタ様に対する無礼は既に聞き及んでおります! あまりに身勝手な要求をし、それを拒否されれば激昂して襲い掛かる。危うく命を脅かされんところを返り討ちにされたとか」
「ああ……? うん……?」
いかん、混乱して考えがまとまらない。
ここにあるのはリベルの首? 首しかないってことは、リベルは死んだのか?
胴体はどこに? 胴体は生きているのか? いや……!?
「アナタ様もさぞやお怒りになったことでしょう。いわれなき暴力に脅かされ、無法者を恨むのも仕方なきこと。ここで問題は、凶行を行ったのが教会に属する勇者だということです。その巻き添えで、そのバックにいる教会にまで悪印象を持っては互いのためになりません」
「いや、待ってくれ。頭が上手くまとまらないんだ。待って……!」
「そこで、我ら教会にアナタへの害意がないことを示すため、あれが元勇者リベルの個人的な暴走であることを示すための処置なのです! 罪を犯したリベルから即刻勇者の称号を剥奪し、処刑を行いました。その事実をアナタにご確認いただくため、首だけをお届けに上がった次第!」
だから待ってくれって……!?
「その首はアナタ様のご自由に扱ってかまわないと教皇より言付かっております! 恨みを込めて踏みつぶすもよし、アナタ様に逆らう恐ろしさを広めるために晒すのもよろしいかと! それからもう一つ!」
そうだ。
使者が持ってきた木箱は全部で二つ。もう一つあったんだ。
最初の木箱にはリベルの首が入っていた。
さらにもう一つ?
なんだよ!?
まだ誰かの首が入っているっていうのか!?
やめてくれ!
誰の首が入っているかなんて想像するのも嫌だ!
「ご検分ください! こちらの首を!」
そっちから首を取り出してきやがった!?
やめてくれ! 今度は俺の知り合いの誰を……って誰?
たしかにおぞましい生首ではあったが、その顔に見覚えはない?
「思い当たりがございませんか? それも致し方ない。五年も前に一度会ったきりの男でしょうからな」
「五年前に、一度……?」
「祝福の儀でアナタを担当した神官ですぞ」
言われて改めて気づいた。
たしかに見覚えがあるような……?
『アナタは<スキルなし>です』と告げた、俺を見下す侮蔑的な表情。
「当時の記録を調べ上げ、これが担当者であることを突き止めました。アナタ様のごとき最強のスキル使いを見逃し、教会から遠ざけたことは万死に値する大罪です! 今後このようなことが二度とないようにと首を落とし、一罰百戒を示しました!」
そんなことのために人一人を殺したと。
たしかに俺だって、この人には悪い印象しかない。
ここ最近は思い出すこともなくなったが、もし思い出すとすればけっして快い感情など伴わない。
できれば封印しておきたい記憶だった。
しかしそれでも……。
……死んでほしいとまでは思わないぞ!
「凶行の元勇者リベルと、無能な儀式神官を始末し、アナタ様への誠意を示しました。アナタ様とて直接恨みのあるこの二人さえ消え去れば、わだかまりも消えるはず! これで気兼ねなく教会に帰属することができるでしょう!」
「そんなことのために、この二人を殺したと……!?」
「リベルは何故かスキルを失っていましたので、どの道勇者を辞めなくてはなりませんでした。役立たずの<スキルなし>が、その死でアナタ様と教会の懸け橋になれるのです。役立たずが役に立てて本望というところでしょう!」
何の疑いもなく揚々と喋る使者。
自分たちの正しさに何の疑いもない、ということだ。
「さすればアナタ様の勇者就任の儀を大々的に行い、すべての正義が教会の下にあることを公表してください! 無論センタキリアン国王などには秘密でなければ、あの愚王は何故か我ら教会を目の敵にしているようですが、アナタが寝返ったことを知れば態度を改めることでしょう!」
「俺が、お前たちの言う通りにすると?」
「当然です! 神よりスキルを与える権利を預かった我ら教会こそ、真の正義に相応しい……ぶるぎゃあッ!?」
俺の拳が使者の顔面に突き刺さった。
そのままの勢いで体ごと飛ばされ、壁に叩きつけられる。
ミシッと壁に亀裂が走った。
「おごえッ!? ごええええええええッ!?」
使者だった男の、血まみれの顔から折れた歯がゴロゴロこぼれて落ちる。
あまりに頭に来て力の加減を間違った。
まあ、死んでないだけ加減はできていたのかもしれんが。
「帰れ……、俺がお前を殺す前に……そして教会の連中に伝えろ」
リベルは……、そりゃ嫌なヤツさ。
特に五年越しに再会してからは、スキル至上主義に骨の髄まで侵され、<スキルなし>を同じ人間として扱わず、あまつさえ上位スキルを持つ自分が神か何かであるような傲慢極まる振舞いで余所に迷惑をかけていた。
その過ちの果てにみずからの大事なスキルを失っても自業自得でしかない。
それでも。
このように虫のように捻り殺されねばならないほど悪いヤツだったか。
いや、仮にそうだったとしても……。
リベルとは五年前まで一緒に過ごしてきた、一緒に生きてきた仲間だった。
それをこんなに惨たらしく殺しやがって……!!
「お前たちは俺を完全に敵に回した……! 俺は教会の存在を許さない! 以降機会があるごとにお前たちの邪魔をしてやる。できるならば完全に潰してやる!」
お前たちは……人を思いやる心を失いすぎた。
自分たちが特別であるという驕った考えに溺れすぎて。
天罰とは、お前らのようなモノにこそ落ちてくるべきだ。