81 おぞましき善意
俺がS級冒険者になって連続連夜、人と会う機会が多くなった。
大半が俺の名声にあやかろうとする人々で、各地の貴族や大きな商人、冒険者ギルド関係者が俺とのよい縁を持とうと揉み手で近づいてくるのだ。
時には武者修行中に俺の強さをたしかめたくて立ち寄った……などという珍しい来客もいたが……。
そんな千客万来の最中であったからか、多くが詰めかけるとどうしてもその中に一つ、怪しい者が紛れ込んでいても気づかず通り過ぎさせてしまう。
ソイツは最初、ある貴族からの紹介ということでやってきた。
それを鵜呑みにしてしまったことも悪かった。
本当に心底下卑た人間は、普通の人の想像もできないほどあっさりとウソをつく。
そのことをまだまだ青二才の俺は気づけなかったのだ。
◆
「教会はアナタを勇者に任命いたしました!」
「ん?」
対座するなり言い出した男の言葉に、俺は咄嗟の反応ができかねた。
「お喜びください! 非常に栄誉なことですぞ!」
「いや待ってください。アナタはアレクサンドレア公爵の使者として俺に会いに来たんじゃないんですか?」
「あれはウソです!」
あっさりウソだと言いやがった。
それって俺を騙したってことだよね? なんでそこまで悪びれない表情をできるの?
「ここ最近、この国と教会の関係が悪化していますゆえ、考えなく教会の名を出せばアナタとの会談を妨害されるかもしれぬと危惧したのです。これも崇高な目的を達成するための知恵。ご了承ください」
「ご了承すると思います?」
少なくとも、いの一番からウソをついてくる人間の言葉など、以降どれ一つとして信頼できなくなるじゃないか。
他にウソをついていないという保証がどこにある。
「実は私は、アレクサンドレア公爵からの使者ではなく、教会に属する司祭です。教会を統括する教皇様直々の聖意をアナタにお伝えするためにやってきました!」
「教会……!?」
ついに出てきた、というのが俺の率直な心境だった。
これまで様々な状況で大なり小なり関わってきた教会は、巨大な組織ゆえどこかで名前が出てくるのも当然ということだろう。
だが教会の名が出てくる時はいつも必ず不快さを伴っていた。
神から授かった、人にスキルを与える権利。
それを最大限に活用し、隠然たる影響力を強める教会を誰もが好ましく思っていなかったからだ。
俺だって何度か小競り合って本格的な殴り合いにまで発展したこともあるし……。
ここ最近のルブルム国や、冒険者ギルド本部の危機にも教会の関与が疑われているぐらいだ。
けして心を開ける相手ではない。
「帰ってください」
俺は即座に考えをまとめた。
「誰であろうと所属を偽り審査をすり抜けようとする人と話すことはありません。俺に用件があるなら改めて身分を明らかにし、正々堂々と会談を申し込んでいただきたい」
「お待ちください! 我々は教会ですよ! しかもその頂点に立つ教皇猊下よりのご意思を預かっているのです!」
「だから、それを最初から明かして申し込みをしろと言ってるんだ」
教会の名を出せば皆がかしこまって言うことを聞く。
そんな傲慢さが垣間見える使者の振舞いだった。
「……なるほど。S級冒険者の位をもらい、早速ご自分が偉いと思い始めたということですね。人はこうも簡単に傲慢に囚われてしまう。七罪の一つはかくも恐ろしいということですか」
「鏡、見てます?」
「そんなアナタならば、より大きな権威を求めてやまないことでしょう? いかがです? 勇者として教会に属することは、ならばなおさら魅力的な提案と思われますが……?」
「いやだから『帰って』って言ってるんですが?」
何事もなかったように話を進めるな。
ここで有無も言わさず摘み出せばいいんだろうが、荒事にしたくなくてついつい反論するだけに収めてしまう。
「そもそも何故俺が勇者にならなきゃいけないんです? 俺は教会にとって何の価値もない男でしょうに」
「いえいえ、教会はアナタのことを非常に高く評価しています! アナタの所有するスキルのことを!」
?
何を意味不明なことを言うんだ?
俺がスキル持ち?
「俺はスキルなんか持っていませんよ。アナタたち教会の神官さんからそう告げられたんですが?」
遥か五年前の話だ。
あの時の絶望感は忘れたいと思ってもなかなか忘れられない。
「いえいえ、そのようなことはありません! アナタは立派なスキルを発動させているではありませんか!」
「?」
「アナタのことは調査しております。アナタは人間の上限レベルを突破して高レベルにあらせられるとか!」
……。
その通りだ。
他の人が俄かに信じないことをよく調べている。
「恐らくアナタには<レベル上限削除>といったようなスキルが備わっていると思われます」
「いいえ?」
「ご謙遜なさらずに! そのようなスキルは今まで発見されたこともなかったので、こちらも対応が遅れたことをお詫びします! 未発見の新種スキルでしょう! スキル名鑑に登録する準備が進んでおりますのでご安心を!」
「俺のレベルが高いのは、スキルのせいじゃないですよ?」
あくまで俺は、スキルがないのでただひたすらレベルを上げまくっただけだ。
森の奥で青龍と修行し、どうやらそのお陰で人間のレベル上限を突破する原因になったらしい。
『青龍に認められたから』とアビニオンは言っていたが、ともあれ俺の異常さの意味はスキルとはまったく関わりない。
「これを見てください、俺のギルドカードです」
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ギルド登録情報
【名前】リューヤ
【Lv】8,347,917
【所持スキル】なし
【犯罪歴】なし
【所属】冒険者ギルド:センタキリアン王都支部
【等級】S
【適正ジョブ】すべて
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虹色に輝くカード。
ちなみに俺がS級に昇格したことで新調された、最上級のS級ギルドカードだった。
等級欄に輝く『S』の一字だけでなく、レベルの欄もS級に相応しい表記をと本来のレベルが無理やり記入されていた。
今までは本題の人間上限レベルの<99>に合わせて二桁までしか表記できず、俺のレベル下二桁<17>しか記載されなかったのだが……。
俺の自己申告をオーダーメイドで手彫りしてくれたらしい。
しかし彼に示したいのは、そこではなく……。
「所有スキル欄を見てください。ちゃんと『なし』になっているでしょう? ギルドカードはマジックアイテムで、所有者との魂の結びつきで所有スキルもしっかり表記されます」
だったよね?
つまりギルドカードに<スキルなし>と出てきた以上は<スキルなし>であることは確定なのだ。
虚偽の余地はない。
「いいえ、アナタには何か隠されたスキルがあるのです。でなければアナタの強さが説明つかない」
しかし相手も強情だった。
説明がつかないってこたねえだろ、世の中はスキル以外にも強さの理由だっていくらでもあるはずだ。
しかしそれを頑なに受け入れない理由が彼らにもあるとわかった。
「魔族を下し、冒険者の頂点に立ち、王からも認められる強さがスキル以外から起こってはならないのです。だからアナタは隠されたスキルを所持されているのです。我らとともに教会へお越しください。徹底的な調査の末にアナタのスキルが何なのかを解明してご覧に入れましょう」
「御免被ります」
そんなことをされなくても俺が強いのはもはや事実だし?
なんでアンタらにとって都合のいい情報を引き出すためだけに実験動物のような扱いを受けねばならんのか?
「これは神のご意思です。人は神の望む通り正しく生きなければならないのです。アナタの正しい道とは、教会に帰依して勇者となり、勇者として正しくその力を振るうことです。そうして初めてアナタは本当の意味で世界に貢献し、人の役に立つことができるのです」
「俺はこれまでも、人のために役立つことを願って力を使ってきた」
「ならばなおのこと教会に属しなさい。そうすればアナタの望みはより完璧に叶うのですよ」
「俺はそうは思わない」
決定的に拒絶した。
「この際ハッキリ言っておくが、俺はアナタたち教会が全人類のためにならない存在だと思っている」
「なんと不遜な、邪悪なことを……」
「スキルの存在自体はいい。あの力が人々の役に立っているのも事実だ。しかしそのスキルを授ける役目を授けられたアンタら教会は、その立場を笠に着ているようにしか見えない」
今、俺の下へ押しかけているのだって、俺の存在が自分たちの権益を脅かすものだって恐れているからだろう?
彼らにとってスキルこそ自分たちの存在価値を保証するもの。
そのスキルの貴重さを脅かす……スキルの価値を低下させる、別種同等の力が現れるのは不都合なのだ。
まさにその不都合な存在である俺を懐柔し、その力がスキルによるものだと喧伝することで自分たちの同類だとアピール。
そしてスキルと自分たちの価値を下げずに、今の権勢を保持しようという魂胆だろう。
「アナタの提案には何一つ同意しない」
徹底した拒絶を示すことは大事だ。
特にこのような、自分らにとって都合のいい解釈しかできない連中には。
「アナタたちは自分の損得しか頭になく、世界に貢献しようという意思がないからだ。俺の協力が欲しければまずそこを改めてからにしろ。それまで俺はアンタらの味方にはならない、敵になることはあってもな」
「わかっています。わかっていますアナタのお怒りは……!」
使者の態度は、まるで我がままな駄々っ子をなだめるかのようだった。
「たしかにアナタと我々教会には不幸な行き違いがあったようです。我々とて常識と誠意を弁えていますれば、それを清算しないままアナタに忠誠を得ようとは思いません。ちゃんと土産を持ってまいりました」
そう言って教会の使者は、箱を差し出してきた。
「アナタの怒りを鎮めるための捧げものを……」