80 増える嫁
レスレーザのスキルは、自分が治める部下なり国民なりが多ければ多いほど威力が増し、威力増加に上限のないぶっ壊れ性能だ。
しかし当然ながら無制限に使えるわけではない。
重要なネックとして、斬撃の反動がシャレにならないレベルでスキル使用者自身を襲う。
今回もスキル反動をもろに浴びたレスレーザは全身ビクンビクン震わせて倒れ込んだ。
「それでもかなりの軽傷ですよ?」
呼ばれたノエムが冷静に言う。
「いつかの魔族戦で、七千人分の威力を込めた<将星仁徳斬>でも無策で受けたら全身粉々になる反動でしたからねー。数十万人分になったらさらに反動が上がるはずなんで破片も残らないレベルだと思うんですよ」
「ノエムそんな恐ろしいことを淡々と……!?」
「それでもかろうじて死体が残ったのは、スキルが<天王仁徳斬>へと進化することで反動に関わる性能も改善されたってことでしょうか。大分緩和されるようになりましたね」
「死体じゃないからね! 生きてるからね!」
夜風の吹き付けるバルコニーに残しておくわけにもいかないので城内に運び込んだが、その間もちょっと触れただけで『ぎゃあああああッ!?』と悲鳴を上げる始末。痛みで。
お姫様だっこで運搬しようものなら揺れて地獄の苦痛だったようだ。
それもノエムが錬金調合したエクスポーション飲ませて上げたら即、回復するはずなんだけど。
まだ飲ませて上げないの?
「王となることの自覚、乙女の恋情、それらが重なり合わさってレスレーザのスキルが進化したのじゃ。まこと余の信じた通り、王者に相応しい資質を備えたのう」
反動ボロボロのレスレーザを見下ろして感涙する国王。
だから早くエクスポーションを飲ませて上げないんですか?
「それでも、この子が万全に<天王仁徳斬>を操るには反動の問題が解決できぬ。結局はリューヤに反動を受け止めてもらい、ノエムに回復してもらわなければならぬ。そなたたちは三人で一つというわけじゃな」
「あの! 薬を!」
レスレーザのビクンビクンって痙攣が段々弱々しく!
やっとこさエクスポーションの薬瓶を口の中にぶっこんで回復を促す。その傍らで王様がもう一人の娘に向き合っていた。
「大いなる成長を示したレスレーザに比べて、イザベレーラよ。そなたは成長が窺えぬの」
「はい……」
第一王女イザベレーラは、それまでの傲慢さがウソのように肩を落とし、しょんぼりとしていた。
「リューヤに色仕掛けをしたという話は聞いた。英雄を誑し込んで王の座を狙おうとは卑しい限りじゃ。その一事だけでもそなたに女王の資格がないことは明白じゃの」
「まったくその通りです……」
王様からの容赦ないボコボコの言い様だったが、それをあるがままに受け入れるイザベレーラは意外だった。
彼女なりに、レスレーザの<天王仁徳斬>を目の当たりにして感じ入ったことがあったのか。
「レスレーザの守護する我が国は、絶対の安全を得られるでしょう。それに比べればわたくしやゼムナントのスキルなど足元にも及びますまい。むしろわたくしたちのスキルなど民を操り、酷使するだけのスキルですわ」
「エクスポーションもう一本投与しまーす」
えッ、レスレーザ一本だけじゃ快癒しなかったの?
話は続く。
「自分の分際を思い知ったわたくしは潔く身を引きますわ。この国の新たな王はレスレーザです。わたくしは王となった妹を全力で支えていきますわ」
「いや、よその国に嫁行けよ、お前は」
この厄介な長女を片付けることに全力を注ぎたい王様だった。
「いいえ父上、わたくしは自分の嫁に行く先を見つけましたわ。わたくしの進むべき道に添う、最良の伴侶を」
「うん?」
「リューヤさんに嫁ぎとうございますわ。第三夫人となり、同じ男の妻という立場で新女王を支えたく思いますの」
「何言ってるのお前?」
イザベレーラの俺を見詰める瞳の色が、妙にピンクかかっていた。
妖しい色気めいたものは最初から常に浮かんでいたが、今俺に向けられた妖艶さはまた違う印象。
「わたくし、あのように真剣にヒトから叱られたことなんて初めてですの。初めてひとかどの人間として扱われた気分でした。そのような人に嫁ぎ、共に歩むことができたなら二度と道を踏み外さないと思いますの」
おしりペンペンで叱ってあげたことが想像以上に彼女のハートに響いたようだ。
それまでと違う扱いでコロッとホレちゃうタイプ!?
「……それに、あのような恥ずかしい目に遭わされて何もなし、というのは酷すぎませんこと?」
「え?」
「わたくしキズモノにされてしまいましたわ。これはもうキッチリ責任を取っていただかないと、わたくしもう他のどこにも嫁ぐことはできません」
俺の脳裏に去来するのは、ついさっきオイタしたイザベレーラのお尻をペンペンしばいたこと。
あれは年頃の女性にとっては、たしかに最高クラスの恥辱。
お嫁に行けなくなるほどの?
「リューヤよ、ちょっと詳しく話さんかの?」
「王様!?」
ちょっと意外なぐらいの力で肩を握られる、王様から。
「イザベレーラはのう、たしかに性根が歪んで欲望に正直で、レスレーザに比べれば可愛げのない女ではあるが、それでも我が娘なんじゃよ。しかも長女。それをキズモノにされたとあっては父親としては黙っておれんのじゃがのう……!?」
「待って! 誤解です話せばわかる! 俺は誰に対しても恥じ入る人生は送っていないです!」
第一王女イザベレーラの国乱す野望は阻止したものの、代わりに新たな野望に絡めとられたのが俺だった。
◆
一夜明け、やっと落ち着きを取り戻した俺は改めて冒険者ギルド(センタキリアン王都支部)を訪ねた。
「ロンドァイトさん、一日ぶりー」
「おおおおおおおッ! 来たねリューヤ! 今度こそ完全にS級昇進おめでとうううううううッッ!!」
本職冒険者だけあって、他の誰よりも俺のS級昇進に喜ぶロンドァイトさん。
昨日一旦挨拶に寄ったけどすぐさま王城へと向かったし、その時はまだ審議中でS級になるのが確定してなかったしで、ようやく落ち着いて話ができる。
「今お手透きです? 世間話しても可?」
「アンタとの話なら他にどんな緊急案件があっても後回しにするよ! 街を大型モンスターが襲ってきても棚上げするよ!」
そんなことが起きたとしたら、是非最優先してください。
「アンタもそれだけ偉くなったってことさ。アタシだってもうこれからアンタのことは『さん』付で呼ばなきゃいけなくなるね。敬語も使わないと」
「絶対やめてくださいね。これまでずっとお世話になってきたロンドァイトさんですから。ずっと敬愛してやみませんよ」
「嬉しいこと言ってくるじゃないかい。それで今回の訪問はどんな用件? ギルドマスターの座を明け渡せって言うならアタシはそうするしかないけれど?」
「ここのギルマスはロンドァイトさんしかありえませんよ。それよか冒険者がギルドにくる用件は一つしかないでしょう。何かクエストくださいよ」
冒険者はクエストをこなしてお給金を貰うんだからな。
「クエストかい……? S級冒険者様に受けていただくクエストなんてそうそう……?」
「薬草集めとかないです?」
「薬草集めするS級冒険者がいるかい!?」
なんか怒られたロンドァイトさんから。
「S級冒険者に薬草集めなんかさせたらアタシャ評議会から査問受けちまうよ! 頼むからアンタは上座でふんぞり返っていておくれよ」
「そういうわけにはいきません」
最下級だろうとS級だろうと、クエストをこなして報酬を貰う冒険者の生業は変わりない。
それを忘れて『自分は偉いから何でも許される』と思ったらそこから人格が腐ってしまう。
「むしろ、偉くなっても基本を忘れるなという気持ちを込めてS級でもガシガシ薬草集めていきたいです!」
「本当に根が真面目なヤツだねえ。……それならもっと別のところでアンタの別の偉さをアピールしていかないと……!」
偉さは絶対アピールしないといけないんですね?
「……あ、そうだ。いいこと思いついたよ」
「何です?」
「アンタ、アタシを愛人にしなよ。一支部のギルマスごときS級の言うことには逆らえないからね。情婦になれって言われたら拒むなんてできないよねぇ」
そう言って舌なめずりするロンドァイトさんの表情は、絶対に食い物にされる側ではなかった。
捕食者のものだった。
「俺はいま婚約中ですよ?」
「家庭があろうとなんだろうと強い男は普通よりたくさん持ってるものさ。富も勇気も女もね。ギルド古参のアタシを囲ってると知れ渡れば少しは名前に箔が付くってもんだろう?」
「札付きにもなりますがね」
前もそうだったがロンドァイトさんは、どうして隙あらば俺の愛人になろうとするのだろうか?
イザベレーラもあれから諦めず俺の第三夫人の座を淡々と狙っているし。
この上でロンドァイトさんまで囲ったら俺の見境ない性豪説が修復不可能なレベルまで広まってしまう!
レスレーザとノエムを嫁に貰っても満足できず、俺の閨房はまだまだ大きくなりそうだった。
ただS級に上がるとどうしても名が売れるようで、色を使っても俺に取り入ろうとする輩は数多い。
S級になって多くの人々が俺に会いに来た。
その中には好ましからざる者もいた。