79 将から王へ
バシーン、バシーン。
肉を打つ重みのある音が夜空に響く。
「ぎゃあああああッ!? 痛い、痛いわッ!? 第一王女たるわたくしになんという無礼をおおおおおおッ!?」
「王女だろうがなんだろうが躾のなってないガキにはお仕置きが必要です」
なのでお尻ペンペンです。
第一王女イザベレーラの小振りな尻に平手を叩きつける。
だってまあ、いくらお仕置きでも女性の顔を殴るわけにはいかないし、頭にゲンコツとかもなんか嫌。
この人、髪をセットするのに油塗りたくってるし。
まさかボディにブローするわけにもいかない。
そうしたら叩く部位は尻しかないわけだ。
子ども扱いするようだが実際子どもだし、精神が。
いけないことをすれば叱られるという当たり前のことを学んでもらうためにも心を鬼にしてお尻を叩き続けます。
叩く俺の手だって痛いんですからね!
「いたあああいッ! 少しは手加減しなさいな!」
「俺が本気で叩いてたら尻が四散してますよ」
レベル八百万を舐めるなよ。
「…………一体何なんですか?」
俺を探しに来たのだろうか?
いつの間にかバルコニーにレスレーザが現れて、俺を冷めた目で見下ろしていた。
そりゃ夜空の下でいい歳して尻を叩かれている腹違いの姉と、その尻を叩いている未来の夫がいたら視線も冷えるか。
「婚約ほやほやの義弟を誘惑する悪い小姑をお仕置きしておりました」
「まあ何となく察しはつきますが……なんでお尻を叩いているのです?」
「消去法で」
あと、仕置きする側の俺にもなんか役得が欲しいから。
「いえ、我が夫となるリューヤ殿はいずれ王配……女王の夫となるべき人。そんな人を誘惑し王室を乱そうとする輩は打ち首になってもおかしくないのですが……」
レスレーザは、パーティ用にドレスを着こみ、今から女王としての存在感を示そうという風情だった。
だからこその異腹姉の醜態に呆れを禁じえない。
「アナタがまだ王位を諦めていないのはわかりきっていましたが、あまりにもやりようが見苦しい。ゼムナントと五十歩百歩ではありませんか。それではゼムナントと同じ末路をたどることも、そう遠いことではありませんよ」
「何を妾腹が偉そうに! 王位は正統なる者が継ぐべきなのよ! そして正統なる者といえば長女であるわたくしよ! 自分の正当な権利を取り戻すということの何が悪いの!?」
もはや取り繕いもせず、自分の欲望をむき出しにする姉。
それを妹は冷静な目で見下ろす。
「王位に就くことは権利ではありません。義務です。国家の長となり民と国土を護り、進むべき方向へ導いていく。その義務を背負うことです。それに気づけないからこそ姉君たちは継承権を剥奪された。そのことにお気づきになりませんか?」
「偉そうに説教気取りなの!? どんなに偉ぶろうとアナタは妾の子、正統な継承権などない! それはアナタ自体が気づいているでしょう!」
あまりにも歯に衣着せぬ暴言。
王位継承を決めた次期国主にあまりにも乱暴な物言いだし、血を分けた姉妹に対してもあまりに非情すぎる物言い。
権力に血迷った者の狂態だった。
「……わかっているでしょう? 王者に必要なもの、それは王者に相応しいスキルよ! 純粋な王家の血を引く私たちは、まさしく王に相応しいスキルを授かった。だから私は女王になるべきなのよ!」
イザベレーラのスキルといえば……。
ついさっき俺へ向けて使ってきた<寵姫の魅惑>というヤツか。
異性を篭絡し、意のままに操るスキル。
どっちかというと悪女スキルとでもいうべきだが。
コイツの弟のゼムナントも特定の相手に服従を強制するスキルだったし、王家スキル=洗脳スキルなのかな?
「アナタのスキルは器が小さいの! ……王のスキルではないわ、精々が将軍のスキルなのよ!」
「…………」
イザベレーラのなじりが、レスレーザのスキルの話に向かった時、彼女は反論しなかった。
ただ黙って受け入れるだけだ。
レスレーザのスキルは<将星仁徳斬>。
率いる兵の数に応じて無上限に斬れ味を上げる攻撃スキル。
「所詮アナタのスキルは戦争にしか使えないスキル。国家の運営において戦争など一側面に過ぎない。より大きな視野で国を回すには、私のスキルこそがもっともふさわしいのよ!」
「俺はそうは思わないけど?」
単に男を誘惑するだけのスキルじゃん。
「だから私に王位を譲りなさい! 私のスキルですべての男を……国内でも国外でも男を服従させ、すべての財と能力を献上させ、それを元に最高の国家を作り上げてみせる! アナタじゃ絶対できないことよ! 私こそがこの国を富ませられるのおおおおおおッ!!」
「たしかに、私のスキルは戦争にしか役に立たない……」
か細い声で言い返すレスレーザ。
「我がスキル<将星仁徳斬>は、純然たる攻撃スキル。平和な治世にはむしろあってはならないスキルです。こんなスキルしか持たない自分が女王に相応しいのかとずっと悩み続けてきました」
レスレーザが語る初めての、女王たる自分に対する思いのたけ。
父親から突然に指名され、あれよという間に流される間に王座へ向かうことになった彼女。
しかしそれでも漫然となっていいものじゃない王様は。
自分の想いが語られるこの時にレスレーザはついに辿りついた。
「しかしそれでも私は、選ばれたからには大役を果たさなければいけない。能力だけが王を決めるわけじゃない。真の王になるには想いが必要なのだと、父上の意図をそう汲み取りました。そして私に王としての想いを植え付けてくれたのはリューヤ殿です」
「レスレーザ!?」
驚いて彼女の名を呼んだ。
何故かというと、彼女の手にいつの間にか剣が握られていたからだ。
どこに隠し持っていたのそれ?
ドレスのスカートの内側?
「あの、絶対勝てるとは思えなかった魔族との戦いで、勝てる筋道を示してくれるリューヤ殿に王としてあるべき姿を見出しました。民を支え、民に支えられるのが王。その関係を実現できるなら、私は斬りつけることしかできないスキルも躊躇わず振るう!」
大きく上段に振り上げる剣。
レスレーザ、まさかここでスキルを……!?
「<仁徳斬>!!」
振り下ろされた剣から、凄まじい剣圧が光線のように撃ち出される。
「うえええええええッ!?」
そのあまりの規模のデカさに目の当たりにした俺がビビッた。
「きゃあああああああああッ!?」
イザベレーラもビビッた。
この斬撃スキルの規模、かつて魔族との戦いで放たれたものすら上回る。
バルコニーから夜空に向けて放たれたから被害はないが、少しでも射線を傾けたら街が壊滅しそうなほどだった。
軍人として、自分の旗下に率いられた兵の多さに比例して威力が上がるレスレーザのスキル。
あれほどの過去最高の威力にまで高めるには何万……いや何十万人の兵を率いなければならないのだろう?
レスレーザはいつの間にか出世して、多くの部下を持ったというのか?
思わずアビニオンの眼で、彼女のスキルを確認してしまった。
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【名前】レスレーザ
【種類】人間
【性別】女
【年齢】21歳
【Lv】37(←35)
【所持スキル】天王仁徳斬(←将星仁徳斬)※スキル進化
※スキル説明:(王家スキル)聖属性を付加した斬撃を放つ。自分の治める国民一人につき威力22%アップ(上限なし)。発動条件・刀剣装備。
【好悪度】♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥(←♥♥♥♥♥)
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……ん?
なんかレスレーザのスキルの名前が変わっている?
<将星仁徳斬>から<天王仁徳斬>へ?
人数によって威力が変わるスキル条件がそのままであるものの、条件対象が直属の部下から治める国民に変化している?
「そんな……範囲が恐ろしく広くなっているじゃないか……!?」
国民全体の数が斬撃威力に比例するなら、それこそ何百万人分が対象になるじゃないか……!?
そこまでの人数を威力に変えたなら、あの斬撃規模も頷ける……?
「空を斬り裂くかと思うほどだった……!?」
あの剣は、女王レスレーザの放つ護国の剣なのだろう。
国が富めば富むほど、大きくなればなるほど強くなって外敵を両断する。
大量破壊剣の護りの下、国家はより安定して発展し、人々を富ませることができる。
「……これがレスレーザの王としての証……!?」
レスレーザのスキルによる国家の養い方。
この強固すぎる形の前には、イザベレーラも異論を差し挟むことはできないだろう。
「……負けましたわ」
案の定、がっくりと肩を落とす第一王女。
「このような巨大な抑止力を持つ国に、攻め込むものなどあろうはずがありません。絶対の平和が保たれてこそ国は発展する。それがレスレーザの治め方なのですね」
そしてその一方で、レスレーザは超特大<天王仁徳斬>を放った反動で、全身ガタガタになってダウンしていた。
いつだったか魔物の群れ相手に何千人分の<将星仁徳斬>を放った時と同じだ!
「また反動で体粉々になってるうううううううッ! ノエム! ノエム来てえええええッ!! ポーションあげて早くううううううッ!?」
国家防衛の最凶斬撃は、放つ代償もさらに厳しいものになっていた。