78 逆転を狙う第一王女
ふぃー、くたびれた。
帰還するなり婚約発表、後継者指名。
それに巻き込まれて俺もあっちこっちからもみくちゃにされてクタクタになってしまった。
ある意味ギルド本部で魔族と戦ったのより疲れたんではないか。
一番しんどかったのは、各方面のお偉いさん方から『もしよければウチの娘も貰ってくれませんか!?』と嫁入り打診されたことだ。
今日婚約発表したばかりの男に何を提案してるんだ正気か!? とも思ったが、そもそも同時に二人と婚約発表してんだからしょんないか。
『だったら三人目もいんじゃね!?』と思う人がいても責められない。
というわけでなんとか言い訳を繕いながら婚姻攻勢をかわし、今夜のS級昇格祝い&祝勝会&生還祝い&婚約発表会&王位継承者正式お披露目会のパーティが大々的に行われ、飲んで騒いでお開きになった。
「いやー、疲れた」
そもそも小市民の俺にとって、こんな華やかで厳かな会は気疲れの方が大きい。
これからレスレーザの夫となって王配になり、S級冒険者として社会的ステータスを持ってしまった俺が、こんな海千山千の妖怪どもが跋扈する社交界でやっていけるんだろうか?
レベル八百万でもまったく務まる気がしない。
……と、お城のバルコニーで星空など見上げつつ黄昏れていると……。
「あら……、暗い表情ね。婚約したばかりのお婿さんの表情とはとても思えないわ」
なんか来た?
「やはりレスレーザの夫にさせられるのは気乗りしないのかしら。騎士の教育しか受けていない子はいかにも性格ががさつそうだものね」
「のっけからヒトの悪口!?」
誰だそんな人当りの悪いことするのは!?
と思ったら、そこに立っていたのはやたら豪奢なドレスを着た貴婦人。
「アンタは……!?」
「まあ、王族を『アンタ』呼ばわりなんて、逆玉に乗って早速傲慢さが現れたかしら?」
第一王女イザベレーラ!?
「レスレーザにまんまと王座を持ってかれた人!?」
「持ってかれてないわよ! 勝負はまだついていないわ!」
何言い出すのこの人?
後継者レースはとっくに決着ついただろう現役王様から直に指名を受けたんだから。
次の王様はレスレーザ決定。
国民の皆さまだって諸手を挙げて賛成してたんだから、どう考えても一発逆転の目なんてなかろうよ。
「……ところでアナタご存じ?」
「何を? アナタの穿いてる下着の色とか?」
「情熱の赤ですわ」
マジかよ。
「我が愚弟ゼムナントのことです。母親の祖国でこれ以上ない大失態をやらかし、犯罪者同然にこちらへ送還されてきました」
「実際犯罪者でしょう?」
アイツの暴走には俺も直接的被害を被ったクチだが。
あまりにもどうでもよすぎて今この瞬間まで忘れていた。
「一国を壊滅の危機にまで追い込んだのですから万死に値して当然ですけれど。父上もさすがに実子を裁くにはお優しすぎたようです。王族の籍から抜いて平民に落とし、遥か僻地の古城へ幽閉。そのまま死ぬまで閉じ込めておくとするのが精一杯だったようですわ」
「へー」
心底どうでもいい。
あの甘やかされたお坊ちゃまが何かできるとも思わないし、仮に悪魔かなんかに力を与えられてモンスター化しても大したことができると思わないし。
王様のご意向通りこのまま一生飼い殺しでよろしいんでは。
「本当に愚かな弟、己の才覚も見極められず過分な夢を見るからどん底まで落ちるのです。生来無能で役立たずであろうと、王族に生まれれば一生不自由ない暮らしは保障されていましたのに、それすら失うなんて……滑稽だとは思いませんこと?」
「いきなりなんで自己紹介してるんです?」
「ぐなッ!?」
そして俺はなんでこの第一王女に絡まれているんだろうか?
この女怪は、ゼムナントと同様王位に執着を持ち、自分が次の王様になるなら兄弟だって蹴落とす気満々の権力志向者。
ゼムナントよりは考える頭を持っているようだが、俺から見れば五十歩百歩でしかない。
そんなヤツが微笑み称えて寄ってくるなんて、トラブルの前兆としか思えない。
「……わたくしが言いたいのは、資格なき者が王座についても不幸しかないということです。国にも民にも、間違って王となってしまった本人にとっても。そう思いませんこと?」
「はい」
「ゼムナントはもちろんのこと、あのレスレーザとて生まれながらに王者の教育を受けたわけではない。所詮王の庶子にすぎません。そんな子が王の気まぐれで王座を与えられ、扱えるはずもない国に翻弄され、後世からも暗君と呼ばれ未来永劫侮辱され続けるのです。可哀想だとは思いませんこと?」
「何が?」
間違った人材が王になる、これは不幸である。
YES。
目の前の変な女を直視して益々同意する。
レスレーザが女王に相応しい人材ではない。
これはNO。
目の前の変な女の思い込みに過ぎない。
「キミさあ、いい加減に諦めたらどうなの? もう決定は下されたんだからさ。キミが女王様になる目は永遠に消え去ったんだよ」
「いいえ、わたくしはセンタキリアン次期女王となる定めの女なのです。わたくしは父上の最初の子として生まれました。市井の家でも長子が継ぐというのに、何故王家ではそれが適用されぬというのです?」
未練がましい。
「でもキミ女じゃん」
世間一般の基準を持ち出すなら跡継ぎに選ばれるのは最初に生まれた“男の子”じゃないの?
「レスレーザも女で継承者に選ばれたじゃないですか。ならばわたくしにも充分資格はある、むしろ長女であり、母方の縁から隣国ブランシェリル王家の後ろ盾もあるわたくしの方こそよっぽど資格があると思いませんこと」
「自分に都合のいい情報だけ切り取るな」
「裏を返せば、レスレーザなど確たる後ろ盾もなく、切り崩そうと思えば簡単にできるということです。例えばアナタ……」
この権力に取りつかれた女怪が、俺の胸にしなだれかかってきた。
うわ気持ち悪ッ!?
「レスレーザの有利な点なんて、世界有数のS級冒険者を婿に取ったことぐらいですわ。つまり、アナタさえ篭絡すれば女王の座は我が手に返ってくる……。……そこでアナタに相談です」
血のような口紅を引いた唇が、ニィと吊り上がった。
「レスレーザからわたくしに乗り換えませんか? 庶子の女より、れっきとした王族であるわたくしの方が妻として相応しいでしょう」
「ごめんなさい」
「わたくしを好きにしていいのよ? 心も体も?」
「お断りいたします」
むしろなんで受け入れてもらえると思ったのか?
婚約発表した昨日の今日だよ?
いくら婚約破棄が最近の流行だといっても、これはない。
「平民のアナタでは直視することも本来許されない高貴な肌に触れることができるのよ? これこそ立身出世の醍醐味というものじゃない? 自分が頂点まで登り詰めた実感をわたくしとの閨で……」
「帰ってください」
「最後まで喋らせなさいよ!」
そうは言っても。
受け入れる気がないんならキッパリ断る方がお互いのためとも言うし。
「だから断固として拒否します。ありえません。生理的に無理です」
「そこまで言う!?」
立場情勢を埒外においても、性格とか気立てとかでレスレーザを差し置きコイツを選ぶとかありえない。
絶対コイツ連れ合いを振り回して没落させるタイプのヤツだろう。
「クククク……、わたくしの魅力に骨抜きになってしまえば簡単だったのだけれど、強情ね。それくらい乗りこなすのが大変な方がわたくしの連れ合いに相応しいけれど」
「アナタは俺の連れ合いに相応しくないです」
「口減らずね!」
もういい加減人を呼ぼうか。
「でも……、アナタの意思なんて最初から関係ないのよ。アナタは平民、わたくしは王族。どちらがどちらに従うべきか明白でしょう」
「アナタはお父上の決定に従ってください」
「わかっているでしょう? 人を支配すべき王族に生まれたわたくしには、それに相応しい王家スキルが備わっている。それさえ使えばアナタなど、未来の女王の奴隷に過ぎないのよ!!」
第一王女イザベレーラの両瞳が真っ赤に輝く。
「スキル<寵姫の魅惑>!!」
視線が絡まり電光が発するというが、第一王女から放たれた赤光が俺の瞳へと飛び込んでいき、眼球の中で乱反射しながら全身に広がっていく感覚。
指先に至るまで赤光が浸透していく。
「わたくしたち王族の人間には、それに相応しい王家スキルが宿るものなのよ! 我がスキル<寵姫の魅惑>は、男ならば誰であろうと我が魅力に溺れさせる。傾国のスキル!」
「そのスキルで……、俺を意のままにしようと……!?」
「元々平民とは、王族の意のままになるべき者たちでしょう? その程度の分際でわたくしの伴侶にしてあげるのだから光栄に思いなさい。その光栄に応えるために以後はわたくしの言うことを何でも聞いてレスレーザを追い落とすことに協力することね」
「嫌ですが」
「あれえッ!?」
目の前にいるイザベレーラの顔を鷲掴みにし、持ち上げる。
「あがががががががが! 痛い痛い!? わたくしの美麗な顔が握り潰されますわッ!?」
「できれば女性は大事に扱いたいんだが、オイタをするようなら話は別だ」
「なんで!? なんでわたくしのスキルが通じないの!? わたくしにベタ惚れして国でも命でも差し出すように骨抜きになるのがわたくしのスキルのはずよ!?」
「ゼムナントも同じようなスキルを使ってきたな」
さすが姉弟。面倒で邪悪なところばかり似てくる。
しかし似たようなスキルを持つ弟と対立して無事帰ってきた俺に、同じようなスキルが通じると思っているのは迂闊ではないですかね。
俺の超絶なレベル差をもってすれば、精神感応もはじき返すことも可能なのだ。