76 S級冒険者リューヤ誕生
うーん。
なんかよくわからないうちに終わった。
冒険者ギルド本部に魔族が襲撃事件は、犠牲者一名、重軽傷者は数え切れないほど、そして施設半壊が無数という被害で幕を閉じた。
とはいえ怪我人はノエムの錬金ポーションでほとんどすぐさま全快し、壊れた家屋も地元住民自身による復旧作業でほどなく元通りになりそうだ。
要望通りに遅れてやってきたレスレーザ率いる救援隊も頼りになった。
そうしていい方向へと進んでいく中で、同時並行し今回の総括が行われてもいた。
◆
「リューヤよ、本当によくやってくれた」
と言うのはギルド評議員のビステマリオさんだ。
その背後には、彼と同じような歳頃、佇まいのおじいさんおばあさんが多く居並んでいて、同様に俺へ視線を集中させている。
「そなたが来てくれなんだらワシらは残らず魔族に殺されていたことだろう。そなたは命の恩人だ。感謝の際限がない」
「いえいえ、どうも」
差し出された手を握り返して握手。
俺の方もビステマリオさんが無事でよかった。
死んでほしくない人だったからな。
「皆さんが無事でホッとしました。魔族が攻め込んできたと聞かされた時はもー皆ダメかと」
「ヤツらの目的が殲滅ではないとわかった時点で即座に投降したのじゃ。情けない話じゃが、お陰で犠牲者を出さずに済んだ」
それで最速で駆けつけてなお、もう騒動が終わっていたのか。
しかしおかげで戦いが最低限で済み、死者も出なかったんだからナイス判断と言えよう。
「残念ながら犠牲はゼロとはいきませんでしたが……」
「レコリス評議員のことは、そなたが責任を感じるいわれは一切ない。すべては彼自身が呼び込んだ災厄。それどころか多数を巻き込み、冒険者ギルド自体を壊滅にまで追い込もうとした彼に、あの末路は当然ということじゃ」
自身の同僚でもあるはずのレコリスに対し、ビステマリオさんの言動は非情なるものだった。
しかしそれは個人的な嫌悪ではなく、あくまでギルド評議員として責任ある立場ながら、それを顧みなかったレコリス評議員への失望の表れでもあるのだろう。
「我々冒険者ギルドは長きにわたり、教会に脅かされてきた。スキル受領のシステム上、どうしても優良なスキルの使い手は教会に根こそぎ奪われてしまう。我ら冒険者ギルドは、教会の選から漏れた二級三級の受け皿のような扱いを強いられてきた……!」
ビステマリオさんの無念めいた声。
それに追随するように他の評議員、居合わせた冒険者の人たちからも同意の頷きや、果てはすすり泣きの声まで聞こえてきた。
泣くほど悔しかったの!?
「それでも我々は教会からの影響を跳ね除け、ここまで独立独歩を貫いてきた。スキルの優劣のみが価値であると決めつける教会の考えに断固反対してきた。冒険者には弱いスキルにしか恵まれなかった者、まったくスキルを得なかった者も所属し、多く貢献してくれたからじゃ」
俺の脳裏に、ルブルム国で出会った<スキルなし>の冒険者たちの顔が浮かぶ。
彼らの立場を守るためにも、ギルド評議員の人たちはソーエイデスやレコリスなどを通じて浸食する教会勢力を堰き止めてきたのか。
「今回の一件に、もし本当に教会の思惑が潜んでいるとするなら……レコリス失脚によってヤツらの影響力が冒険者から一掃されることを恐れたのかもしれぬ。失敗したレコリスを切り捨てると同時に、冒険者ギルド評議会そのものを抹消し、その上で自分たちの息のかかった者で新生評議会を立て直したかったのかもしれぬ」
ビステマリオさんの言葉に、後ろに居並んできた多くのおじいさんやおばあさんも声を上げる。
「可能性はありますぞビステマリオ殿! ヤツらはつい先日センタキリアン国を怒らせたばかりですからな!」
「その上に我ら冒険者ギルドへの影響力を失えば、現状の世界勢力図が塗り替えられるきっかけにもなりかねません!」
「教会のヤツらが慌てるのもありえる話! そしてここまで手段を選ばず自分たちの栄華を守ろうとするのも、いかにも教会のやり口ですぞ!」
「これ以上教会の好き放題にさせて堪るものですか! 今こそ冒険者ギルドが一丸となり、あの売僧どもに目にもの見せてやるべきです!!」
あの人たちって冒険者ギルド評議員の人たちだよなあ?
あんなにも教会の評判悪いのか、冒険者たちにとって?
レコリスのように取り入ろうとしたヤツもいたらしいが、そのレコリスが散々利用されて切り捨てられたのを見れば憤懣は数十倍と言ったところだろう。
「皆の怒りの心はよくわかった。その上でワシは、先ほどの議題を進めようと思う」
「?」
先ほどの……?
議題……?
「魔族急襲にてやむなく中断となったが、我々は冒険者史上に残る重大な決断を下すために激論を交わしていたはずじゃ。……すなわち<スキルなし>の冒険者にS級の栄冠を与えるか、否か!」
その言葉と共に、他のギルド評議員の皆々様の表情が変わった。
ハッと我に返ったような。
「会議の場ではいまだ半信半疑の方もおったことだろう。『本当に<スキルなし>でS級に相応しい実力があるのか?』『ペテンか何かではないか?』と。たしかに実際目にすることなく彼の力を信じることは難しいだろう」
“彼”って……?
もしかしなくても……?
「しかし今、ここにいる全員が彼の力を目の当たりにしたはずじゃ。スキルなどなくても数人がかりの魔族を圧倒するその力! それこそスキルがなくとも最強の男リューヤの証明じゃ!」
「やっぱり俺だった!?」
「さあ評議会の方々! 冒険者たちをまとめる責任ある諸君! かねてからの議題、冒険者リューヤのS級昇格の採決を今こそ! 彼がS級冒険者に相応しいと思う方は挙手を!」
その瞬間だった。
一瞬の躊躇もなく手が挙がった。しかも一、二、三……たくさん?
明らかに数十人手を挙げてるんだけど?
これ評議員じゃない人も手を挙げてるよね?
居合わせた冒険者の人たちとか。この場に集った全員挙手している!?
「……ありがたい。これこそ評議会の枠を超え、冒険者全員が認めた証じゃ。今この瞬間をもって冒険者リューヤを新たなS級と承認する!」
そして拍手。
この場でみんなの心が一つになったかのような盛り上がりだった。
「……あの、ビステマリオさん?」
「昇格おめでとうS級冒険者リューヤよ。命を救ってもらいながら、この程度の礼しかできないのが心苦しいところだが」
「いえいえ!」
むしろ恐縮しますが!
俺はただ皆を助けたくて、ここへ急行しただけですし!
「そなたの存在は、もはや全世界の希望になるやもしれん。先ほどの魔族とのやり取りは、ともすれば世界の在り方を大きく変えるかもしれんのじゃ。よい方にな」
さっきの魔族セニアタンサとの約束は、多くの人々の見守る中でおこなわれたからな。
憎み合う天敵であったはずの魔族と、これからどう変わっていくのか。
誰もが興味を惹かれるはずだった。
「魔族の脅威が去れば、教会及びヤツらが擁する勇者の価値も激減する。各国へ隠然と及ぼされた教会の影響も、陽光が霧を晴らすように掻き消されることだろう。魔族からの攻撃も深刻であったが、教会が世界全体を牛耳らんとする動きもけっして好ましいものではなかった」
そこまで……?
スキルを与え、それをもって世界に価値を主張しようとする教会は、そこまで人々の反感を買うものだったか。
「リューヤ、S級冒険者としてのそなたの存在は、多くの人に希望と安堵を与えるであろう。我ら冒険者ギルドのためとは言わぬ、世界のすべての人々のために、その力を振るってほしい」
「……俺は大した男じゃありません。スキルがないから自分の手足を動かすだけ。地上のすべての人々なら誰でもできることしかできない」
それでも俺にできることで、不幸を避けられる人がいるならば、俺は躊躇いなくこの手足をジタバタと動かしたい。
「目の前に映る人たちの手助けをする、それしかできない俺はこれからもそれを続けるだけです」
「よい答えじゃ」
ビステマリオさんは大きく頷いた。
「人一人ができることなど小さい。たかが知れたものじゃ。それを幾人もが束ねて大きな力とすることこそ人間の持ち味。……今の世の中、そんな大切なことを忘れている者がいかに多いか……」
与えられたスキルは、各々に大きな万能感を与える。
自分一人で何でもできると思わせる。
しかし勘違いしてはいけない、どんな万能の力を与えられても人一人の力はたかが知れたものだ。
俺だってノエムの錬金術、アビニオンの魔神霊の力にどれだけ助けられてきたか。
力を合わせて戦うことこそ、人間に与えられた最大最強のスキルなのだ。
「見事じゃリューヤ。その心意気をS級冒険者として、これから多くの人々へ伝えてほしい」
「はい!」
「あとは……、もう一つの案件にも早急に結論を出さねばならんのう」
もう一つの結論……。
ビステマリオさんが送った視線の先を負うと、そこにはノエムの姿が。
なんか誰かに抱き付かれておる。
「ありがとにゃー! 皆を助けてくれて本当にありがとにゃー!!」
「いやあの、活躍したのはリューヤさんだけで私はほとんど何もしてないんだけど……!」
A級冒険者のシーガルか。
お城へ救援を求めに来た時は体力を使い果たしてダウンしていたが、早くも回復して救援隊と共に戻ってきたらしい。
本当すっかり仲よしさんになって……!?
「ノエムの錬金術も非常に有用じゃ。それを駆使する当人の心根も素晴らしい。まず間違いなくS級に昇格できることであろう」
「ええ、ノエムは本当にいい子です」
こうして冒険者ギルドは無事窮地を脱し、俺はS級冒険者になることができた。
そのことに喜んでくれる人たちはたくさんいるが、同時に面白くないと感じる人たちも大勢いることだろう。
そういう人たちとの新たなる戦いが予感されるのだった。