72 絶対零度をはねのけて
俺の<絶対零度>破りに、魔族は相当衝撃を受けたようだ。
全身をワナワナ震わせて戦慄を露わにする。
『擦って熱した……!? 摩擦熱だと……!? そんな、そんなバカなことがあってたまるか!!』
実際あったんですけども。
『ふざけるなよ<絶対零度>だ! すべての分子運動が途絶えあらゆる動が止となり、どんな生命も存在できない! 我が究極異能が作り出す静止……いや静“死”空間だ!』
「ああ、必殺技だったんだキミの」
『それを擦って温めるなど幼稚な思い付きで破られてたまるかああああッ!! 公爵級魔族たる私の最強攻撃を何だと思ってるんだああああッ!?』
「そんなこと言われてもなあ」
別にアナタをおちょくりたくて手段を選んだわけじゃない。
俺にはこれしかできなかったのだ。
<スキルなし>の俺にはな。
レベル八百万の俺ならそれこそ目にも止まらぬ速さで手を動かし、超高速で擦って熱を生み出すこともできる。
それで火を熾すことだってできるだろうが、今回は対象がめっちゃ冷たいためにそこまでいかなかったな。
プラマイゼロだった。
「格好悪かろうとグダグダでも、できることは何でもやる。それがスキルのない俺に許された唯一のことだ」
『<スキルなし>……? バカな、本当にスキルを持たないというのか? そこの男のホラや勘違いなどではなく……!?』
ソーエイデスの喚きを聞いていたのか、俺の個人情報が敵に渡っている。
『それこそバカな! 下等な人間であるだけでなくスキルまでないヤツに、どうしてこの私が脅かされねばならない! 我が最高の完殺異能をスキルもない人間風情に破られてたまるか!!』
俺は背後を気に掛ける。
ほんの数瞬とはいえ超低温に晒されたソーエイデスは、常温に戻されても無事では済まなかったようだ。
低温で血の巡りが滞り凍傷になりかけている。
向こうにいる人たちに保護をお願いし、あとは安静にしてほしい。
『許さんぞふざけた人間め! 私のプライドが許さん! スキルも持たない最弱人間に一瞬たりともてこずったという事実自体が我が汚点だ! その汚点を貴様ごと抹消してくれる! 私の記憶からも抹消してやるぞ!』
「勝手に好き放題言うなあ……」
<スキルなし>と言われて一番つらいのは俺なんですけども?
「スキルがないってことはできることが少ないってことだ。<スキルなし>の俺には選択肢があまりにも少ない。それでも目の前に助けるべき人がいれば、やらなければならないことがあるなら、動かないといけない。できることがあるならどんなカッコ悪いことでもやらなければ」
それが<スキルなし>の俺にできるせめてものことだ。
「だから摩擦熱だろうとお前に対抗できるならガンガンやるよ。お前の害意が俺の大事な人たちに向けられる限りはな」
『煩いわ最低弱者が! 死ねえええええええッッ!!』
ヤツの……魔族セニアタンサの激情が燃え上がる。
本気の殺意がいよいよ俺に向かって注がれる。
『我が最大出力の異能で凍殺してくれる! 最高潮! 究極域の<絶対零度>だ!! 体中を擦り合わせても間に合わぬほどに凍り付かせてやる!!」
襲い来る究極の冷気。
これをまともに浴びたらどんな生き物だろうと、その場で凍り付いて氷像となり、次の瞬間砕け散ってしまうことだろう。
その冷気が俺を襲うのだ。
俺とて生物であるからには超低温の最中で生きていける自信はない。
生物には種族それぞれ生きていく適温がある。それを外れたら生物は死ぬ。人間だって死ぬ。つまり俺も死ぬ。
俺は自分が大層なもののつもりはないから、まさか<絶対零度>に晒されて自分は死なないと無根拠に思い込みはしない。
だから全力で……。
「超低温の中でも……生きる!!」
生きれた。
俺の面前に吹き付ける低温。
全身に無数の針が突き刺さってくるかのような寒さだ。
しかし生きる。
俺の命の炎は、どんな寒風にも吹き消されはしないぜ。
俺の命よ、この体に低温に負けない熱を送り込め!
『バカな……、バカな……!? 何故生きている!? 極超低温に晒されて人間風情が何故生きている!?』
目の前の事実を見て、魔族セニアタンサが恐れおののく。
自身の最強奥義らしいからな。それを破られれば心中穏やかでいられないのもわかる。
『本当にスキルも魔法もなしで、私の異能に耐えているというのか!? 気合か!? 根性だとでもいうのか!? ふざけるな!! スキルと異能、そして魔法! あらゆる技術体系を駆使して知恵と機転をもって、相手を出し抜くのが争いではないのか!? 根性論なんぞ認めるかああああああッッ!!』
「仕方ないだろう」
知恵と機転を駆使しようと、それは切れる手札があってこそできる戦術だ。
俺には手札そのものがないんだから。
あとはできることといったら気合と根性で耐えるしかない。
『たしかに、見るに堪えぬ根性闘法じゃ。スマートさの欠片もないのう』
『ひぃッ!? 誰だ!?』
おッ?
気づいたらいつの間にかアビニオンが来ていた。
ノエムと一緒に。
「街の救助は終わりました! 地元の人たちで助け合えるようになりましたんで、お任せしてこっちに来ました!」
「ご苦労様ノエム」
今だメチャ寒い。
でも気合で耐えるしかない。
『おッ、お前は……いえアナタは……魔神霊……我ら魔族をも超える地上最高の超越者……!?』
現れたアビニオンの姿に驚愕し、恐れ硬直するセニアタンサ。
『ほほう、ちゃあんとわらわを恐れる分別はあるようじゃな虫けら?』
『む、虫けら……!?』
『違うのかえ? ぬしらが人間どもを虫扱いして見下すように、わらわら魔神霊にとっても魔族など下等で脆弱な虫けらよ。上には上がいるということを覚えておけば、高潔な生き方ができるものぞえ?』
『あッ、なッ、その……!?』
突如として眼前に現れた、自分を遥かに超越した存在に言葉が詰まる魔族。
『それはわらわもようわかっておる。何しろ魔神霊たるわらわにもちゃあんと上がいるからのう。その上たる主様に傅くことで、自分のほどがわかるものじゃ』
『上ッ!? バカな、世界の支配者とでもいうべき魔神霊の上にいる者などいるはずがない!』
『そんなことはないぞえ。ホレいるではないか、ぬしの目の前に……』
『え?』
『レベル八百万を超える、魔族も魔神も魔神霊も超える最大最強の人間がな』
こっちに注目しないでもらえますか。
アビニオンが出てきたことで魔族の冷波攻撃はやみ、ちょっとぬるめになってきた。
『そこまで圧倒的なレベル差があれば冷気でも熱気でもはね返せるじゃろう? 体細胞を活性化させて超高熱を生み出すのもありうる話じゃ。単純明快なレベルの大きさはすべてを解決するのじゃぞ』
『そんなあああああああああッッ!?』
さて。
これまで我慢比べに徹してきたけど、いつまでもそればかりしても勝ちようがない。
相手が驚いて動揺しているこの時こそ勝利のチャンス。
「ほい」
『うぐおッ!?』
一瞬の隙をつき、電光の速さで懐に潜り込む。
相手に驚く暇も与えず拳を突きだした。パンと破裂音が鳴る。
『ごえええええええええええええッッ!?』
肉と骨がはじけ飛びセニアタンサの半身が消し飛んだ。
人間ならば間違いなく致命傷。しかし魔族であれば何とか堪えきれる損傷だ。
ただ生き残るだけならば。
『がああああああッ!? ごおおおおおおッ!? 私の右手が、右肩が、胴体の右半分があああああッ!? 再生、再生……!?』
魔族特有の身体再生を行おうとするが、どうやら上手くいかないようだ。
『何故だッ!? 再生しない!? 再生しないおおおおおおおおッ!? 私の体の右半分が元に戻らないいいいいいいッ!?』
『それがレベル差の力じゃ。拳に宿った強大なるレベルの数字が、おのれ風情の異能なぞ簡単に吹き飛ばして動作不良を起こしておるのよ』
『おげばあああああああああッッ!?』
『純粋な実力も及ばなければ覚悟も足りなかったようじゃのう。多少の小器用さではカバーしきれん差じゃわい』
これほど破壊してやれば異能も満足に使えまい。
できればここで尋問し、色々聞き出しておきたいところだ。
一体どうしてソーエイデスやレコリスを狙ったのか?
一体誰の指示なのか?