71 標準から見た魔族の恐ろしさ
予想だにしなかった乱入者というか。
A級冒険者ソーエイデス。
かつてルブルム王国での昇格試験を巡って、俺と彼とは対立した。
それ以来行方をくらましてどこにいるとも知れない彼が……。
ここに来て俺と共闘!?
……って感じでもないなこの態度は。
「引っ込んでいろ<スキルなし>! あの魔族は私が倒す!」
どちらかというと手柄を横取りしようって感じ。
改心の様子は見られない。
「……というかアナタ今日まで何してたんです?」
ルブルム王国を海に沈めんとするきっかけを作ったアナタは彼の国から指名手配されていまして。
……ぶっちゃけ指名手配犯と同じ扱いなんだが。
お母さんを泣かせないで自首しろよ?
「だからこそだ……! ここで魔族を撃退し、ギルド本部の危機を救えば手柄は値千金……! それによってルブルム国にて積み重なった数々の失態も差し引き帳消しになるかもしれん……!」
下心ありありだった。
「レコリス評議員に助けを求めれば、監禁同然に隠し部屋の座敷牢へ押し込まれる始末。こうなったら誰にも頼らん! 私自身の力で降りかかる火の粉を払って見せる! 私にはそれだけの力があるはずだ! 私はA級冒険者なのだから!」
いかにも理不尽に巻き込まれたような口ぶりですけれど、大半がアナタの自業自得ですからね?
ルブルム国のダンジョンが崩壊したのも、オケアネスが大津波と共に襲来したのも。
全部アナタの<スキルなし>への差別意識が生んだことですからね?
「フン、それに魔族といっても大したことはないようだしな。<スキルなし>によって一人は簡単にやられ、一人はなすすべなく翻弄されている。もう一人はウドの大木のように立ち尽くすばかり。世界中が恐れる魔族も、実際見てみればこんなものか。こけおどしだな」
「ソーエイデスさん魔族初見?」
「ならば最強スキルを持つ私ならなおさら負けるはずがない! スキルなしは下がっていろ! この場で英雄となるのは私だ!」
そりゃ、ここで魔族さんを叩きのめして追い返したら一番手柄だけれどもよ。
もはや犯罪者扱いにまで落ちぶれたソーエイデスにとっての逆転チャンスというわけか。
あまりにも無謀だと思うが……。
『人間とは何故揃いも揃ってバカなのだろうな?』
対する魔族セニアタンサの感想も納得のものだ。
『誰もが我ら魔族に勝てると思っている。その愚かさ笑うしかないな。すぐさま間違った考えてあったと気づくに』
「黙れ邪悪な魔族め! A級冒険者に選び出された、このソーエイデスのスキルを見るがいい!」
よし。
俺、しばらく見学タイム。
だって手柄泥棒とか言われたくないし。
「そっちの<スキルなし>に砕かれた肩も回復魔法で完治している! 完全無欠の私を倒せる者などいるものか! 魔族とて例外ではない!」
「俺に倒された時万全でしたよねアナタ?」
「煩い!」
そんな場違いピエロのように振舞うソーエイデスをうざったく感じたのか、魔族セニアタンサは呆れ顔だ。
『人間とはどうしてこうも阿呆ばかりなのかな? まあいい、どうせお前は殺さなければならないのだから手間は同じ。確実に殺したという実証のため我が手にかかることを誇るがいい』
差し出した手に、何かの力を集中し……。
「<ウィンド・カッター>」
放ってきた。
風を操って繰り出す空気の刃。攻撃魔法か。
しかしそれを受けながらソーエイデスは怯むことはなかった。
「<ベクトル・リフレクター>ッ!!」
彼がその体で受けた風の刃は、まるで鏡に当たった光のように反射し、完全に逆方向へと返っていく。
従って魔法を放ったセニアタンサへと向かっていくのだがそこは魔族、指を振るだけで魔法は霞のように消滅した。
『ほう……』
「我が最強スキル<ベクトル・リフレクター>は、我が身に触れた力の方向性を真逆にし反射する! それによって私を害そうとする力の作用はすべて逆転して敵へと返っていく! 力の作用であれば性質も強弱も関係ない! 魔法ですらもな!」
かつて俺と戦った時のように自慢げにスキルの解説をする。実際自慢なんだろうけれど。
「だからこそ誰も私を傷つけることはできない! 最強の盾となるスキルを持つ私には! 魔族であるお前たちですらもな! どうだ、少しは人間を恐れる気になったか!?」
『たしかに恐ろしい、実に恐ろしいものだよ……』
余裕ぶって言う魔族。
『……その程度で最強と思える貴様の能天気ぶりがな』
「なに……ッ!?」
『物理作用を完璧に遮断した程度で最強の防御と言えるのかね? 他者を滅ぼす害意は何も、ただ殴るものだけではないのだよ? たとえば……』
セニアタンサが何かしらブツブツ呟く。
するとすぐさま効能が現れ、ソーエイデスが苦しげに呻き出した。
「おおおおおおおおおッ!? ぐあああああああああッッ!?」
『物理攻撃が効かなければ別の手段に切り替えればいい。そんなことを考えた敵と戦ったことがなかったのかな? 下等な人間風情でもこのように精神に作用する魔法なりスキルなりは使えるだろう? 無論効力は魔族である私の<惑乱>の方が数段上だろうがね?』
精神に作用するスキル……いや異能か?
たしかにセニアタンサのステータスを覗いた時、数ある異能の中に<惑乱>というものがあった。
恐らくは敵の精神に作用して幻覚を見せたり混乱させる能力なのだろう。
しかし魔族であるヤツが使えば、種族的に劣る人間の精神そのものを破壊する威力が充分にある?
「ごはあッ? はぁ……はぁ……!」
途中で<惑乱>を解かれたのか、ソーエイデスは悪夢から醒めたかのような表情で息を荒げた。
……魔族の方から解除した?
『人間を壊すのに、叩いて砕くだけが芸じゃないということだ。底が浅く視界の狭い人間風情ではとても思いつかない手段だったかな?』
「何を……!」
『しかし魔族の力がこの程度だと思われるのも心外なのでね。ここはもう一つ、貴様のご自慢スキルを破るもう一つの方法を披露しようじゃないか』
「バカな! 私のスキルは最強だ! 教会の勇者と比べても遜色ないものと自負している! それがそう簡単に幾つも攻略法があるなど……!」
……。
……寒い。
いや、つまらないとかいたたまれないとかそういう意味ではなく真実肌寒いのだ。
周囲の温度がどんどん下がっている気がする。
吐く息も白くなっていく。
間違いなく寒くなっている。
『お前たち人間にあまり高次元的な話は辛かろうがな。『熱』というものは物質を構成する分子の運動、それが正体だ。理解できるかな?』
いえ、まったく。
『分子の運動が激しいほど熱は上がり、逆に鈍重になれば熱は下がる。つまり冷気とは空気や物質の分子の運動が鈍るということなのだ。運動速度が遅くなり、最後には停止する。それが低温の究極、<絶対零度>の世界』
魔族が一体何を言いたいのかわからない。
しかし何となく……。
ソーエイデスのスキル<ベクトル・リフレクター>は、自分に向かってきた力の向きを逆方向にするスキルなんだろう。
つまりスキルを使うには力の向きが必要になるわけだ。
しかし、セニアタンサの言う通り低温の寒さが分子運動の鈍化、停止による減少ならば……。
停止したものに力の向きは発生しない……?
『得意の反射能力も、反射する力の向きを定義できなければ使いようがあるまい。己の考えの甘さを恥じながら凍え死ぬがいい』
「ああ、ああああああ……!?」
『<絶対零度>』
魔族セニアタンサの異能が発動する。
「ぎゃああああああッ!? 凍る? 凍る!? 体が凍るうううううううッッ!?」
『アハハハハハハハハッ! 公爵級魔族である私の操る低温が、池の氷が張る程度だと思うなよ!<絶対零度>だ! 分子運動を完全に静止させる、それ以下はない究極の低温! その前にはあらゆるものが塵と化して消滅する! これが上級魔族の力だああああ!』
それでも低温化には時間がかかるのか、ソーエイデスの体の表面が白くなっていく。
体が霜に覆われているんだ。
このままではソーエイデス数秒と立たないうちに芯まで凍り付いて凍死してしまうことだろう。
いくらアイツのスキルがあらゆる攻撃をはじき返す最強の盾でも、常に体を覆う温度まで対応はできないらしい。
『凍って砕けろ。これで下された神託の一つは果たしたな』
しかし、ソーエイデスは凍死しなかった。
俺が出しゃばったからだ。
今にも凍り付きそうだったコイツの体を、目にも止まらぬ速さで擦って温めたのだ。
摩擦熱だ!!