70 公爵は男爵より強い
やっぱりそうなるのか……。
わかっていたことながら俺は失望を禁じえなかった。
『当てが外れたかな? しかし魔族がお前たち人間を殺すのは当然のこと。それを避けられると思う方がおかしい』
勝手な理屈を展開する魔族。
『貴様たち人間も目につく虫は片っ端から潰して殺すだろう。それと同じよ。しかしそう落胆するな。貴様ら人間と虫が同列だと言っているように聞こえるが必ずしもそうでもない。虫を潰すよりお前たち人間を殺す方が楽しいからな。その点は虫よりマシだと評価しているぞ』
「レコリスとソーエイデスを狙う理由は何だ?」
無視してこっちの用件を進めよう。
『これから死ぬ貴様たちが知る必要のないことだ。余計なことを考えず、おのれの運命の終焉にだけ想いを馳せるがいい』
「魔神霊オケアネスの一件と関係あるのか?」
あの二人に関わる理由と言えばそれ以外に想像がつかない。
地上究極の超越者・魔神霊オケアネスを激昂させた陰謀をソーエイデスは実行し、レコリスが裏で糸を引いていた。
実際のところはもっと裏に何かいそうなんだけど、この魔族どもを動かしたのも同じところからじゃないのか。
『……どうやら貴様は知る必要のないことを知っているらしい』
魔族はまともに答えなかったが、充分に確証に繋がるリアクションを貰えた。
『喜べ、貴様を殺す理由が増えたぞ。必要をもって魔族から殺されるなど人間にとっては中々ないことだ。名誉に思え』
「アンタがどう思おうと勝手だが、現実との齟齬はしっかり認識しろよ」
俺はここにいる誰もお前らに殺させるつもりはない。
ビステマリオさんを始めとする人々は無論のこと、俺自身も、ソーエイデスとレコリスすらもな。
「アンタらは俺が叩きのめす。それこそがこの場で定まったシナリオだ。それ以外の結末はない」
『人間風情が! 思い上がった口を叩くな!』
まあ自分でも挑発的な文句だと思ったが、最初に反応したのは三人いる中で一番大きな魔族だった。
ギバードと呼ばれていたか。
口調も堅苦しくて冗談が通じなさそう。
『脆弱な人間の分際で、我ら魔族に敵うつもりでいるとは何たる傲慢! セニアタンサ様ここはワシめにお任せを! 公爵級たるアナタ様のお手を煩わせるまでもありません!』
『そうだな、人間どもには分際を弁えるため圧倒的絶望こそ相応しい。この三人の中でもっとも弱い貴様が実力を示してやるべきだろう』
ゴガン。
挨拶なしでギバードさんとやらの頬に拳を突き刺す。
『ぎべえッ!?』
床に叩きつけられてワンバウンド。
衝撃なのかなんなのか、それだけで巨体魔族は霞のように溶けて散った。
『!?』
『しししし、死んだギバードおおおおお……ッ!? 魔族の再生能力も働かずうううう……?』
ただのワンパンで四散した同族に、残った二人の魔族はさすがに驚愕したようだ。
「前に一度、魔族と戦った経験がある。ソイツは殴るたび再生してきて完全消滅させるのに何百回と殴って非常に面倒だった」
ただその一戦でコツを掴んでな。
魔族の再生能力が働く前に一気に命を消滅させる殴り方を発明したというわけだ。
それを実験してみるのにいい場ではあったが、無事狙い通りの効果を発揮した。
「<魔族絶対殺すパンチ>とでも名付けよう」
『ふざけた名を……ッ!』
<魔族絶対殺すパンチ>。
効果:魔族は死ぬ。
『いやもしや……聞いたことがあるぞ? ここ最近、人間によって殺された魔族がいると……!? もしや貴様が……!?』
魔族というのは案外情報共有能力に欠けているようだな。
そんな大事な情報を噂程度でしか伝え聞いていないとは。
『てっきりデマか何かと思っていたぞ。そうかベニーヤンは貴様に倒されたのだな。人間風情にやられるとは魔族の面汚しだ。今死んだギバードもな!』
「仲間がやられたのに怒らないのか?」
悲しくもないのか?
『ふざけるな、そんな低俗な感情を魔族は持ち合わせていない。負けた者は等しくくだらん弱者よ。嘲笑う対象でしかない!』
「そうか、だったらアンタももうすぐ笑われる敗者の仲間入りだな」
『お前の手によってか? 傲慢も極まれば道化の芸だな笑えるよ。下級魔族を倒した程度で最強気取りとはッ!!』
プライドを傷つけでもしたのだろうか。
魔族セニアタンサの周囲に凄絶なる覇気が吹き上がる。
『所詮ベニーヤンなど子爵級! ギバードに至っては爵位持ち最下位の男爵級にすぎん! そんな小者どもを蹴散らしていい気になるな! この私! 爵位持ちの中で最高位に君臨する公爵級魔族セニアタンサの前でなッ!!』
「はあ……」
『魔族において公爵級より上は魔王級のみ! それがどれだけ恐ろしいことかわかるまい人間! あまりにも尺度が大きすぎて貴様ごときの安っぽい頭脳ではなあああッ!』
「上に魔王がいるってことは結局最強ではないんでは?」
『貴様ああああああああああッ!』
あれなんか怒らせた?
『私が言いたいのは! 魔族の中でも下級のベニーヤンやギバードを倒したぐらいで思い上がるなということだ! 私はヤツらの何倍も強い! 同じと思って戦えば貴様など数秒のうちに殺せるということだ!』
「アンタこそ俺の言いたいことを少しも理解してくれないな」
何故俺が最初に確認したと思う?
『ソーエイデスとレコリスを差し出せば引き下がってくれるのか?』と。
アイツらは単なる命乞いのように受け取ったのかもしれないが、俺はあくまで平和的解決に尽力したつもりだったんだ。
理由は何にしろ、俺が来るまでコイツらは人間を拘束するだけで犠牲者を出さなかった。
それならばまだ和解の道は閉ざされていない。越えてはいけない一線を踏み越えてしまったソーエイデスなどかまわないから互いの納得する道筋を探したかったのに。
「もう一回確認させてくれ。あのアホ二人を捕まえてそのまま帰ってもらうことはできないのか?」
『見苦しいヤツめ。人と魔が出遭ったからにはどちらかが死ぬしかないのだ。死ぬのはいつも貴様ら人間で決まっているがな!』
「そうですか」
ならば仕方がない。
避けられない戦いを始めようじゃないか。
『は?』
気づいた時にはもう遅い。
俺の拳は、戦う前から勝ち誇るセニアタンサの鼻っ面にめり込んでいた。
『ぐばっはッ!?』
「<魔族絶対殺すパンチ>だ。あの世で会おうぜベイベー」
しかし上級を自称する魔族は一旦炸裂して千の肉塊になりながらも、その破片一つ一つが煙に変わって融合し、元の人型に再生した。
「あれ? 再生能力利いてる?」
うーむコツが足りなかったか?
我が<魔族絶対殺すパンチ>もまだまだ未完成の域だったようだな?
『ああああ……!? 危なかった……!? もう少しで再生が間に合わずに魂の核を砕かれるところだった……!?』
「さすが上級だけあって再生の粘りとか速度とかが高いらしいな。そのお陰で助かったか? よし<魔族絶対殺すパンチ>完全完成のためにもう二、三発殴らせてもらえまいか?」
『ふざけるな! ……だが、たしかに他の人間にはない恐ろしい力を秘めているようだな? 人間が授かるというスキルの力か?』
いえいえそんな。
こちとら何の変哲もない<スキルなし>でございます。
『よほど恐ろしいスキルを秘めていると見たが、それならば我ら魔族にはスキルを超えた異能がある! 知っているかね? 貴様ら人間が一人一種しかスキルを持てないのに対し、我ら魔族は複数の異能を持つことが許されているのだ』
そういや前に戦った魔族のステータス覗いた時も、なんかたくさんの能力を欄に並べてたっけ。
……あッ、コイツらのステータス覗くの忘れてた。
最初のヤツなんて覗きもせず即座に粉砕しちゃったから悪いことをしたな。ちゃんと覗いておこう。
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【名前】セニアタンサ
【種類】魔族・公爵級
【性別】男
【年齢】算出不可
【Lv】718
【所持異能】飛翔、魔物操作、魔法適性(S)、瞬速再生、惑乱、魔光弾、ネクロマンシー、ポイズンエリア、絶対零度
【好悪度】殺殺殺殺殺殺殺
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ほうほうほう。
こんな感じか。
殺意高い。
『デデデデデデデ……、セニアタンサ様あああああ……! おではどうしたらいいのおおおおお……!?』
『デブデドリザ、貴様は黙って見ていろ! 私の恐怖の強さを目の当たりにし、後世の語り草とするがよい!』
『まだ人間殺しちゃダメなのおおおおおお……!?』
指揮者のプライドが、もう一人の魔族の行動を規制する。
俺にとっては都合がいい。
いっぺんにかかってこられて万が一にも周囲に被害が出たらいけない。
物事は一つずつ順序だてて片付けるのがよいことだ。
『さあ行くぞ人間! 魔族の真の恐ろしさを教えてやろう!』
「じゃあ俺も人間の恐ろしさを教えてあげよう」
今までとは格の違う魔族との戦い。
侮らずに気を引き締めていこうと考えたが……。
「待て!」
一つの声に止められた。
「引っ込め<スキルなし>! その魔族は私が倒す! このA級冒険者ソーエイデスが!」
なんでキミがここで出てくる?




