69 待ち受ける魔族
冒険者ギルド本部。
囲む城塞の内側に入ると、中にあるのはどこにでもある普通の街並みだった。
家屋が並び立ち、商店もあり、露店らしきものも散在している。
「通常の街としての機能も備えてるってことか……?」
ただしそれらの景観は荒れ果て、今や戦禍の様子に染め上げられている。
崩れた塀や割れたガラス、完全に倒壊した家屋もあった。
それらすべて魔族との争いによる爪痕か?
物陰から住人らしき人たちが不安げな表情でのぞき込んでいる。
「アビニオンの言う通り、住民に被害はないようだな……!」
ホッとする。
『さっきまではここら居住区にも魔物どもが徘徊しておったがのう。ここに住む者どもを逃がさぬためだったようじゃ』
「ええッ? 魔物が?」
でも今はそんなの一匹も見かけないよ?
一体どうした?
『全部溶かした』
「溶かした!?」
……ううむ。
超越者のやることだからいちいち驚くまい。
『魔族が魔物を率いてくるのはよくあることじゃ。周辺の制圧は使い魔に任せ、大将がいるとしたら……あそこじゃな』
アビニオンの視線の先、そこには威容を誇るような大きな建物が聳え立っていた。
城下町におけるお城のごとき堂々さで、街の中心ともいうべき最大の建物……。
「あれが正真正銘の冒険者ギルド本部か……!?」
しかしそんな大建築からも其処彼処から煙の筋が上がり、異常を示している。
のんびり進んではいられなさそうだ。
「リューヤさん!」
ノエムが息せき切って駆け寄る。
「あっちこっちに怪我した人がいます! きっと魔族が襲ってきた時に抵抗したんだと……!!」
戦闘があったなら怪我人もいることだろう。死者もいたっておかしくない。
しかしノエムの錬金ポーションを持ってすればたとえ死んでいても三秒以内なら大丈夫そう。
「ノエム、頼みがある」
「わかってます、私はここで救助に専念します」
さすが幾多もの危機を一緒に乗り越えてきただけあって考えが通じ合っている。
「アビニオンはノエムのガード兼荷物係としてよろしく」
『しょうがないのう』
今日もアビニオンはその霊体スカートの内側にたくさんのアイテムを詰め込んできていることだろう。
二人の担当が決まったところで残った俺は?
無論決まっている。
本丸へと乗り込むのだ。
「いやだあああああッ! 死にたくない! 引き返せええええッ!!」
「はいはい」
簀巻きになったレコリスを引きずりながら俺は行く。
◆
冒険者ギルド本部舎に入ると、気配はさらに異様になっていた。
入ってすぐは人の姿はまったく見当たらず、幽霊屋敷のようにシンとしている。
ただし人の気配はどこかでするので、そこへ向かって進むと……。
いた。
ここギルド本部で働いているらしい人々が一ケ所に集められ、弱々しく座り込んでいた。
まるで立てこもり犯が人質を扱っているかのようだ。まあ状況的に近いかもしれんが。
乗り込んできた俺に気づくなり、戸惑い喜び、様々な表情を浮かべる。
そんな囚われ人の中に一人……。
「むッ? ……キミはリューヤくん!?」
「ビステマリオさん!」
よかった無事だったか。
ビステマリオさんの周囲は数人の年配おじいさんたちで固められていたが、あれがギルド評議員の人たち?
他に現役の冒険者らしい人たちの姿もちらほらいる。
さらに……。
どう見ても異形でしかない者たちが捕えた人々を見下すかのような位置に……。
『やっとお客様の到来か、待ちわびたぞ』
嬲るようなネットリした口調。
以前見た同類と同じ、青みがかった肌に爬虫類めいた冷たい瞳。
……魔族か。
『獲物を生かしたまま固めておくというのは馴染みがないからな。待つのに飽きてもう少しで皆殺しにしてしまうところだったぞ?』
「そういうアンタは?」
『魔族に名乗りを求めるとは面白い! その勇気……いや愚鈍さと言っていいかな? まあそれに免じて教えてやろう』
魔族は立ち上がり、背についた翼を広げ名乗る。
『我が名はセニアタンサ! 魔族において魔王に次ぐ最強位階! 公爵級の魔族である!』
「ふーん」
注意深く周囲を見渡す。
どうやらこのセニアタンサとやらの他に魔族らしい影は見当たらない。
少なくとも捕虜が一堂に集められた、この場には。
「攻めてきた魔族は三人……と聞いてきたんだが、アンタ一人か?」
『……私が公爵級であると聞いても気になることはそちらか? 無知なのか鈍感なのか……!?』
思った通りにビビってくれなくてご不満らしい魔族。
『……フン、まあいい。他の連中には野暮用を言いつけてある。じき済ませて戻ってくるだろうさ』
「野暮用?」
ちょうどその時、タイミングを計ったかのように轟音が鳴り……。
『セニアタンサ様!』
ギルド本部舎の壁をぶち破って現れたのは、全身が太くてごつい大男。
肌の色と、額から突き出す一本角で魔族であることがわかる。
『ギバード、首尾はどうかね?』
『ハッ、御命令の箇所を捜索した結果、これを発見いたしました!』
そう言って差し出された大男の手に、一人の人間が握られていた。
頭部を鷲掴みにされ、まるで絞められた鶏のようにぶら下がっている。
見覚えのあるその男……。
アイツは……。
「ソーエイデス!?」
『おや、知り合いかね?』
かつてルブルム国で出会ったA級昇格試験の監督官。
試験を進める者として多数の不始末をしでかし、その挙句に行方をくらませた卑怯者。
多くの人たちによって行方を追っていたはずなのだが……。
「一体どこに隠れていたんだ?」
『レコリス? とかいうヤツの屋敷だろう。ギバードにはそこを探すよう指示していたからな』
律義に答えてくる魔族。
『ハハッ、セニアタンサ様のご指示通り、レコリスとやらの屋敷をくまなく探索したところ、地下の隠し部屋に引きこもっておりました。発見時の様子では「幽閉されていた」といった風情でしたが』
『でかしたぞギバード。馬鹿力の貴様にかような器用仕事が務まるかと気を揉んでいたが、見事成し遂げたではないか』
『代わりに屋敷は粉々に潰してしまいました。探索の邪魔でしたので』
『いいではないか、実に貴様らしい』
魔族同士の愚にもつかない会話に、今は静かに耳を傾ける。
ヤツらの思惑がいまだによくわからない。
『セニアタンサ様、セニアタンサ様あああああああ……!』
さらに、床から水が染み出すような不気味さでさらなる魔族が這い出てきた。
まるで半固体の泥のような、ねっとりした肌の質感の魔族。
『デブデドリザ、貴様の首尾はどうだ?』
『いねえ、ソーエイデスとかもレコリスとかもいねえええええええ……』
『ちゃんと探したのか?』
『探したああああああ……。下水の底まで探したけどネズミとウジ虫しかいなかったあああああ……。美味しかったあああああ……』
『そうか』
ヤツらの会話から察するに、ソーエイデスだけでなくレコリスのことも探しているようだ。
急行の間際に聞いた、シーガルの証言とも合致する。
『しかし困ったな。二つの目標のうち一つだけしか見つからぬとは。このままでは埒が明かぬぞ』
『セニアタンサ様あああああ……。もう面倒くせえから皆殺しでいいじゃねえかあああああ……。全員殺したらその中にレコなんとかもいるだろおおううううううう……』
『それはダメだ。確実に標的を殺したという確証がなくばお許しを頂けまい。虐殺すれば誰をいくら殺したという確認が取れず、取り逃した可能性が残る』
『ダメかあああああ……』
魔族たちが人間を捕えて殺さないという、らしくない方法をとっていた理由がそれか。
あくまで行動目的があり、それを確実に遂行するために……。
「アンタらが探しているレコリスは、コイツのことか」
『『『!?』』』
簀巻きにして身動きの取れないレコリス評議員を投げ出す。
「ひぃいいいいいいッ!? 貴様何故?」
「無理やりここまで引っ張ってきた甲斐があったな。滅茶苦茶お荷物だったのを運んできた苦労が報われた」
レコリスのヤツはめっちゃ裏切られたような目で見てくるが、実に心外だ。
そもそもお前は俺のことを排除してきただろうが。
『おお! ……おお! たしかに情報と一致する! コイツが冒険者ギルド評議員レコリスとやらで間違いない!』
『傑作ですな! まさか人間どもの方から差し出してくるとは!』
皮肉めいた笑い声をあげる魔族たち。
どうやら俺の行いが、自己保身のために同族を犠牲にしたと映ったらしい。
「アンタらの目当てはレコリスとソーエイデスの二人か。ならコイツらを確保すればアンタらは帰ってくれるのか? 他の人たちに危害は加えないのか?」
俺の質問に、魔族たちは侮蔑的な笑みをもって応えた。
『そうだな、目標を確保した以上貴様らにもう用はない。ただ、そうだな。探索に協力してくれた礼に、苦しむ間もなく即座に皆殺しにしてやろう』