67 魔族襲来、再び
唐突の訪問者、A級冒険者シーガルのもたらした報は、たしかに慌てるに値するものだった。
「魔族が襲来!?」
「冒険者ギルド本部に!?」
皆が集う謁見の間が騒然とするのも仕方がない。
「何故そんなことに!? 冒険者ギルドに魔族が急襲をかけたということか!?」
「そうですにゃ!」
シーガルはさらにまくしたてる。
「ギルド本部では、評議員が全員揃って緊急会議をしておりましたにゃ! ノエムちゃんたちのS級昇格に関する話し合いですにゃ!」
シーガルたちも試験に携わった監督冒険者として出席を命じられたらしい。
ルブルム国で引き起こされた数々の騒動についても話し合うためだった。その最中に魔族が襲ってきたという。
「信じられぬことだ。魔族はそもそも人間の領域を侵す際には必ず予告してくるのに……!?」
「えッ、そうなんですか?」
「あちらとしては遥かに劣等な我ら人間を弄んでのことじゃろう。しかしそのお陰で被害を減らし、なんとか魔族に対抗できていたのも事実じゃ」
魔族が人間を攻撃するのは遊び半分。
たしかにそうかもしれない。そうでなかったら人間はとっくの昔に魔族によって滅ぼされていただろうから。
「でも今回は予告なしの、まさに奇襲だったにゃーん……! おかげでギルド本部は大混乱にゃ!」
それでも全国に散らばる冒険者たちの総本山。冒険者ギルド本部には実力充分なA級B級冒険者が数多く常駐し、奇襲を受けても返り討ちにすることだって充分可能だろう。
相手が魔族でなければ。
「必死の抵抗を行っておりますが、陥落は時間の問題にゃん。襲来した魔族は少なくとも三人はいるにゃー!」
「三人……!? 国を攻める時ですら魔物を従えても、けっして同類では群れずに単独行動する魔族が……!?」
そういや前に戦った魔族のベニーヤンさんも一人で来たっけ。
どうやら今回のケースは過去類のない掟破りのようだ。魔族側でも何かあったのか?
「冒険者ギルド評議会は、この非常事態に周辺各国への救援を求めましたにゃん! このA級冒険者シーガルは、センタキリアン王国への急使を務め、来訪した次第ですにゃん!」
「あいわかった。しかし……!」
容易ならざる事態を告げられ、王様はしかめっ面を作る。
「王様!」
俺は迫る。
「迷っている暇はありません。一刻も早く救援を送るべきです。……シーガル」
「何にゃ?」
「ギルド評議員が全員揃って会議中だと言っていたな? そこにビステマリオさんはいるのか?」
ルブルム王国で出会ったビステマリオ評議員には随分お世話になった。
人格も尊敬できるもので、ほんの数日程度の付き合いでもあの人を好きになるには充分だった。
「もちろんにゃ、緊急会議の発起人はあの人にゃんだから!」
議題はやはり俺やノエムのS級昇格のこと。
ならばあの人が言い出したに違いないか。
「ビステマリオ様は、今回の議題が通るか否かに自分の首を懸けているみたいだったにゃ! ルブルム国からの評議員全員更迭の要求もあの人が言い出したって噂にゃ。まさしく不退転の決意にゃー!」
評議員全員更迭なら、あの人だってその範囲に入る。
ビステマリオさんは現地にて事態収拾に勤めた功労者なのに。そこまでして俺たちを拾い上げてくれようとした人。
あの人もギルド本部にいる。
魔族急襲の修羅場に。
「急いで救援を送りましょう。ビステマリオさんを見殺しにしたくありません!」
「ビステマリオ卿か。冒険者ギルド評議会の良心と謳われる彼を失うのはたしかに痛手じゃ。何としても避けたいところじゃが……!」
どうしたんです王様!?
さっきから煮え切らない態度でアナタらしくない!
「……魔族は凶悪じゃ。一人の出現ですら国が傾くほどの災厄なのに、報告ではそれが三人という。その攻撃を受けていかに冒険者ギルド本部でも長くもつとは思えぬ」
「それは……」
「ここセンタキリアン王都は比較的距離が近いが、それでも往復にはそれなりの時間がかかる。移動の時間がな。その時間でギルド本部が陥落することも充分あり得る話じゃ……!」
そんな……!?
もしかしたらシーガルが駆け込んだ今この瞬間にも、ギルド本部は魔族に蹂躙され皆殺しに……?
「それは大丈夫ですにゃん!」
シーガルが叫んだ。
「アタシはここまでの移動にそこまで時間をかけてないにゃ! センテンスに飛ばしてもらったからにゃ!」
センテンス?
……アイツか。A級昇格試験に参加していた監督官の一人。
時空間系スキルの持ち主で、離れた地点を亜空間の穴で繋げることができたはずだ。
「アイツのスキル<デジョン・スポット>で魔族の目を掻い潜って脱出できましたにゃ! 距離も随分稼ぎましたにゃ! 瞬間移動後もアタシのスキル<獣化>を全開にして一生懸命走ってきたから、魔族の攻撃が始まってまだそんなに経ってないはずですにゃ!!」
「それならまだ間に合うか? しかし……!」
悩む王様に俺は告げた。
「俺が行きます」
「リューヤ……!?」
「今から援軍を編成し、組織だって送り出すなら時間がかかりとても間に合わない。王様はそれを悩んでいるんでしょう? 俺単独なら最大速度でギルド本部に向かうことができます!」
「たしかにそうかもしれん。リューヤはこれまで何度も常識を覆してきたからのう……!」
さっきも言った通りビステマリオさんにはお世話になった。
死なせたくないんだ。
『わらわも行くぞえ』
アビニオンが言った。
『主様の行くところわらわありじゃ。それにこの騒動、わらわから見ても何やら胡散臭くてのう。……のう?』
みずからの霊体で拘束するレコリス評議員を流し見る。
それで改めてこのハゲに注目が集まり……。
「ああああぁ~ッ!? レコリス評議員!? なんでいるにゃ!?」
驚きの声を上げるシーガル。
試験監督も務めた上位冒険者の彼女と、評議員に面識があるのは自然なことだが。
……今まで気づかなかったのか?
彼女も慌ててたしなあ。
「アンタも会議に出席してたはずにゃ! でも途中から『お腹痛い』って言って出ていったにゃ? トイレにこもってウンウン言ってると思ったらこんなところにいたにゃー!?」
「そんなことしてたのかコイツ?」
大方会議の動静が好ましくない流れになったので、抜け出して俺との直接交渉に望みを懸けたってところだな。
その目論見も大失敗なのだが、今はどうでもいいことだ。さすがに。
「……あーッ!? 思い出したにゃ!?」
「何だよ?」
次から次へと情報を畳みかけてくるのやめませんかね小娘!?
「ギルド本部を抜け出してくる前、魔族たちの声がチラッと聞こえたにゃ!『ソーエイデスとレコリスを探せ』って言ってたにゃん! 多分!」
「多分?」
重要なことだからもっと言い切ってほしい。
魔族の連中が特定の人物を探している。
しかもその標的はソーエイデスとレコリス。
この二者に共通することは……。
……いや、それよりも気にしなきゃいけないことがある。
「もし魔族の標的がその二人で……、そのためにギルド本部を襲ったんだとしたら……!?」
紛れもない二目標のうちの一つがここにいる場合……戦場と化しているギルド本部の人々はどうなる。
「シーガル、いい情報をくれたな」
「にゃにゃ!?」
「ギルド本部へはコイツも連れていく必要がありそうだ。キミが言ってくれなかったらこのまま置いていくところだった」
こんなハゲどう見てもお荷物にしかならないからな。
「なッ!? いや待て! 嫌だ! 私は行きたくない! 魔族だぞ! 魔族が待ちかまえている戦場なんて死にに行くようなものじゃないかぁ!!」
「アンタを御指名なんだから仕方ないだろう」
それに呼ばれていくから尋問も先送りになったぞ。
よかったな。
「……うむ、迷っている暇はないということじゃな」
王様が、いつもの果断ぶりを取り戻した。
「センタキリアン王としてリューヤに命ずる。最大速度をもって冒険者ギルド本部へと急行し、魔族の暴虐に追いつめられる人間の同胞たちを救出するのじゃ!」
「承りました」
国王様から正式な命令を賜ることで、俺の社会的な自由度は格段に増す。
それをわかって命令をくれたのだ。
行くぞ。
戦禍の中、冒険者ギルド本部へ