65 糾弾からの尋問
ビリビリビリビリビリビリ……!
雷鳴のようにつんざく怒号が空気を揺らし、謁見の間全体を揺れ動かすかのようだった。
王様の凄まじい怒りの声に、傍で聞いている俺もビビり、ノエムもビビり、向こうでまだ睨み合っていたレスレーザとイザベレーラすら何事かとこちらを振り向く。
そして何より、怒号を真っ向から浴びせかけられたレコリス評議員本人は、顔を真っ青にしてブルブル震えていた。
「玉座についてより数十年……! 王としての余をここまで愚弄した者がかつていたか……!?」
肩をワナワナ震えさせる王様。
それは感情の高ぶりによってだ。
老獪な評議員はすぐさま反応して弁解しようとするが……。
「お待ちください国王陛下! 愚弄などとは……!」
「余だけではない。この場にはおらぬルブルム国王、彼の人の英明さまでも嘲り、自分の愚かさを見逃してもらえるという甘ったれた考え……! そして何よりリューヤへの度重なる侮辱……!!」
王様、禿頭評議員へ指をさすと、その指をスッと横へ流した。
それは首を切り落とす動作に似ていた。
実際そういう意味だったのか、部屋の隅に控えていた兵士たちが即座に気配を殺すのをやめて駆け寄り、レコリスの両腕を掴む。
「城の外へ……いや王都の外へ叩き出せ。抵抗するなら斬ってもかまわん」
「お待ちください国王陛下! 私の要求は聞き入れてもらえぬのですか!? どうか御口添えを!」
「どうして聞いてもらえると思うのじゃ? 頭の中にウジでも湧いておるのではないか?」
辛辣な王様。
それだけ頭にきているということなのだろう。民の声は余さず聞き届けるのが王者の務めであれば、それで却ってムカつきが最高潮になるなんて大変だ。
「お待ちください! もう一つ、もう一つあります! 私からアナタ様へさし上げられるものが! それをもって交換条件としていただけませんか!」
「あぁ?」
ハゲ、往生際が悪い。
「貴国はここ最近、教会との関係がギクシャクしているとのこと! 唯一魔族に対抗できる『勇者』を保有した教会と、わだかまりがあることは御国のためにもよくありませんぞ!」
「…………」
「幸い私には、司教や枢機卿の幾人かに知己がおります! 彼らに働きかけ貴国と教会の関係修復を図ることも私にはできるのですぞ! 私の願いを聞き届けくだされば!!」
「………………」
ピキピキピキピキピキピキピキピキ……!
そんな音が聞こえてくるのではないかってぐらい即座に、王様の顔に血管が浮かび上がる!?
「そんなこと誰が望んだ……!?」
「はッ?」
「教会とはな、余の方から縁切りしてやったのじゃ! 莫大な寄付金を収めさせておいて肝心な魔族襲来時に応援を寄こさず、多くの我が兵を傷つけさせ、多くの我が民を危険に晒した! そんな教会など必要ないと以後の寄進を断ち、交渉役を罷免したのじゃ!」
「はッ? えッ? はぁあああ……!?」
「そんなことも知らずよくもぬけぬけと! そんな状況認識の甘さでよく評議員が務まるものじゃ! ええいさっさとこのゴミを叩き出せ!」
そして再び兵士さんたちがレコリスの腕を引っ張る。
ズルズル出口へ向かって引きずられていくハゲ。
「クッソ条件反射で耳を傾けてしまったわ。結局時間の無駄だったではないか……!」
「職業病ですね」
民の声を余さず聞き届けようとする王様の。
しかしあの評議員、教会関係者に知り合いが多くいるってことか。
ならば<スキルなし>の俺を嫌うあの思考も納得いく。神に代わってスキルを授ける教会こそスキル至上主義の源泉だからな。
教会は常日頃からスキルを介した世界の思想支配を目指している。
魔物や魔族が跋扈する世界情勢を上手く利用し、王国やギルドなど様々な場所に自分の息のかかった者たちを潜ませている。
あのレコリス評議員もそうだし、かつて争ったA級冒険者ソーエイデスもそうだった。
アイツも<スキルなし>を露骨に差別して無茶苦茶な試験で落第させようとしたしな。
それが思うようにいかず強硬手段にまで出て……。
……ん?
「ちょっと待ってください」
「どうしたリューヤよ。余はそろそろ楽しい話題に切り替えたいのじゃが。そなたがレスレーザに産ませる子の名前を今のうちに考えておくのはどうじゃ?」
「レコリス評議員を退出させるのを少し待ってください」
彼に聞くことができた。
兵士に引きずられて、扉の沓摺に足が引っかかっているレコリスに質問タイム。
「おおッ、なんだ? もしやS級昇格辞退をする気になったか!? その英断さすがはルブルム国を救った英雄!」
「そのことに関わることですが……」
俺、どっかで聞いた覚えがあったんだよな。
レコリスって名前。
どこで聞いたか思い出せなかったが、やっと思い出した。
「アイツが言ってたんだよ、アンタの名前を」
「は?」
「A級冒険者のソーエイデスが」
あれはヤツとの直接対決が済んだ直後だったかな?
両肩を砕かれ惨敗したアイツは、最後の悪あがきとしてネレウスの幼生を用いて魔神霊オケアネスの災禍を呼び込んだ。
それがルブルム国の存亡をかけた大災害への始まりであったが、その時たしかにレコリスの名を聞いた。
「ソーエイデスはたしかに言っていたぞ。ネレウスの幼生を閉じ込めた瓶を授けたのはアンタだったと」
「なッ!?」
「アンタがあの事件の黒幕だったんだな」
ここまで来て思い出せなかった俺も不覚だが、しかし思い出したぞ。
あの事件で最後まで解けなかった謎だが、ソーエイデスはネレウスの幼生などという切り札をどこから持ち込んだのか?
地上における最高の超越者、魔神霊オケアネスの目を盗んで娘をさらうこと自体、人間にはとても不可能な神業だ。
それだけでなくオケアネスの探知を阻む、特殊な処置を施された瓶にネレウスを封じ込め、オケアネスによる津波災害の起爆装置としてネレウスを見事に利用して見せた手腕も人間技とは思えない。
無論倫理的に見ても人間の所業とは思えぬ鬼畜の技だが。
「とはいえ手掛かりがまったくない状況でゴタゴタしても仕方ないからいったん棚上げにしていたんだがな。まさか手がかりが向こうからノコノコやってくるとは」
「知らん! 何のことだ!? 言いがかりは許さんぞ!」
シラを切るのは悪人の常套パターン。
それを突き崩すのも善側の常套パターンだ。
「この冒険者ギルド評議員レコリスを犯罪者扱いとは! 侮辱が過ぎるぞ<スキルなし>風情! 冒険者の資格を剥奪されたいか!」
「俺がS級になれないならどうせ評議員もクビなんだろうアンタ? なら別にいいじゃないかアンタをどう扱おうとね」
俺たちのやりとりに王様が口を挟んだ。
「この男は既に入国禁止人物に指定することが余の中で決まっておるが、リューヤが望むなら犯罪者として収監してやってもよいぞ」
と。
それを聞いてレコリス評議員は、真っ青な顔をさらに真っ白にした。
「しッ、知らん! 私は何も知らん! 急用を思い出した私は帰る! ええい放せ放せ!」
さっきまで城に留まろうと兵士たちに逆らっていたレコリスが、今度は城から脱出しようと兵士さんたちの拘束を振り解かんとしている。
わかりやすいヤツだ。
しかしわからないのは、コイツが黒幕だとしてもこんなヤツに魔神霊オケアネスを出し抜くことなんて到底できないと思うんだ。
子飼いの冒険者を利用した?
それでも無理だろう。魔神霊が究極の超越者であることは直接対決した俺自身が身に染みている。
仮にA級S級であったとしてもオケアネスからしてみれば羽虫のようなもので、掠り傷一つつけるどころか隙を見つけることすら不可能に違いない。
それくらい人間と魔神霊との間には隔絶した差があるんだ。
「それなのにどうやってオケアネスの目を盗みネレウスをさらったのか……?」
『ふむふむ、実に興味があるのう』
そう言って虚空から姿を現すゴースト。
その姿は実に妖艶な貴婦人。
俺たちにより馴染みのあるもう一人の魔神霊アビニオンではないか。
「どうしたの姿を消していたのに?」
『わらわにも関係のありそうな話が聞こえていたのでのう。わらわと同類であるオケアネスがまんまと出し抜かれ、利用された。実に不愉快な話じゃ。解明できるならわらわも噛みたい』
自由気ままな印象があるアビニオンだが、案外仲間想いなところもあるのかな。
突然たるアビニオンの登場を目の当たりにしてレコリスは『バケモノ!? バケモノぉおおおッ!?』と腰を抜かしていた。
『絶世美女たるわらわをバケモノ呼ばわりとは不敬な。魂ごとすり潰してやろうかのう?』
「アビニオン、そういうとこだよ」
しかしこの程度で肝を潰す小物に、オケアネスさんの目を盗むことすら可能とは思えない。
それはアビニオンも同感のようで……。
『一番あり得るのは、このカスのさらに後ろで糸を引いているヤツがおるということじゃのう』
「黒幕の黒幕か……」
たしかにそっちの方が理解しやすい。
ソーエイデスなんかは、より大きな黒影の手駒に過ぎないレコリスの、さらに手駒。
そうして本当に悪いヤツはいくつものトカゲのしっぽを用意し、何度でも切り捨てて自分の安全を確保する。
『それでも歌えるヤツからは洗いざらい歌わせてあるだけの情報を吐かせるべきじゃろう。カスも有効利用してやらんとな?』
「ええい、寄るなバケモノ! 国王、お助けを! アナタの王宮に魔物が紛れ込んでいるのですぞ!」
必死の訴えにも王様、口笛吹いて聞こえないふり。
「ええい、私は帰る! こんなところに来たのが時間の無駄だったわ!<スキルなし>のS級阻止など我が独力でなんとしてでも遂げてみせる」
『阿呆は本当に見苦しいのう、自分の置かれた状況をまだわからんのか?』
アビニオンが、その存在に似合った残忍な笑みを浮かべて……。
『ぬしは虜囚となったのじゃ。わらわの求める情報をすべて吐かん限り、ここから出られぬものと知れ』