64 国王の怒号
「はっはっはっはっは。……何を言っておるのかのう?」
王様の笑いから抑揚が消えた。
あの人の癖で、あの笑いが出たらマジギレしている証拠だ。
「包み隠さず申しますれば、我らが冒険者ギルド評議会は苦しい立場に追い込まれております」
「ほうほう」
「と言いますのも先日A級昇格試験の行われたルブルム国にて多数の不始末が引き起こされ、その責任追及が評議会に及んでいるからです。ルブルム国保有のダンジョンが破壊されたのは、監督冒険者を任命した評議会の監督責任だと……」
壊したダンジョンはあとでしっかり直しておいたけどな。
アビニオンがくれた新しいダンジョン核でもって。
だから結果的には事なきを得て大事に至ってないはずなのだが、詳細が伝わっていないのか、それとも政治利用したいがためにあえて隠したいところを隠しているのか。
彼の中ではいまだに大事として進行中らしい。
「ほへーん、ほーお、まあたしかに管理されたダンジョンは国の宝じゃからのう。それをぶっ壊されてブチギレる気持ちは同じ為政者として痛いほどわかるのう。いったぁ~いほど」
「問題はそればかりでなく、彼の国を襲った大津波の元凶が我らにあるというのです。さすがにこの主張はいくらなんでも無理があり荒唐無稽です。しかしいくらなだめすかしてもルブルム国は聞く耳もたず。執拗な非難と謝罪要求を繰り返すばかり……」
「そこのところどうなんじゃリューヤ?」
俺に聞きますか?
まあ、現地現刻にいた当事者がいたら聞くか。
「ルブルム王国を襲った大津波は魔神霊オケアネスによるものです」
「では、そのモノこそが今回の元凶……!」
「しかしそれは彼女が娘のように慈しむネレイスが地上に連れ去られたからです。彼女は自分の娘を取り戻そうとしたにすぎません」
レコリス評議員の縋るような声をピシャリとはねのける。
「そして彼女の愛する娘を瓶の中に閉じ込めていたのはA級冒険者ソーエイデスです。単なる冒険者であるだけでなく評議会が任命した試験監督が彼であるからには、やはり責任は評議会にも及ぶかと」
「それはわかるのう。同じく愛する娘を持つ親として、娘をかどわかされたらそりゃ怒り狂って何でも叩き潰すわい。その気持ちはよっくわかるのう」
王様がまた適当な相槌を打つ。
「父上! 愛する娘とはわたくしのことですね!?」
「お前は呼んでねえ」
急遽話に乱入するイザベレーラ王女を冷徹に締め出す。
「とにかくルブルム王始め、彼の国の関係者は揃って怒り心頭で、我ら冒険者ギルド評議員の全員更迭を求めています」
「妥当なところではないか? 誰かが辞めてことが収まるなら詰め腹ぐらい切るとよいわ」
「し、しかし彼の国は、慰謝料も責任者の更迭も求めない交換条件を提示しておりまして。それがリューヤ殿と錬金術師ノエム殿のS級冒険者昇格なのです」
おや。
そんな形であの国が俺たちを支援してくれるなんて。
「そんなにおかしい話かの? 二人はルブルム国にとって救国の英雄。二人に名誉を与えることで恩に報いようとする気持ちは実に自然で理に適っておるように思えるが」
「はい……、評議員の中にもそれで首が繋がるならと、昇格賛成派が優勢となっております。この流れを覆すことはもはや不可能でしょう」
だからこそ、とハゲは言う。
「リューヤ殿のS級昇格を阻止するには、リューヤ殿自身に固辞していただくしかありません! そのお願いをしにまいったのです! どうかここはリューヤ殿みずからの意思で『S級にはならない』と宣言していただきたい!!」
…………。
態度こそかしこまってはいるが主張がメチャクチャだな。
戦って負けそうになっているから敵に対して『このままじゃボクら負けてしまうんでアナタ降参してください』って言っているようなもの……か?
「はっはっはっはっはっはっは……!」
また王様が抑揚のない笑いを発している。
内心ブチギレてる?
「ギルド評議員と言うからには見識深い人格者が就くものと思っていたが、余の勘違いであったかの? どれだけ恥知らずであれば、そのような恥知らずなお願いができるのか?」
「理由をお聞きください。聞けばきっと納得していただけます」
レコリス評議員はグイグイ迫る。
「この世界は、一定の秩序によって支えられます。それは『スキルを持つ者が優れている』という秩序です。優れたスキルを持つ者が強く、あまり性能のよくないスキルを持つ者もそれなりに強く、そしてスキルない者は弱い。それが絶対の摂理なのです」
なんか滔々と語り出した。
「優れた者にも、より優れた者にも、劣った者にもそれぞれに相応しい位置があり、その位置に正しく立つことによって秩序ある世界が効率よく営まれているのです。S級冒険者は、究極のスキルを持つ最優良者こそが立つべき位置なのです。決して最弱の<スキルなし>が立っていい場所ではありません」
しかしまあ、他でもない<スキルなし>当人の前でよくもここまで歯に衣着せずに語れるものだ。
「もし現実に<スキルなし>がS級冒険者の座についてしまえば秩序は崩壊し、世界は暗黒へ向かうことでしょう。それを阻止するためにも本人の良識と、世界を愛する心に懸けたいのです、どうか賢明なる判断を!」
「えーと……!」
「待てぃリューヤ」
俺が返答しようとするのを王様に止められた。
「まず余に喋らせよ」
「はい」
「レコリス評議員、そなたの主張はわかった。わかりたくもないがな」
王様、もはや声にまで抑揚がない。
「お前の言っていることが正しいかはさておき、リューヤがS級冒険者を辞退することで起きる直近の被害については許容しておるのだろうな?」
「直近の被害……、でございますか?」
「ルブルム国王は、余も折にふれて会うこともある。賢王と呼ぶに相応しい方じゃ。そのルブルム王が、そなたら評議員全員の首を飛ばす、それを止める条件としてリューヤのS級昇格を求めている……のだったな?」
「左様でございます」
「さすれば、リューヤが辞退すれば彼の王の提示した条件を満たせず、現職の評議員は皆去ることになろう。レコリス評議員そなたもじゃ」
つまり彼は自分が失職してでも、俺のS級昇格を阻止せんと動いているのか。
だとすれば覚悟を決めていると見るしかないが……。
「そのことでセンタキリアン国王陛下にお話があるのです」
「うぬ?」
「陛下は彼のルブルム王と昵懇の間柄。なればアナタ様が説いてくださればルブルム王の怒気も和らぎ、より柔和な条件を提示して下されるのではないでしょうか?」
「余に、ルブルム王を説得しろと? そなたらを許すように?」
「ご明察にございます」
「リューヤにはS級になることを辞退させて?」
「ご賢察にございます」
呆れてものが言えない。
王様は『もう少し、もう少し待て』とばかりに手で制してきた。その手が怒りで震えていた。
「もう一件確認したいレコリス評議員。リューヤのS級昇格に関しては、我らセンタキリアン王国も強く推していることはご存じか?」
「はい」
「そのために冒険者ギルドへの義援金を倍増することも。しかし希望のリューヤ昇格が叶わなければその甲斐もない、義援金増額は白紙に戻すがかまわぬな?」
「いや、それは是非とも進めていただきたい」
何言ってるのコイツ?
「冒険者の事業は過酷で金銭はいくらあっても足りません。これを機にセンタキリアン王には我ら冒険者ギルドへの支援を増すことで、どうか世界へ貢献いただきたく」
「だからそれはリューヤがS級になることを条件としたものじゃ」
「そこをなんとかお願いいたします」
えーと。
このバカの言うことを要約してみよう。
コイツは<スキルなし>の俺のことが気に入らないからS級冒険者になってほしくない。
だから俺に辞退しろと言う。
しかし俺のS級昇格を条件にした利益や救済はそのままくれと。
クビになりたくないしお金もほしい。
お願いは聞かないけどご褒美は欲しいですと。
どんだけ厚顔無恥なのか。
「いや、いやいやいやいやお待ちください! 私はそちらの要求をまったく聞かないと申してはいません! S級昇格の動議にかけられているのは一人だけではないはずです!」
?
「たしかノエムという<錬金王>スキルを所持した新規A級冒険者がおりましたな! 彼女のS級昇格に対しては全力で支援いたしましょう! この冒険者ギルド評議員レコリスの手腕に懸けて彼女の後ろ盾になりましょう! それでいかがです!?」
「嫌です」
そう言ったのはたった今話題に上ったノエム自身だった。
彼女がその場にいることすらレコリスは気づいていたのかどうか。
「リューヤさんがS級になれないなら私もS級昇格を辞退します。冒険者も辞めます。私は生産ギルドからお仕事を貰えばいいので」
「へ? あ? 何……!?」
レコリス評議員、少し時間がかかってやっと彼女がノエムであることに感づく。
「ま、待ちなさい? 何故キミが辞退しなければならない? キミの<錬金王>は非常に素晴らしいスキルだ! キミこそS級冒険者に相応しい!」
「私よりリューヤさんの方がS級に相応しいです。……いえ、S級がリューヤさんに相応しいです。リューヤさんを拒むならそんな肩書きに何の意味もありません」
「我がままを言って大人を困らせてはいけない! 私は将来にわたってキミの支援者になるつもりでいるんだよ! それが素晴らしいスキルを持って生まれたキミの運命なのだよ!」
「S級になることを辞退して、それはアナタのせいだってたくさんの人に言い触らします」
「いうことを聞け小娘!!」
激昂してノエムに掴みかかろうとするレコリス。
その肩を掴み、力ずくで引き戻す。コイツの汚い手でノエムに触れさせてなるものか。
「な、何をする貴様!?」
「子どもの我がままはどっちだ? そんな禿げ頭になるまで大人の責任を自覚できないなんて哀れな年寄りのガキだ」
「何いいいいいいッ!?」
責任を果たさないくせに権利だけ得ようとするヤツが大人であるものか。
子どもの我がままにここにいる全員を振り回すんじゃないぞ。
「リューヤよ……!」
「王様」
「すまんが余からも一言言わせてくれ。もはや我慢の限界じゃ……!!」
俺が頷くと、王様は激流が解き放たれたように……。
「ヒトを舐めるのもいい加減にしろこのクソガキがああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」




