63 S級への道を阻む者
「つーわけで話は終わりじゃ。呼ばれてもないのに怒鳴り込んできたイザベレーラはとっとと下がるがよい。あまりに困らせるなら、それこそ他国の男爵家にでも降嫁させてやるぞ」
「うぐぐ……!」
悔しげにハンカチを噛みしめる第一王女。
しかし待ってほしい。
こんな野心溢れかえる王女様を押し付けられる嫁入り先こそ罰ゲームじゃないのか?
こんなヤツを第一王子の嫁にして跡取りでも産ませようなら絶対国が荒れそう。
いいのかな?
……ハッ!?
今、彼女と俺の目が合った?
気のせいかなと思ったが野心溢れる第一王女、あからさまに秋波の混じった流し目を俺に送ってきた!?
取り込もうとしている!?
自身の覇業継続のために王様お気に入りの俺を色仕掛けで取り入ろうとしている!?
「平民さん? 王族の女と付き合ったことなどないでしょう? 今までとは違った味を試してみたくない?」
ついには露骨に誘ってきた!?
そこへ立ちふさがる騎士服姿のレスレーザ。
「ヒトの婚約者に色目を送るなど重大なマナー違反です。姉上は王家の嗜みをきちんと学んでいたのではなかったのですか?」
「欲しいものは脇目もふらず掴みに行くのが王家の嗜みよ? 早々に後継者争いから身を引いたアナタでは知りようがないでしょうけど? それなのに今さらしゃしゃり出て……!?」
「父上の御決定とあれば是非もありません。元よりこの身は王国に捧げている。騎士としてでも女王としてでも使命をまっとうするまで」
「だったら結婚相手も誰だっていいでしょう? あの英雄はわたくしに譲りなさいよ」
「ダメです」
バチバチバチと散る火花。
女の争いはまことに恐ろしいですが、そろそろ引き下がった方がいいですよ?
ノエムも、あの王女様の色目にムカついて『五年間肥溜めの臭いが取れなくなる薬』を準備中なので。
「だから下がれと言うておるのじゃ煩わしい。何で我が子女どもは素直に言うことを聞かぬ者ばかりなのかのう?」
玉座の上で王様が嘆息していると……。
「では恐れながら父上」
足下より上がる男の声。
「煩わせついでにもう一つ、ボクから進言してもよろしでしょうか?」
「おおうッ!?」
ビックリした。
いつからいたんだ王子様!?
何者かと言うと、全部で四人いるセンタキリアン王国王子王女の一人。
第二王子で、たしか名前は……。
「おうルーセルシェか、そなたもおったか」
「はい、おりました」
そうそれ。
第一王子でつい先日失脚したゼムナント。
ソイツと同じぐらい野心的で王座への執着を隠そうともしない第一王女イザベレーラ。
その姉と今、睨み合っている庶子で一発逆転、正統王位継承者となったレスレーザ。俺の未来の奥さん。
そして残る一人がこのルーセルシェ第二王子。
「まったく我が子らにも困ったもので、どうしてこうも主張が強いかのう? その中で周りを立てるのはそなただけじゃ」
「恐縮です」
かしこまってみせる第二王子。
「してどうした? まさかそなたもまだ世継ぎの話に異論があるなどと申すまいな?」
「滅相もない。ボクは父上の決定に従います。それは以前にも申した通り」
そう、前に王様の姉弟一堂に会した時にも、文句たらたらだった第一王女第一王子と打って変わり、彼だけが素直に父の決定に復した。
しかし一番面倒な提案を出してきたのも彼だ。
「その気持ちは今も変わっておりません。ただ、今回お聞き届けいただきたいのは別件でして」
「別件?」
「急ぎお目通りしたいと申す者がおります。父上と、そちらのリューヤ殿に」
俺?
王様目当てなのはまだわかるが、何故そこで俺まで抱き合わせになる?
一気に話が胡散臭くなっていく。
「こう申しては何ですが、姉上が乱入してくださって助かりました。この機を逃したらお二人が揃ったところへ申し込みするのが、幾日先になるかわかりませんので……!」
…………。
……コイツまさか?
自分の思い通りに事を進めるために、あの第一王女を利用した?
王の謁見に乱入することは言うまでもなく無礼な行為だ。
無礼を働けば当然王様も怒って、願いを聞き届けてくれないかもしれないし、よしんば通っても不快は残る。
そうした損な役回りを野心家の姉に押し付けて、自分はまんまと心証を傷つけないまま王様に取り入った。
「……まあレスレーザとイザベレーラもしばらくやり合っていそうじゃし、その間の暇潰しにもちょうどいいか。リューヤもよいか?」
「あッ、ハイ」
俺にも用があるとのことなので、俺の意思もちゃんと確認する王様、気遣い。
「では連れてきてみよ。急ぎと言うからには、もう外で待ちかまえておるのじゃろう」
「御明察で。ではお呼びします。……レコリス評議員、謁見の許可が下りましたのでこちらへ」
呼ばれて入ってきたのは、これまた見事な禿頭の老人だった。
光が反射しそうなほどに禿げ上がっておる。
しかしながら総身には力が漲り、まだまだ老いを感じさせない元気な老人だった。
「センタキリアン国王陛下、唐突なる目通りをお許しくださり心より感謝いたします。冒険者ギルド評議員が一人、レコリスと申します」
「うむ?」
冒険者ギルド評議員?
「それってビステマリオさんと同じ役職?」
「キミは黙っていてくれないかね?」
闖入者の視線は、俺に対して冷たい。
「……いや、王族に対して真っ先に礼を払うのは当然のこと。キミについてはあとでゆっくり話をしたいので今はお待ちいただこう」
「はあ」
俺は別に話などないのですが。
「この時期に、評議員が一体何の用じゃ?」
王様の表情が一転して空虚になった。
「余の記憶がたしかなら今、冒険者ギルド評議会は新たな理事長を選出する選挙を控えて準備に忙しいことであろう。そのために先日のA級昇格試験すらビステマリオ評議員以外誰も現地へ赴かなかったとか」
俺たちも参加した試験ですね。
「そんなお忙しい評議員殿が、選挙も放っぽりだして何用じゃ? ……ルーセルシェ、いかなる縁があって、この者を余の前に連れてきた?」
「ボクの母の姉の夫……が懇意になさっているそうです」
如才なく答える第二王子。
「センタキリアン王国の頂点に立つ父上へ、火急訴えたいことがあり。様々な人脈をたどりボクの下へ行きついたそうです」
「ルーセルシェ王子殿下には無理を聞き届けてくださり、感謝のしようがありません」
改めて恭しく礼を擦るハゲ。
……彼に、ノエム特製の毛根死滅薬は効かなそうだな。
「ふーん、まあ拝謁を許したんじゃから用件を聞こうではないか。それにアレじゃ今、評議会ではこちらのリューヤとノエムをS級に上げるかどうかで話し合いの真っ最中なんじゃろう? その経過も聞いてみたいしのう」
「恐れながら……、本日お聞きいただきたいのはまさに、その件なのです」
「ほう」
ぽつぽつと語り出す評議員。
まず言っておくが、俺の個人的な感触としてこの評議員への印象は悪い。
二言三言程度しか話してない間柄だが、それでも彼から俺へと放たれる感情は、けっしてポジティブなものではないとわかるからだ。
基本王様へと平伏する彼が、時折チラリチラリと送ってくる視線に込められた感情は侮りと恐れが半々程度と言ったところか。
「現在、我らが冒険者ギルド評議会は、ビステマリオ評議員の動議に揺れております。議長選挙を目前に控えたこの時期に……というのもさることながら、発議の内容があまりにも……、ですので……?」
「はーん、何と言った? 声が小さすぎて王様聞こえなーい?」
「あまりにもふざけ……、いや前代未聞ですので……!」
今なんか言い直した?
「そんなにふざけた内容であったかの? S級冒険者の昇格動議は、そこまで頻繁ではないにせよ定期的には行われていると聞く。直近の会議はどれほど前であったかの?」
「二年前です。ですがビステマリオ評議員の発議はただのS級昇格動議ではなく、一度に二人、……しかもそのうちの一人はこともあろうに<スキルなし>」
……。
結局ここでも、それが焦点となるのか。
「冒険者ギルド発足以来より、<スキルなし>がS級冒険者になったことなどありません。つまり前代未聞。評議会はこの一点に紛糾し、荒れに荒れております」
「S級冒険者に必要な資格は成果であったろう? 後世に語り継がれるほど大きな成果。国家の存亡に関わり、英雄と呼び称えられるに相応しい大成果」
俺をS級に推薦してくれたビステマリオ評議員さんは、魔神霊オケアネスとの攻防を根拠にしてくれたようだ。
たしかにあれは何もしなけりゃ確実にルブルム王国の首都は大津波に流されていたし、そこに住む何十万人という人たちも海の藻屑と消えただろう。
問題の根本を解決したのはノエムだが、たしかに英雄的所業と言えるかも。
「求められるのは成果。そこに与えられた能力の有無は関係ないのではないか?」
「しかしながら能力なくば大きな成果を上げられぬのも事実」
またこっちを見た。
「私には到底<スキルなし>がそれほどの偉業を成し遂げたとは思えません。しかしながらビステマリオ評議員は多くの証人と称する者たちを揃え、当事者となったルブルム国からもお墨付きをいただく始末。このままでは彼のS級昇格は確実なものとなりましょう」
「けっこうなことじゃ」
「そこでお願いがございます」
レコリス評議員は言った。
「そこにおられるリューヤ殿みずからS級昇格を辞退してください。いかに評議員の決定でも本人が拒めば断行することはできませんゆえ」