62 王家の団欒
「とにかく、よくぞ思惑通りにA級の称号を手にして帰ってきたリューヤよ」
浮かれすぎてわやくちゃになった状況を仕切り直す。
王様も落ち着きを取り戻してくれただろうか?
王の御前には謁見を願い出た俺とノエム。立ち合いの形でレスレーザも並んでいた。
アビニオンもいるにはいるが、人間たちの話し合いに興味などもてないのか今は姿を消していた。
まああとは、さすがに王様のいる場所だけあって警備兵や侍従の方々がそこいらに控えているけど、そんな感じの空間だ。
「元々は我が娘レスレーザを娶るため、身分を吊り合わせようとA級昇格の試みであったが見事思惑を果たしたな」
「え?」
「え?」
いやいや、忘れてないですよ?
たしかにそういう計画だったっけ。
「途中から試験進行自体が友情と団結の物語となって目的をすっかり見失っていたことなんてないです」
「友だちがたくさんできたならよいことじゃ」
王様からすっかり遠い目をされてしまった。
「しかしリューヤにおいてはそれだけでなく、S級昇格の発議までされていること益々驚かされる。これが通ればリューヤは一足飛びでS級冒険者。これを快挙と言わずして何と言おう!」
「S級になるかどうか話し合われるのは俺だけじゃないですよ?」
こちらのノエムもですよ?
「なおさら凄まじいことじゃ。我が国から同時に二人もS級冒険者が生まれようとは!」
帰国してから周りが常に浮足立っているのは、それだけS級冒険者というのが物凄い存在だということなのだろうが……。
……ここまで浮かれるとこっちも落ち着かないな。
「元々レスレーザへ婿入りするための箔付けとして求められたA級昇格じゃが、S級でも問題ないどころか大歓迎じゃ。そもそも国家的英雄に与えられる称号がS級なれば、普通に王家に取り込むために王族と婚姻を結ぶことは既定路線!」
「ほうほう」
「もはや二人の結婚に異を唱える者などおらぬじゃろう。いたらソイツはS級冒険者の価値もわからぬ政治音痴だと公言しているも同じじゃからのう。<スキルなし>などももう些細な問題じゃ」
満足げに言う王様。
ここまでの状況が百点満点すぎて堪らないらしい。
「合わせてS級となるノエムも何らかの形で王宮と縁を繋いでほしいところじゃが、レスレーザと共にリューヤに嫁いでくれるなら問題あるまい。王女の夫のもう一人の妻となれば、それはもう王家と同様じゃ」
「それでいいんですか?」
「二人のS級冒険者を抱えてレスレーザに力を持たせすぎる……などと言う者を現れるかもしれんが、この子はいずれ女王となる身、力など持てるだけ持たせておくべきじゃ」
そういやそうだった。
レスレーザは、今目の前にいる王様の娘。
ただし、お母さんが身分の低い側室で王位継承順番は最下位というか、可能性は一%以下。
しかし先日の魔族襲来騒ぎで身を捨ててでも国を守ろうとした姿勢が評価され、後継ぎに御指名。
他の後継候補は我が身可愛さに国外逃亡していたというのだからなおさらだった。
「S級冒険者となる二人が両脇から支えてくれれば、レスレーザの治世は盤石となろう。どうか我が娘をよろしく頼む」
「いやいや待ってください。その未来予想図は気が早いというか……?」
「なんじゃ? まさかレスレーザとの結婚を拒む気か? 今流行りの婚約破棄というヤツか!?」
いや、そっちじゃなくて……!
「俺たちのS級昇格の話です!」
ビステマリオ評議員も言っていたが、これから始まるのは俺たちをS級に上げるかどうかの動議。
大事なことだからもう一回言うぞ?
『動議』だ。
つまり『これからアイツをS級にするか話し合うぞ!』ってことだ。
話し合った結果『やっぱりダメでした』ということもあり得るわけで……。
「S級はまだ確定の話じゃありません。あまり期待しすぎるとダメになった時辛いですよ……!?」
「なんじゃそう言うことか。それなら心配ないわ」
「えぇ~?」
「既に余から全力にて働きかけを行っておる。そなたたち二人のS級昇格が叶った場合、我が国から冒険者ギルドの年間義援金を五倍に増やすとな」
「ごばいッ!?」
それはさすがに大盤振る舞いすぎでは!?
財政もつんですか!?
「心配ない全額カットした教会への寄付金を回すだけじゃ。彼の者らからの支援をまったくあてにしなくなったからには冒険者との関係強化は当然の布石でもあるゆえ、まんざら無意味な投資でもない」
「そっか……、こないだの騒動で教会と険悪になってますからね」
それにしても教会への寄付金をそっくりそのままシフトしたとして冒険者ギルドへの義援金の五倍になるって……。
これまでどんだけ貰ってきたんだ教会は?
俺らの支払った血税だよね、そのお金のそもそもは!?
「ルブルム国も存亡の危機を救ってもらったということで、そなたらのS級昇格に後押しを惜しまぬということじゃ。ここまでやられて無下にできるほどギルド評議会も胆は据わっておるまい。そなたらのS級昇格は九分九厘じゃ。ドッシリ座って果報を待つがよい」
落ち着いた王様は、自分の目論見通りに事が運ぶことを確信しているかのようだった。
つまりは俺とノエムがS級冒険者になることを。
「さて、旅の成果の報告はこれくらいでよいとして、そろそろ若い者たちにはお互いだけの愛の語らいが必要であろう? レスレーザよ、リューヤと共に下がってよいぞ?」
そのお声がけにレスレーザの頬が朱に染まる。
「ち、父上? あまりおからかいになられては?」
「よいよい。そなたも愛する夫の留守、さぞかし寂しかったであろう。今夜は存分に甘えるがよい。正式な婚儀の前に身重になっては外聞が悪いなどと、余計な気を回さんでもいいぞ? 王族にとって世継ぎを残すことこそ急務ゆえ、子を生むならば早いに越したことはない」
「父上!!」
「ほっほっほっほ……!」
娘の叫びに心底朗らかに笑う王様。
順風満帆で憂いなしと言う感じだ。
「無論ノエムを仲間外れにしてはいかんぞ? リューヤよ、多くの妻を持つ先輩をして一つ助言してやろう。愛は平等に与えねばならんぞ」
「肝に銘じます……!?」
『余計なお世話だよ!』とは思ったがな。
さてそんな感じですべて順調に進むかと思いきや、いついかなる状況でもお邪魔虫は出てくるものらしい。
謁見の間の扉が、誰に断りを入れるでもなくギギギ……と開いて……。
そして誰に窺うこともなくズカズカ侵入してくる女。
「ここにおられましたのね父上!」
あの女は誰だっけ?
会ったことはある。初見ではないはずだけど名前は出てこないから思い出すのに少々頑張らなければいけなかった。
……あ、アレだ。
この国の王女様。
イザベレーラ第一王女とか言う人じゃなかったか?
いかにも豪華なドレスをまとい『私は偉いのヨ』と言わんばかりの顔つき。
しかしその美貌は怒りと苛立ちに歪んでいた。
「何用じゃイザベレーラ? 見ての通り余は歓談の最中じゃ。王の務めを阻害するような粗忽な娘に育て上げたつもりはないぞ。その不甲斐なさでは嫁に出すのが不安じゃのう」
「その件ですわ! 何やらここ最近急にわたくしへの縁談話が持ち上がっておりますそれもたくさん! どういうことですの!?」
乱入王女は、元々謁見の間にいた俺たちのことなど歯牙にもかけず王様へ食ってかかる。
「相手は他国の王侯ばかり! しかも図ったように太子や次期当主! つまり父上は、わたくしを国の外へ追い出したいということですか!?」
「そりゃー相手が当主ともなれば、そなたが嫁に入るのは当然であろう?」
「嫌です! わたくしはいずれ父上のあとを継いでセンタキリアン女王となる者! その配偶者は向こうが婿入りしてくるべきですわ!」
「まだそんなことを言っているのか、そなたは……」
王様、俺たちと話していた時とは打って変わったうんざりとした表情で……。
「我が正統後継者はレスレーザじゃ。こやつこそが未来のセンタキリアン女王。それはもう決定したと何度言えばわかる?」
「何度言われてもわたくしは納得いたしません!」
「納得しろよ」
まったくです。
「後継者候補から外れたとはいえ、余はそなたへの親心を失ったわけではないぞ。それゆえ幸福な一生を送ってほしいと、そなたを安心して託せる嫁入り先を探しているのではないか。一国の王女ともなれば相手も相応の身分でなければ務まらんから、候補に他国の王族が上がるのは仕方のないことじゃ」
「同じ女王のレスレーザさんは?」
「あやつは家格より実力重視ゆえ、連れ合いもそっちを基準にした方がいいであろう。余はよい父親であるゆえ、子どもたちの個性を尊重するのじゃ」
うーん納得したくない。
そして抗議に来た長女はなおも食い下がる。
「父上……、せめて、せめて嫁に入るのは我が国の公爵家などにしてはくださいませぬか? わたくしはこの国から離れたくないのです!」
「公爵家なんかに嫁がせたら、その権力を利用してレスレーザの邪魔するじゃろう、お前?」
「当然ですわ!」
公爵って、男爵とか伯爵とかシャクシャクいう人たちの中で一番偉いんだっけ?
婚家の力をもって巻き返しを図ろうとかこの王女様、まったく王座を諦めてない。
「そんなんだからそなたを本国に残しておきたくないんじゃよ。どうしてもと言うなら子爵以下の下級貴族にしか嫁がせないので、そのつもりでおれ」
「そんなッ!?」
「こちらで選別した他国からの縁談申し込みは、いずれもそなたに一生贅沢をさせてやれるだけの財力権力持ちじゃ。気兼ねなく嫁ぐがいい」
王様は本気のようで、レスレーザ以外の継承候補者を容赦なく遠ざけているようだった。
……あッ、そういえば昇格試験中大いにやらかしたゼムナント王子の始末はどうなっただろう。
一応この国の王子なんだから、処断するのはここの王様に判断を委ねたんだよな。
聞いてみたいところだがどうせ破滅するのは確定なんだし、いちいち聞かなくてもいいか。