61 <スキルなし>の凱旋
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
戻ってきた。
センタキリアン王都へ。
生まれも育ちも王都の俺が、こんなに何日もよその街へ繰り出したのは初めてのこと。
何とか無事に戻ってまいった。
いや過程とかを考えたら、あんまり無事ともいえないんだが。
五体満足に戻ってこれたんなら無事という判断でよし。
王都に戻ってまず冒険者ギルドへと顔を出す。
「よくやっちょりやー!!」
いきなりロンドァイトさんに抱きしめられた。
彼女は、ここ王都支部の支部長というべきギルドマスター。
「よくやった! アンタなら! アンタならやると思っていたよ! ホントによくやったーッ!!」
「むごごごごごご……!?」
力いっぱい抱きしめてくるために彼女の巨乳に顔が埋まる。
天国的圧迫感を味わったが、背後からくるノエムの冷ややかな視線やアビニオンのおちょくるような視線が気になるので離れた。
レベル八百万の俺にとっては腕力で彼女の拘束から逃れることは造作もない。
問題なのは色香的な側面だ。
「ロンドァイトマスター、リューヤ並びに錬金術師ノエム、A級冒険者昇格試験から帰還しました。……その様子ではもう結果はご存じで?」
「そらそうよー! ウチの支部からA級冒険者が誕生したのなんて何年ぶりだろうねー! しかも一度に二人も! 快挙だよー!」
快挙らしい。
「その日のうちに急報が届いたよ! ビステマリオのじいさんとはアタシも顔馴染みだからね!」
「あのギルド評議員の……!?」
ビステマリオ評議員とは俺も試験会場で出会い、割とすぐに意気投合した。
<スキルなし>への不当な差別が吹き荒れる中、あのおじいさんが颯爽登場しなければ結果はどう転んでいたかわからない。
それくらい俺たちにとって都合よく出てきたビステマリオ評議員だったが、そんな彼とロンドァイトさんが顔馴染みだったなんて……?
もしかしてあれは都合のいい偶然なんかじゃなく、俺たちを案じたロンドァイトさんが裏で何か手を回していた……?
「A級を何人抱えているかが、そのまま支部の格に直結するんだから。A級は何人いても困るこたないんだよ! それなのにウチの支部ときたら今日までA級がアタシ一人だったなんて。他の連中は今まで一体何してきたんだろうねぇ?」
ロンドァイトさんが視線を配ると、周囲から委縮する気配が漂ってきた。
ギルド支部に居合わせた他の冒険者さんたち。きっとB級以下なんだろう。
「まあまあ、皆さんも頑張ってるんですから……」
「それを加入半年も満たないうちにA級一発合格するリューヤから言われたら堪んないだろうね。ま、とにかくアンタたちの合格は慶事だよ。所属するA級が増えれば本部からの支援金も増えるし、アタシのお手当も増えるってスンポーさ」
アナタの懐も温まるんですか。
「まして、アンタたちはすぐさまS級に昇格するかの動議が控えてるんだろう!? これが盛り上がらずにはいられるか!!」
「「「「S級! S級! S級! S級! S級!」」」」
なんか周りの冒険者さんたちにまで興奮が広がり、唐突な『S級』コールが巻き起こった?
「S級冒険者といえば全冒険者の頂点! 英雄というべき立ち位置だよ! ウチの支部からS級が輩出されるなんて一体何百年ぶりのこと……いや前例ない? 史上初じゃないかね!!」
「「「「S級ッ! S級ッ! S級ッ! S級ッ! S級ッ! S級ッ!!」」」」
さらに激しいS級コール。
「アンタは想像以上の大物だったよ! 五年前にツバつけておかなかったことがひたすら悔やまれる! どうだい今からでもアタシのこと愛人ぐらいにキープしておかない!?」
「ロンドァイトさんのことは母親のように慕っておりますので……!?」
「つまり近親相姦風に交わりたいと?」
「フェチの話じゃねえ!!」
普段貫禄あるロンドァイトさんがここまで浮かれるなんて。
それだけS級という概念が衝撃的ってことなのか。冒険者であるからこそその事実の重さに圧倒され、正気を失わざるを得ない。
「「「「SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQ……ッッ!!」」」」
他の冒険者さんたちも群集心理によって正気を溶かしていき、コールのイントネーションもおかしくなっていく。
これ以上はギルドがサバトの現場と化してしまう。
こんな雰囲気はノエムの教育上よろしくない。一刻も早く離脱せねば!
「あーあーあー、俺たちは王様にも帰還をお知らせせねばいけないので、一旦失礼します!!」
「王様によろしくー」
俺はノエムを抱えてギルドから脱出!
あー、ヤバい環境だった……。
さて無事脱出できたところでどうしようか。
逃げるために咄嗟に思いついた方便だったが、王様に帰還を報告するにもやんなきゃだよな。
一応婚約者のレスレーザにも会わないとだし。
なのでここは一旦言い出したことに従って王様のところへ顔出しに行くか。
行こうと思ってすぐ行けるのが改めて思うと凄いことだが。
だって王様だぜ?
一庶民が気軽に会える相手じゃないんだぜ本来?
◆
そんで登城して王様への謁見を申し出てみると。
「SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!! SQッ!!」
……ここでも浮かれていた。
王様!
王様がご乱心めされた!!
「……ぬごッ!? ……げふんげふん、よくぞ戻ったリューヤよ! そなたの帰りを待ちわびておったぞ!」
「王様もしばらく見ない間に随分ご機嫌の様子ですね?」
「余の上機嫌はそなたが根源! 対面してなおさら覿面!」
ご機嫌すぎてお言葉がラップ調になっておられる。
やっぱり王様がご乱心あそばされておられますぞー。
「そなたたちのA級昇格の報はギルドを通して届いておるが……。S級だそうな!? A級を獲得してすぐさまS級に駆け登る機会を早速得るとは、やはりそなたは余が見込んだだけの男であるわ!」
「やはりその件で浮かれておりましたか……!」
ギルドでもそうだったし、この王宮でも。
S級冒険者という存在が、どれだけ貴重なものであるか窺い知れるというものだ。
「S級冒険者といえば英雄的所業を成した者にのみ与えられる究極の称号! 我が国からS級冒険者が輩出されるのは何百年ぶりか……いや、史上初ではないか!?」
「そのくだりはギルドでもうやりましたんで……!」
「とにかくそなたがS級冒険者になったなら我が国にとってこの上ない誉れということじゃ! この国の冒険者ギルドにとってでない、この国そのものにとって!!」
「スケールでっかいですね……」
「そなたのような男を義理の息子に迎えられるということも尚更嬉しいことじゃからのう! 本当に我が娘はよい婿を娶ったわい!」
……あ。
そういえば、お城へ上がったならすぐさま会わなければいけない人がいたのを失念していた。
王女レスレーザ。
恐れ多くも俺の婚約者ということになっている女性。
「恐れながら王様、レスレーザはどちらにいますでしょう?」
「未来の妻が気になるか? 長く離れてさぞかし寂しかったであろう? んー?」
王様ウザい。
「安心せよ。そなたが登城すること、すぐあやつにも知らせておいたので。ほどなくこの謁見の間にやってくるわ」
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ……。
計ったようにジャストタイミングで聞こえてくる足音。
「リューヤ殿!」
謁見の間を扉を開け放って飛び込んできたのは、凛々しい顔つきの女丈夫。
しかしあまりに急いで走ってきたのか頬は上気ししっとりと汗に濡れている。
「お、おかえりなさいませ……。アナタのお帰りを今か今かと待ちわびておりました……!」
「は、はい……!?」
声に艶がある。
こんなに色っぽい声を出す女性だったっけ? 女騎士だけにもっと張りがあったような?
「ノエムさんもご無沙汰しています。話は聞きました。A級昇格おめでとうございます……!」
「ありがとうございます!」
「さすがは私と共にリューヤ殿に嫁ぐ人……!」
俺あるところに必ずノエムの陰あり。
王宮に上がっても喋ってないだけですぐ俺の隣にいたノエムであった。
そして彼女らの喋っている内容だが……。
なんか色々な事情があって王族のレスレーザが俺と結婚しようよって話になり、次いでノエムも一緒に……というのはどういう運びでそうなったんだっけ?
いやもうよくわからん。
そもそも一人の男に妻二人……というのは許されるんだっけこの国?
許されるのか。
「積もる話はありますがノエムさん……、まずアナタに伺いたいことがあります」
「なんでしょう?」
「今回の昇格試験の旅ですが……、その途中リューヤ殿に言い寄る女はいませんでしたか?」
何を聞いとるの?
「リューヤ殿は魅力あふれる上に最強の力を持ち合わせる。味方に引き入れようと言い寄る女が少なからずいるはずです。妻となってリューヤ殿をセンタキリアン王国に繋ぎとめる役目として、私は彼に近づく女を常に警戒しておかねば!」
「そうですねえ……」
ノエム、沈思黙考すること数秒。
「……モヒカンの人たちと仲良くなっていましたよ」
ソイツら女じゃねえ。
「モヒカン!? ルブルム王国ではそんな女性の髪形が流行っているのですか!?」
レスレーザが真に受けていた。
誤解を解くのにさらに無駄な時間がかかるのだった。