59 騒動始末
すべてが解決して落ち着いたのち、俺とノエムは謁見に呼び出された。
謁見というからには目の前に王様がいた。
現在俺たちが滞在しているルブルム国の王。
いつも会っているセンタキリアンの王様と違い、より年配で小柄……申し訳ない言い方だが頼りない印象の王様だった。
「まずは卿らに謝罪せねばなるまい」
第一声がそれだった。
「我が甥の愚行。卿たちの実力を試す機会に、自分らの政争を持ち込んで滅茶苦茶にしたこと。本当に迷惑であったろう、すまぬ」
「いえいえ!」「どうもどうも!」
ルブルム国王は実に真っ当な感性の持ち主らしく、他国の平民にすぎない俺やノエムに対して実に殊勝に振舞った。
やはり一国の主ともなればどこでも、ある程度有能でなければ務まらないんだろうか。
「ゼムナントは我が妹の息子。彼がセンタキリアン王となれば、彼の強国とより結びつきが強まり、我が国は有利となる」
え?
ウチの国……強国だったの?
「そうなればと夢見ていたのも事実だが、あのような愚かな甥が指導者に就けば無辜の民にとって不幸以外の何者でもない。まさか冒険者と手を組み、暗殺など企てようとは……!」
そう言ってルブルム国王は、実に忸怩たる様子で眉間にしわを寄せた。
こんな聡明なルブルム王の甥っ子で、かつ向こうも聡明なセンタキリアン国王の息子として生まれたゼムナントがなんであんなにちゃらんぽらんな王子様になったのか?
「挙句、怪しげな手段で我が国を危機に追い込むとは。まことに持って許しがたい。本来ならば公開処刑とすべき重罪だが、彼も他国の王族。気軽に裁くことはできん。まずは本国へと送還し、実父たるセンタキリアン王に始末を任せよう」
「あの王様ならばきっと公正な判断を下してくれると思います」
多分。
「それであの、ゼムナントは今どうして?」
「城の一室に軟禁してある。さすがに他国の王族を牢屋入りにはできぬでな。怪我が酷く、ベッドでウンウン唸っておるゆえ逃走の心配はなかろう。落ち着き次第、送還の準備を始める」
「ソーエイデスは……?」
「……」
ルブルム国王は押し黙った。
そう、ルブルム王都を壊滅の危機へと陥れた張本人……現役A級冒険者ソーエイデスは騒動の収束と共に姿を消した。
ドサクサに紛れて逃げやがった! とも言う。
動くなと言っておいたし、動けないはずでもあったんだがなあ。
お陰で魔神霊オケアネスの襲来にまつわる様々な不明なことは不明のまま。アイツの口から語られるべきことがたくさんあったのに。
しでかした悪行の落とし前もまったくついていない。
「兵士らに捜索させておるが、いまだ発見の報は来ぬ。もはや国外に脱出した可能性もあるのう」
「その点についてはワシから平謝りするしかありませぬ」
横から出てきたのは冒険者ギルドのビステマリオ評議員。
「こたびの凶事、すべては冒険者ギルドの不徳から出たこと。滅亡の危機にさらされたルブルム王国の皆さまには、我ら評議員全員の首をもって謝罪の意を表すより外ありませぬ」
「落ち着かれよビステマリオ評議員。アナタの首など誰も欲しがらぬ。それよりも冒険者ギルド一の良識派と謳われるアナタがいなくなることを誰もが惜しむであろう」
なんか気心の知れた会話。
やっぱり偉い人同士かねてからの交流があるのだろうか?
「それに我が国を滅亡の危機から救ってくれたのもまた冒険者。ノエムとリューヤ、この二人ではないか。卿らには感謝の言葉しかない。どうか面を上げてくれ」
話題がこっちに振られてきた。
言われた通り、礼儀に倣って下げていた頭を上げたら、年配王様のニコニコとした笑顔が視界にドーン。
「卿の活躍は、王都の民全員が目の当たりにしたぞ。あの山をも越える大津波が迫ってきた時は、誰もがもうダメだと肝を潰したものじゃ。それを一撃のもとに飛沫と散らし、しかもそれを何十回と繰り返す。神にも劣らぬ所業であったぞ!」
なんか手放しに褒められて恐縮する。
皆に見られていたのかあの攻防。
考えてみれば山のように大きな津波なんだから、そりゃどこからでも見えるわな。
「あれほどの大きな力、さぞかし強力なスキルに恵まれたのじゃろう?」
「あッ、いやそう言うことではなく……」
俺が<スキルなし>であることを告げるとルブルム国王、目を丸くして……。
「なんと、それであれほどの力なのか……!?」
「レベルをたくさん上げたので」
「それでどうにかなるものなのか……。いや、どちらにしろ卿が我が国を救ってくれた英雄であることに変わりない。卿は称えられるべきだ。本当によくやってくれた!」
手放しに褒められた。
これまで<スキルなし>ということで味わい続けた苦労を思うと、何かの罠かと疑うレベル。
「ついては我が国を救ってくれた功績に、褒美なり栄誉なりできうる限り与えたいところじゃが、その前にビステマリオ評議員から話があるそうじゃ」
「畏まって御意を得ます」
ギルドのお偉いさんから?
何だろう?
「冒険者リューヤよ。そなたには詫びること賞すること色々なことがあまりに多くあるが、一旦それらを置いておいて現状の話をしたい」
「現状ですか……?」
「A級昇格試験のことじゃ」
ああ、そうだ。
俺たち今試験の真っ最中だったんだ!
あまりにも緊急事態が多発して記憶の彼方に消え去っていた!
「知っての通りA級昇格試験はトラブルにより一時中断の状況にある。日と場を改めて再開するか、それとも完全に取りやめとするかも決まっておらぬ」
取りやめ……!?
「続行してくれませんか? 俺たちだけじゃない、多くの人たちがA級になるために頑張ってきたんです」
「無論、評議員として諸君らの熱意を無にするつもりはない。現場で戦うキミたちを支えることこそがワシらの役割じゃ」
何だこの人格者的発言?
「そしてワシはよい機会に恵まれた。トラブルに見舞われながらも、そこから光明を見出したというべきかな。……こたびの大津波騒ぎじゃ」
「?」
「わからぬか? 冒険者とは『危険を冒す者』のこと。緊急時、いかなる行動をとるかでその真価が問われる。そのための審査として、あの状況はもってこいだと思わぬか?」
魔神霊オケアネス襲来が?
たしかにあの状況は、都市一つをまきこんだ大緊急事態だった。
多くの人が驚き慌て、混乱し、平穏の中では見られない本性の一端を垣間見れることができたように思える。
「ああした状況こそ、冒険者が活躍すべき時じゃ。ワシは試験参加中の冒険者たちを重点的に観察し、誰からも命令されない中でどう危機に対応するか、たしかめさせてもらった。我がスキルを持ってな」
「ビステマリオ評議員のスキルですか?」
「いかにも、我がスキル<望遠>は遥か遠くのものを至近のように視認できるスキルじゃ。遮蔽物があると見えなくなるのが玉に瑕じゃがの」
自嘲か自慢かよくわからない口ぶりでホホホと笑う。
「そのスキルで、いまだ試験続行資格をもつ数十人をつぶさに観察してきた。皆様々な選択をし、行動していた。みずからの命を優先して一目散に逃げだす者、その場に踏み止まり、事態の収拾を模索する者、様々に……」
「あの、そろそろこの話の着地点を……?」
何のための話なのか、いまだによく把握できないんですが?
「つまりじゃ、この津波騒ぎに受験者各自が取った行動をもって、A級に相応しいかどうか審査しようということじゃ。つまり、突発的二次試験じゃ!」
「な、なんですってーッ!?」
「我が身可愛さに逃げ出した者は当然不合格。また冒険者の倫理に従って、建設的な行動をしようとしたものの、何をしていいかわからず右往左往するだけの者もいた、これも残念ながら不合格。あの騒ぎの中、まったく気づかず眠り続けた者も不合格!」
そんなヤツいたんだ肝太いなあ。
「対して、異変を察知して即座に行動し、住民の避難誘導する者や、ギルドに急行して状況把握に努める者もいた。緊急時の行動としてはまず適切と考え、さらに試験を受け続けることを許す。特に住民避難に全力を尽くした者は優良点を加点する。『他者を顧みる』という冒険者に必要不可欠な精神を持っているということゆえな」
必要不可欠なんだ、冒険者にとってヒトを気にする心って……!?
優しいことはいいことだもんな。
「あッ、避難誘導をした人ってことは、あのモヒカン三人組の先輩も……!?」
「レッドとイトウとビィのことか? うむ彼らは充分に三次試験を受ける資格があろうの」
そんな名前だったんだ、あの三人。
「彼らも長い年月A級に挑戦してきた。<スキルなし>という逆境にも心を折らずに。そろそろ日の目を見てもいい頃じゃろう。……そして最後にリューヤとノエム、そなたらじゃ」
「はいッ!?」
ノエムも一緒に呼ばれた!?
そうか、俺たちも立派な試験対象だったんだ!
「ルブルム国王からお褒め頂いたことからも明白なように、こたびの大津波を解決したのはそなたらじゃ。ノエムはみずからのスキル<錬金王>を駆使して事態の根本的解決を主導した。その働きは勲一等というべきじゃ」
「そ、そんなことないですぅ……!?」
照れるノエム。
こういう仕草を見ると彼女の少女っぽいところが再確認できて安心。
「しかし、そんなノエムをも凌駕するのがリューヤじゃ。そなたは最前線に出て、あの精霊と真正面から対峙し、あの苛烈極まる神威を防いでくれた。そなたがおらずばノエムの施策も間に合わず、街は海に沈んでいたことじゃろう」
「はい! それは評議員さんの仰る通りです!」
乗るノエム。
「巨大な津波を殴り飛ばすという人智を超えた力……。これだけ見てもリューヤにA級以上の力があることは明白じゃ。そなたたち二人の飛び抜けた働きぶりをもってワシは、評議員として決断を下すことにした!」
ビステマリオ評議員は言う。
「リューヤとノエム、そなたたち二人にこれ以上の審査は不要! 充分に実力ありとしA級冒険者の即時合格、そしてS級冒険者への就任を発議する!」