05 冒険者登録
「よかったあった」
冒険者ギルドが。
五年間この街を離れていた俺だが、その五年の間に街並みがどう変わっているかわからないからな。
実際ここに来るまでの順路にあったはずの肉屋がなくなってた。
さすがに冒険者ギルドがなくなることはないだろうが、やっぱりあった。
よかった……!!
「こ、ここが冒険者ギルドなんです?」
ノエムが、恐々と俺の腕にもたれかかっている。
「そうだよ、国中の命知らずたちが集まる魔窟、冒険者ギルドだ」
野草集めから魔物退治、ダンジョン探索、衛兵の手伝いをして犯罪者を追いかけたりもして本当に何でもありの職業だ。
「実力がすべてなだけに荒くれ者も多い。ノエムちゃん本当に大丈夫?」
「はひッ、大丈夫でしゅ……!」
あんまり大丈夫じゃなさそう。
しかし行くより他ないか。
意を決して扉を開ける。
せめて五年前に見かけた人が一人でも残っていればいいんだが……。
「たのもー」
「あいよー、いらっしゃいませー」
突入した俺たちを出迎えたのは、大柄の女性だった。
かなり大柄。
大の男よりも大きそうな上背に、肉付きのいい体つき。
心の準備なしでいきなり遭遇したらビビって腰を抜かすこと請け合いな迫力であった。
「ぎゃわわわわわわわーーーーーーーッッ!?」
そして案の定ノエムがビビって腰を抜かした。
「ひいいいいッ!? おばけッ!? やっぱり冒険者ギルドは怖いところおおおおッ!」
「はいはい、登録者希望かい? しかしアタシと目があったぐらいでビビるようじゃとても冒険者は務まらないよー。もうちょい度胸付けて出直してきな」
そういう新人選別法?
「そっちのお兄ちゃんは動じなかったようだね。肝が据わっているようだ」
「そんなことないですよ。五年前は見事に腰を抜かしました」
「ん?」
「今でもカウンターに座ってるんですね。昔と変わらないで安心しました」
そう言っても大柄な女性はピンとこないらしく、難しい表情で首を捻る。
まあ仕方ない。以前来たのは冒険者登録の説明を聞くための一回こっきりだったからな。
「…………もしかして、リューク?」
「リューヤです」
「そうそう! 五年前って言ってたよな! 祝福の儀の直前に来て『スキル貰ったら絶対登録する』って言ってたガキんちょ! ……の四人いたうちの一人!!」
凄いな。
冒険者ギルドの受付なんて毎日何十人と入れ替わり来るだろうに、その中でも覚えていてくれたとは。
「そうです! ロンドァイトさんもお元気そうで何よりです!」
「アタシは人生あれこれ大きく変わる時期を過ぎたからね。多分十年後も変わりゃしないよ」
貫禄たっぷりに言う女傑。
五年前……、祝福の儀を受ける前に前途への希望に溢れていた俺は、興味を持って冒険者ギルドへ見学に訪れたことがある。
冒険者として成り上がるのはスキルを得てからの進路として充分に現実的だったから。
当時の俺をカウンターで出迎えて、ギルドの仕組みやら冒険者の心得を懇切丁寧に教えてくれたのが、今もこうしてカウンターに座っているロンドァイトさんだった。
この人何歳だっけ? 前に訪ねた時は三十超えているとか言ってたから……!?
「それより今さら何の用だい? 登録しにくるって言いながらすっぽかしやがってさ。たしかアンタの他にあと三人いただろ?」
「そのことなんですが……」
俺は自分自身の祝福の儀であったことを大まかに話した。
横に立っているノエムにも聞こえることをかまわずに。
「はー、いいスキルが出たとわかればその場で青田買いか。知ってはいたけど教会は相変わらず仁義もクソもないやり口だね」
「俺だけ<スキルなし>と判定されて摘み出されましたよ。それ以来仲間とは会っていません……」
クリドロード。
ゼタ。
リベル。
そういやアイツら今頃何をしているのか?
授かったスキルの豪華さからして、きっと豪華な暮らしを立てているのだろうが。
当時は嫉妬も恨みもしたものだが、それらの感情は修行によって洗い流された。
今ならまた会いたいという気持ちも……やっぱない。
「というので、<スキルなし>でも冒険者になれるよう一人で修行していました。最近になってやっと自信が持てるようになりまして……!」
俺、腰が直角になるほど深く頭を下げる。
「お願いします! 俺を冒険者として登録してくれませんか!!」
「わ、私からもお願いします!」
何故かノエムも一緒に頭を下げる。
「リューヤさんは凄い人です! 私が悪い人にさらわれた時に助けてくれたんです! こんな凄い人なら必ず凄い冒険者になれます! 本当です!!」
いやなんでノエムまでそんな必死なの?
この必死なコンビを真正面において、巨女ロンドァイトさんは薄く笑って……。
「バカだねアンタたち……」
「え?」
「冒険者の登録条件に『スキル持ち』なんて項目はないよ。どんな仕事でもやってのけるバイタリティ、通すべきスジ、仲間を思いやる心。その三つさえ揃ってれば誰だって冒険者ギルドは大歓迎だ!」
「ロンドァイトさん……!」
「修行なんかせず、すぐさまウチに来ればよかったんだよ。そうすればアタシがみずから強くなるためのイロハを叩き込んでやったのに」
ロンドァイトさん、いい人だ……!!
「とはいえ折角修行したんならアンタがどれだけ強くなったか見せてもらおうじゃないか。この冒険者ギルドでね」
「登録させてくれるんですか!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか。疑り深くなってるんじゃないよ」
すいません! 突発的に幸運な出来事になれていないもので!
やったあ!
「ところで、さっきからアンタの横に引っ付いている女の子は何だい? 恋人って言うには小さすぎるけれど……?」
とロンドァイトさんの興味がノエムに移った。
いや、さすがに恋人はないでしょう。
「しかもさっき、話の流れにやたら物騒な単語を織り交ぜなかった? 悪い人にさらわれたとか……!?」
「ああ、それがですね……!」
いい機会なのでノエムが拉致され、奴隷商に囚われていたことも報告する。
俺が偶然通りかかって助け出した流れも。
「何人もゾロゾロ連行するのは困難だと判断して、その場で皆殺しにしておきました。問題ないですよね?」
「ああ全然。この国で奴隷売買は重罪だからね。しかもアンタのことまで襲おうとしてたんなら正当防衛は成り立つ。基本街の外での斬った張ったは自己責任だしね」
「一応、死んだ奴隷商の荷物から役立ちそうなものを抜き出しておきました。お渡しします」
そう言って差し出した書類は、奴隷商の馬車を漁って見つけ出したものだった。
奴隷の売り買いで付けた帳簿、契約書の控え、商売計画の素案を書き連ねたメモなど。
「おおおおッ!? 凄えいいもんじゃないか! これがあれば奴隷商売に関わったヤツを芋づるで引きずりだせるよ!!」
「冒険者は、衛兵を手伝って犯罪者捕縛クエストを行うと聞いてたんで。何かの役に立つかもと思いました」
「いやあ大したもんだよアンタ! 登録前にこんないい土産を持ってくるヤツなんて初めてだ!」
心証が上がったようで何よりだ。
もちろん下心はあった。できるだけ成果を先出しすることで<スキルなし>ながらも登録できる可能性を上げようと。
ロンドァイトさんがいい人なおかげで全然徒労だったけどな。
「<スキルなし>で無法者どもを蹴散らして奴隷商の貴重な情報までゲットしてくるとは。なかなか期待の新人じゃないか。じゃあその実力をコイツでじっくり見させてもらおうかね」
そう言って差し出される一枚のカード。
白紙で、意味ありげなことは何も書かれていない。
「これは……なんです?」
隣からノエムが不思議そうにのぞき込む。
「ギルドカードですね?」
「その通り。五年前の勉強がしっかり身についているじゃないか」
ギルドカードは、冒険者としてギルドに登録するために必須のものであり儀式でもある。
「このカードは魔法院で生産されている……一種のマジックアイテムだ。血を垂らして魂と結びつきを持たせれば、その人の情報をある程度紙面に表示することができる」
とノエムに教えるていで解説。
ロンドァイトさんの表情を窺うと、満足そうに頷いていた。よしここまでは間違っていない。
「実際にやってみても?」
「いいよ。そもそもアンタをギルド登録させるためにそのブランクカードを出したんだからね」
お許しを得て、自分の手の平を小さく噛み千切って傷を作る。
その傷口をカードの……。
「どの部分に押し当てるとかあります?」
「どこでもいいよ。カード全体が魔法媒体だからねえ」
では……。
傷口を押し当てると、我が血液を擦って光り輝くカード。
光が収まった時には、白紙のカードには何やら美しい装飾の他に以下のような情報が刻み込まれていた。
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ギルド登録情報
【名前】リューヤ
【Lv】17
【所持スキル】なし
【犯罪歴】なし
【所属】冒険者ギルド:センタキリアン王都支部
【等級】F
【適正ジョブ】すべて
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