56 冒険者たちの団結
水と塩を混ぜただけの疑似海水だけど、その中に浮かぶクラゲは多少元気を取り戻したように見えた。
そもそも海の生き物だから、空気中に放り出されるよりは水中の方が居心地いいか。
『しかしまだ安心ではないぞえ』
アビニオンが珍しく慌てた語気。
『さっきも言ったように、このネレイスは幼生だけに弱い。本来いるべき海底の水でなければ体に合わず、結局は死んでしまおう。地上に打ち捨てるよりほんの少しは長もちしようが……』
「その分時間は稼げます!」
ノエムが果敢に言う。
「その時間で私が、クラゲちゃんに完璧に合った深海水を錬金合成で作り上げます! 今こそ私のスキル<錬金王>が火を噴く時です!」
火は噴かなくていいよ。
ノエムは地面に指を這わせる。そこは水たまりになっていて、かつてこのクラゲを閉じ込めていた容器の中に入っていた水だよな?
ということは……。
「この水こそ、クラゲちゃんを生かせる深海水……。これはもう地面に触れて塵や土とかに混じって使えませんが、組成を読み取って、まったく同じものを作ってみせます」
ノエムは指先で液体の物質組成を読み取っているのか!?
いよいよ何でもありになってきた!
「塩分ミネラル、その含有割合のピッタリ同じものを!」
『やるべきことはまだある。オケアネスの足止めじゃ』
どういうこと?
『わらわと同格の魔神霊を甘く見るでないぞ。ノエムが深海水を作り終わる前にヤツはここに辿りつく。この街全体を飲み込むほどの大量の海水を引き連れてな。ヤツは速いんじゃ』
「そんなことになったら、この街は終わりじゃないか……!?」
『だから誰かが足止めせなばならん』
オケアネスが街に入ってこないよう、波打ち際で……!?
ここルブルム王都は港町でもある。
街そのものが海に面している。
そのことが今は幸運なのか不運なのか、海からやってくる災厄はすぐさまこの街を直撃する構造だ。
あるいはこの企みを立てたヤツはそこまで計算してソーエイデスにネレウスの持たせたのか?
しかし逆に考えたら、海から陸上へやってくるモノを食い止めるにも都合がいい?
「ちなみにアビニオンは? そのオケアネスさんってのと同格なんだろう?」
『同格だからこそ負ける気はないが勝つ気も起きぬのう。それどころか同格同士の争いは制御も効かずに周囲への被害甚大じゃぞ。国一つぐらい更地に変えることよのう』
「アビニオンさんはこちらでドッシリかまえていてください!」
すると答えは一つしかないってことだ。
俺が行けばいいんだろう!
わかったよ!
わかってたよ!
「俺は一足先に海岸へ行く! オケアネスさんとやらは海から来るんだろう!?」
『当然じゃ』
「俺はそこで鉄壁の守りを敷いておくから、ノエムは深海水を合成してクラゲの安全を確保でき次第追ってきてくれ! アビニオンはノエムを守護!」
それぞれの役割を確認し、走り出す俺。
しかしその前に最後の一つ、確認事項があった。
「ソーエイデス」
「ぐぅッ!?」
両肩の粉砕骨折で動けない男へ言う。
「すべてが終わったあとお前には色々聞くからな。こんなくだらない企みを誰がやったのかとか」
それだけ言って俺は駆けた。
逃げられないよう足も折っておこうかと思ったが、それよりも時間が惜しい。
今は、この街を守ることの方が大事だ。
◆
「なんでこんなことになったんだ……!?」
俺たちはA級冒険者になるための試験を受けにきただけなのに。
気づけば国家存亡にかかわる大災害を止めるミッションを突き進めておる!
海岸へ行くため街中を駆けていると、既に多くの人たちが外に出て、戸惑い混乱の体にあった。
深夜だというのに、賑わいだけはもう真っ昼間だ。
お陰で人ごみに囚われて思うように進めない!
「急いでいるっていうのに……!」
「おーい、兄ちゃん!」
!?
その声は……!?
俺へと駆け寄ってくるモヒカン頭が三つ。
一目見たら忘れないベテラン冒険者の先輩方!
「ヒャーハハハ! こんなところで会うとは奇遇だぜええ!」
「この異変に気づくとは、さすがA級になろうっていう冒険者だなヒャッハー!」
「皆気づいて飛び起きてるけどよウリィイイイイッ!!」
相変わらず煩い。
でもこの忙しない状況で、この先輩たちに出会えたことは何の理由もなく心強かった。
「先輩方……、街の人たちは、この異変をどう受け止めてるんでしょう?」
「まだ何とも言えねえ、って感じだぜ? 今のところは不気味な地響きがするだけだからよ」
「皆さんにお願いがあります」
一瞬でも早く海岸に行かなきゃならないところだろうが、ここは必要な処置だと足を止める。
「大きな津波が来るかもしれません。街一つ飲み込むんじゃないかって規模の大きいヤツが」
「なんだとぉー!? それは大変だぜヒャーハハハハ!!」
…………。
本当に事の大変さがわかっているのかな。
いや信じよう、この人たちのふざけているのは態度だけだ。
「住民を誘導して避難させてくれませんか? できるだけ海から離れて。高台に上って。もし津波が来たとして少しでも助かる可能性を上げるために」
「断る理由がねえなあ! ……しかし兄ちゃん、アンタはどうする?」
「その津波を止めるために、今から海岸へ行きます。もし俺の力が足りなければこの街は……いや国は、海に沈むことになるかと」
話のスケールが大きすぎて、通じないだろうか。
そもそも人一人が津波を止めようなんて正気を疑われる話だ。
自然災害だぞ。
人間にどうにかできるレベルじゃない。
しかし悪党面のモヒカンたちは、まったく似合わない晴れやかな笑みを浮かべた。
「兄ちゃんがそう言うなら信じてやるぜ。お前さんの凄さはダンジョンで見せつけられたからよ」
「お前さんなら津波だろうと止めてくれる気がするぜ! オレたちがするのはアレだ。万に一つの備えってヤツだろ!」
「オレたちが背中を支えてやるから、兄ちゃんは気にせずドッカンとやればいいのさヒャーハハハハハハ!!」
煩いからホント高笑いやめませんか?
そして死線を潜り抜けたベテラン冒険者たちは、やるべきことが分かった途端一瞬の躊躇もなく行動する。
「ヒャーハハハハ! テメエらボサッとしてんじゃねえ! ここにいたら死んじまうぜえええッ!!」
「ほらほら逃げるんだよおおおおッ!」
「死にたくなかったら逃げやがれええええッ!!」
あくまで避難勧告です。
悪役が罪なき人を追いかけ回しているのではありません。
街が危険にさらされた時、住民の安全のためにあらゆることをするのも冒険者。
ベテランである彼らはこういう時どうするかを完璧にわかっていて、行動に迷いがない。
これこそ真のベテラン冒険者だと思った。
後方を彼らに任せて突き進む、その途上にも幾人か見知った顔に遭遇した。
試験で一緒になった<スキルなし>の冒険者たちだった。
彼らに出会えば最小限の言葉で意図が伝わり、やってほしいことを即座に実行してくれる。
本物の冒険者が多くいて、本当に助かった。
◆
そうこうしているうちに海岸に着く。
ノエムと一緒に海水浴した浜辺であったが、あの時とはまったく違う雰囲気で別の場所のようだ。
まだ夜で周囲は暗く、人っ子一人いない。
ビョウビョウと吹き荒ぶ風が、一層不気味さを演出する。
しかし俺は、その不気味さにいつまでも浸っていることはできなかった。
早速ながら凄まじい異変が俺目掛けて現れたからだ。
「あれは……!?」
水平線からやってくる。
大きく盛り上がって、こちらへ打ち寄せてくる津波……。
しかもただの津波ではなかった。
大きい。
最初遠すぎてスケールがつかみづらかったが近づいてくるほどにわかる。
壁のように大きく……。
山のように大きく……。
天すら覆い尽くすほどの大きさで迫ってくる、極大的な規模の津波が。