54 圧倒蹂躙
ガキィン! と音が成って火花が散る。
ソーエイデスが振り下ろすマチェットを、俺の掌が防いだ音だった。
「なんッ!?」
目の前で起こった出来事に理解不能の困惑を見せるソーエイデス。
「素手で刃を止めるだと!? そんなバカな! しかもこの鉈は<ベクトル・リフレクター>で反動分の力まで上乗せしてあるんだぞ! 鎧の上からでも切断できるはずなのに……!?」
鉈の刃をガッシリと受け止める。
手の平からは血の一滴も流れでない。
「そんな、バカな……!?」
余程驚いたのか、ソーエイデスは飛びのいて一旦距離をとる。
「刀剣で傷つかない皮膚……!? それがお前のスキルか? ……いや、お前は<スキルなし>……!?」
「そうだよ」
それを理由に、絶対クリアできないクソ試験を課しておいて何を今さら。
「ビックリな出来事すべてがスキルで引き起こされる思うのか。それはたまたまいいスキルを与えてもらったことで陥った傲慢だ」
「ならばお前の言い分は、よいスキルを貰えなかったことで起こる僻みだな。偉そうに語るな!」
クッソぐうの音も出ねえ。
まあたしかに僻みなんだろうな。
「我がスキル<ベクトル・リフレクター>はスキルランクSSに認定された超優等スキル! その超スキルを持つ私がA級冒険者であることは当然のこと! お前ごとき<スキルなし>のせいで私がA級から追われるなどあってはならない! <スキルなし>は死ね! そうすることで優等スキルを持つ私を助けられれば本望だろうが!」
「勝手なこと言うな」
「何をほざこうと、あらゆる攻撃を反射する私を倒すことなどできない! お前は私に殺される運命なのだああああッ!!」
ムカつくことだが、ソーエイデスの主張はまったく正しい。
スキルランクSSか……。
その格付けに相応しく、ヤツのスキルは俺が初めて出会う『力の大小を無視する』スキルだ。
どれだけ大きな力を振るおうと、ヤツのスキルはそれを反射してしまう。
だから力の大小なんか関係ない。
スキルに恵まれなかった俺は、ひたすらレベルを上げて腕力や瞬発力や耐久力を上げる外なかった。
それだけが俺の強くなる手段。
しかしアイツのスキルは、俺が積み上げてきたものを一切無視できる。
それがアイツのスキルの力。
俺の努力は、才能の前に敗北してしまうのか?
いや、諦めるのはまだ早い。
「諦めの悪さも修行でグンと伸ばしてきたからな」
「うおッ!?」
俺は一足飛びでソーエイデスの至近に飛び込む。素早さ自体はヤツのそれを遥かに上回っているから近づくだけなら容易だ。
そして手を伸ばし、グッと肩を掴む。
それはできなかった。
何やら見えない力が俺の手を押し返してくる?
「学ばないヤツめ。我がスキルはあらゆる力を反射させるといっただろう?」
勝ち誇った口調で言うソーエイデス。
「単純な打撃や斬撃だけではない。四方八方から来る持続的な力も例外なく我がスキルは反射する。そうでなければ、さっきのゴースト女がやった念動縛りもはね返せなかっただろうが!」
たしかに。
とにかく自分に作用するあらゆる力がスキルの効果対象になるのか。
「我がスキルに弱点はない! 無駄な足掻きをせずさっさとくたばれ!」
「それはどうかな?」
今、話に出たがアビニオンが念力でアイツを縛った時、最初はちゃんと効いた。
きっちりとアイツの動きを封じ、それに気づいたあとでスキルを持って<念縛>を解いた。
このことから推測するに、ヤツのスキルは常時発動しているわけじゃない。
いやできない、と言った方がいいのだろう。
人が常に全力疾走できない、しようとすれば必ずスタミナ切れになって止まる。
それと同じように物理法則に作用するあのスキルは、常時発動するにはあまりにもコストの高い能力なのかも。
「俺がこのまま肩を掴もうとし続ければ、どうなるのかな?」
ソーエイデスのスキルはどれくらい発動時間を持続できる?
十数える間か? 百数える間か? 千数える間までか?
それを見極めてみようじゃないか。根気強く待つのは俺の得意技の一つだ!
「私が息切れするのを狙おうというわけだ。ハハハハ! 過去何人もいたよ私と根競べしようというバカどもが! ソイツらはどうなったと思う? こうなったのさ!」
ソーエイデスがさっきの鉈を、俺の脇腹に叩き込む。
「私はお前らの無駄な挑戦に付き合う義理はない! 自由に動く両手両足で、お前の腸をズタズタにさせてもらう!」
俺の腹部目掛けて何度も鉈を斬りつけるソーエイデス。
何度も何度も何度も何度も。
しかし俺の腹には引っかき傷一つつかない。
圧倒的なレベル差によるものだった。
「おッ、おのれバケモノめええ……!?」
その間も俺は、ヤツの肩を握り、手に力を込め続ける。
まるで磁石の反発を食らうかのようにひとりでに手が離れようとするのを、さらに強い力で押し込む。
「まだやるというのか!? 付き合っていられん!」
ソーエイデスは飛びのいて距離をとろうとした。
それがいけなかったのだろう。
均衡が崩れて一瞬、ヤツのスキル発動が途切れた。
その隙をついて、ヤツの肩を掴むことに成功。
「あ」
「案外早かったな。こっちは一ヶ月は粘るつもりだったんだが」
だからと言って訪れた一瞬の好機を逃す気はない。
ベキバキボキボキ……ッ、と。
鈍い音がヤツの両肩から鳴り響いた。
「うぎゃああああああああッ!? 私の肩が! 肩の骨がああああああッ!?」
粉砕骨折です御愁傷様。
『骨を握り潰すとかエグイことやるのう主様は。これはもう完全な元の形には戻らんぞ。ボーケン者としては再起不能じゃのう』
人を殺そうとした代償としては優しい方でしょう?
「ひぎぃいいいいいいいいいッッ!? おがああああああッッ!!」
ソーエイデスはベテラン冒険者のクセにてんで痛みに弱く、砕けた両肩にのたうち回るばかりだった。
「コイツはもう片付いたとして……次はアンタだな」
「ヒィ!?」
立ち尽くす王子ゼムナントへ向く。
コイツは<念縛>から脱出する術がなく、ずっと金縛り状態のまま。
「アンタも執念深い男だな。王様になりたいがために、ここまでするかよ?」
「ヒィイイイッ!? 違う私じゃない! お前たちの暗殺を企てたのは私じゃないいいいいいッ!!」
「同意した時点で同罪だ。このことを仔細漏らさずお前のお父様に報告して絶対に王様になれないようにしてもらうか? それともいっそ王様になれないなら、ここで華々しく死んでしまうのもアリだと思うが」
「嫌だああああッ! 死にたくない! 王になれないのも嫌だああああッ!」
我がままなヤツだな。
しかしもうここにお前を甘やかしてくれるヤツはいない。
「こうなったら……、これは使いたくなかったが……仕方ない食らえ!」
「?」
「スキル<王の号令>!!」
その声は、それより前のものとはまったく別物で、まるで天高くから響いてくる鐘の音のようだった。
胸の奥底まで轟き渡る。
「油断したなぁ! 王族である私にスキルがないとでも思ったか! センタキリアン王家とルブルム王家の血を併せ持った私に宿りし王家スキル! レスレーザのような戦争でしか役に立たないカススキルとはわけが違うぞ!」
ゼムナントが勝ち誇って言う。
「我が王家スキル<王の号令>は、私の声に聖威を伴わせる! 王の声が耳に入り次第、その者は私に従う奴隷となるのだ! これこそまさに王の力! だからこそ私は王の力に相応しい!」
ヤツの声が、胸の奥まで染み入ってくる。
それに呼応するように、抗いきれない敬意が胸の奥底から湧きだしてくる。
「さあ跪け! これからお前の主は私だ! お前の力を私のためだけに使え! 私の奴隷となれええええッ!!」
「はい、わかりました」
なーんつって。
ウソぴょん。
ドゴン。
と拳がヤツの顔面にめり込む。
「ぐげごぼおおおおおおッッ!?」
手加減したから致命傷にはならないと思うけど、歯が何本が折れて宙を舞う。
アイツ自身の体も舞う。
外から加えられた力にアビニオンの<念縛>は関係ないようだった。
「たしかにアンタの声は胸に染み入ったよ。しかし染み入った声に、少しも響くものがなければ意味はないようだな」
兵士と一緒に命を懸けて戦うレスレーザの言葉の方がずっと響く。
王のスキルは、それを持つ者を王にするのではなく、自分自身に王の資質がなければ何の意味もないようだ。
これが宝の持ち腐れってやつなんだな。