53 反射する男
夜になった。
暗い。
世間には『月のない夜には気をつけろよ』などという脅し文句があるそうだ。月がない……新月の夜には僅かな月明かりもないために一層暗く、悪いことをするにも見つかりにくいという意味らしい。
そして幸か不幸か、今夜はその新月。
絶好の闇討ち日和だ!!
◆
というわけで、俺たちの泊まっている安宿周辺に怪しげな人影が跋扈しております。
取り囲んでるわ。
不審者うちの二人に意識を集中し、聴覚を鋭敏にして声を拾ってみる。
「アナタまで来ることはないだろう王子? 部屋でぬくぬく吉報を待っていた方がよかったんじゃないか?」
「一蓮托生といったのはお前だろう? この作戦の成否に私の命運もかかっているのだ。この目でたしかめぬわけにはいかん!」
「わかったから大声出すな」
ふむ、盗み聞きの感度良好。
声を震わせるのはゼムナント王子様だな。
汚れ仕事に自分から飛び込んでくるとは意外に度胸のある。ここに来て初めて見せた王らしい資質ではないのか。
「手筈は説明した通り、まず私が部屋に踏み込み、標的の<スキルなし>を殺す。確実に死んだことをたしかめてから火を放ち、宿屋ごと死体を焼き尽くす」
「そ、そこまでする必要があるのか?」
「火で焼くのは、調査を困難にするために一番いい方法だ。黒焦げ死体からは死因なんて特定しようがないから自殺か他殺かも最終的にはあてずっぽうだ。それに万が一にも目撃者を出さないためにも。ヤツの泊まっている宿の客も店員もみんな一緒に焼け死んでくれた方がいい」
と言うのは現役A級冒険者のソーエイデス。
……。
「それからもう一人、アイツはノエムという女冒険者が同行していたろう? 真相を隠し通すためには彼女にも絶対死んでもらわなければならん。無理心中ということで一緒に炎に包まれれば具合がいい」
「そのことなのだがなソーエイデス殿……」
ゼムナントの声に何やらネットリとした粘り気が伴う。
「あの女だけは何とか生きて連れ出すことはできまいか? 貴重な高位スキル持ちなのだろう? それにあの見目麗しさ、死者として表に出せなくし、奴隷として飼ってしまえば……!」
あのクソ王子。
危険を冒して現場に同行したのはノエム目当てであったとは前言撤回だ。やっぱりアイツには王の資質など欠片もない。
「その件については諦めろと言ったはずだ。たしかに彼女のスキルは惜しいが、我々の安泰のために危険な要素は一つたりとも残せない」
「ならばせめて殺す前に一回だけでも……!?」
「仕事は迅速に……が鉄則だ」
クズ過ぎる。
そんな押し問答する二人へ、別の一人が音もなく駆け寄ってくる。
「配置が完了しました」
「よし、全員に念押ししておけ。手を下すのは私だけ。皆は配置を固め、万が一にも逃れて出てくるヤツが居たら速やかに殺せとな」
「承知」
あちらさんの用意も完了したようだ。
ならこっちも始めようか。
こうして隠れながら動向を窺うのもここまでにして……。
蹂躙タイム。
もとい反撃タイムだ。
◆
「……んッ? なんだ……!?」
「体が、体が動かないぞ……!?」
向こうも異変に気付いたようだ。
「どうしていきなり……? おいッ、助けろ! 私の体が何故か動かん!?」
「私もです。指一本ピクリともしない……!?」
ソーエイデスとゼムナント、それにその部下十数人。
全員が体を動かせず、石膏像のように硬直してしまっていた。
「なんだ!? 一体なんだ!? なんだ、なんだ、なんだッ!?」
「煩いぞガキッ! 隠密行動中だということを忘れたか!」
急変に陥ってだらしなく取り乱すゼムナント。
それを咎めて怒鳴り散らすソーエイデス。
現場は混迷を深めております。
『醜い仲間割れじゃのう。本当に下衆どもの慌てふためく様は見ていて心地よいわい』
「なッ!?」
透過を解き、姿を現す女ゴースト。
アビニオンだ。
その幽玄にして妖艶なる姿に、初めて目撃する者たちは驚き震えた。
「ゴーストだああああッッ!? なんで街中にモンスターが!? 出あえ、出あええええええッ!!」
「だから隠密行動中だと言ってるだろうがクソたわけ!! ……お前の仕業か? 私たちの体が動かなくなったのは?」
さすがにAの等級を与えられたベテラン冒険者。未知の怪異を前にしても少しも動揺するところがない。
『いかにも、おぬしらが我が主様によからぬことをするようなんでのう。おいたをする前にお縄にさせてもらったわ』
「主様、だと……!?」
俺のことだ。
物陰から出てきて姿を現す。
「ッ!?<スキルなし>貴様……ッ!?」
「彼女は、俺の強さに従うようになった使い魔みたいなものだ。色々と世話してくれて、お前らみたいな害虫のざわつきも即座に知らせてくれる」
「筒抜けだったというわけか……!? おのれええええッ!?」
理解が早くて助かるです。
ノエムは念のために部屋にこもって、出てこないように指示してある。
危険を避けたいだけでなく、場合によっては惨い場面を見せてしまうことになりかねないから。
『わらわの<念縛>は人間ごときでは絶対脱出できぬ。そうさのう、朝までこのままにしておくというのはどうかの? 起きてきた者どもが、どうして立ち尽くしておるものかと不審がることじゃろうのう?』
「ひいいいいいッ!? 助けて! 誰か誰か助けろおおおおッ! 私はセンタキリアンの王となる男だぞおおおッ!?」
恐怖が振り切れて半狂乱となった王子様。
アイツはもういいとして、残る問題は現役A級冒険者の方か。
「舐めるなあああああッ!!」
ヤツの気合一閃、目に見えない呪縛がバラバラになって消し飛ばされていくのを一瞬の明滅で確認できた。
『ほう、わらわの<念縛>を振り解きおった。人間風情が生意気な』
「A級冒険者を甘く見るなよ……! 我がスキルを持ってすれば、ゴーストごときの念動力はね返すのに造作もない」
『「ごとき」じゃと……!?』
どうどうアビニオン抑えて……!?
プライドを傷つけられたのはわかるが、これはそもそも俺のケンカなので。
俺が叩きのめすからキミはサポートに徹してほしい。
「拘束を解いたのは、やはりスキルの力か?」
ここで俺はアビニオンの目を借りてヤツのパラメータを覗き見る。
敵として殺し合う相手ならプライバシーの尊重もへったくれもない。
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【名前】ソーエイデス
【種類】人間
【性別】男
【年齢】35歳
【Lv】49
【所持スキル】ベクトル・リフレクター
※スキル説明:力の方向を修正し、逆向きにする。発動条件は自分の体に触れていること。自分の身に着けているものにも付加可能。
【好悪度】殺殺
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「力の向きを……、逆に……?」
『物理法則そのものに働きかけるスキルか。それでは無形無体なる我が念動力も弾かれるわけじゃのう』
俺はアビニオンの万能性を借り受けて他者のパラメータを覗き見れるから、俺に見れるものは彼女にだって見れる。
『主様、こやつのスキルはかなりレアじゃぞ。まあ人間どもの尺度でも一等に置かれるに相応しいわ』
「ヒトの能力値を覗き見しているな……? チッ、汚らわしいゴーストめ!」
『あぁ?』
どうどう、アビニオンどうどう……!
「だったらスキルの主たる私からも説明してやろう。我がスキル<ベクトル・リフレクター>は、一言で言い表すならば、『反射スキル』!」
反射スキル?
「自分に叩きつけられたあらゆる攻撃をそのままの強さで逆方向へ飛ばせる。つまりは相手に送り返せるのだ! このスキルを授かってより私は一度たりとて戦闘で負傷したことはない!」
試しに俺は、その辺に落ちてる石を拾って投げつけてみた。
それなりに力を込めたので、普通に当たればヤツの体は木っ端みじんの血煙になるはずだ。
しかしながら命中の瞬間、砕け散ったのは小石だった。砕け散ったというか粉状になって舞い散った。
「なるほどああなるのか……」
『攻撃する力が大きければ大きいほど、はね返る力も大きくなる。あの小石が欠片よりも細かく粉々になったのは、主様の投げた力がそれだけ強かったということじゃのう』
力の作用という、いわば物理法則に影響を与えるスキルだから対応能力に限界もない。
『受け止めきれないほど大きなパワーで~』ってのも無理ということだ。
「だとすれば防御一辺倒で、自分からは攻撃できないスキルだと思っているだろう? それは大きな間違いだ!」
ソーエイデスが地面を蹴って、こちらに向かってくる。
しかもその跳躍が速くて高く、人間技とは思えないくらいの飛び具合だ。
「我がスキルの発動条件は『自分に触れたもの』! つまり私から他の者に与えた衝撃力も反射可能ということだ! 地面を蹴った反動すらも反射させ、二倍の力で飛ぶ!」
反動をなくしたら結局跳べないんじゃないの?
こまかいことはいいのか?
「そして、この理屈は攻撃の際にも適用される。私からの攻撃で発生した反動を反射させ。二倍の力で敵を斬り裂くのだ! 我がスキルは所持する武器にも効果を伴わせるからなあ!」
既に抜き放たれていたマチェット(鉈)が俺へ向けて振り下ろされる。
解説通りなら、盾なんかで防いでも余裕で盾ごとカッパーンと割られるんだろうな。
「捉えた! 死ねええええええッ!!」