52 密室は覗かれている
突発的な試験中断によって、一旦引かざるを得なくなった俺たち。
客地なのでやることもないから結局宿に戻るしかなかった。
「お先にシャワー頂きますねー」
宿に入るとすぐ、ノエムは室内に備え付けのシャワールームへ向かっていく。
「やっぱり帰ったらすぐシャワー浴びないと。体中にベットリついた汗や埃が気持ち悪いですー」
「う、うん、そうだね……!?」
ルブルム王都に滞在中の宿を決めた時、最初は俺とノエムで別の部屋をとるつもりだった。
いやだって、一応俺とノエムは性別が違うし? しかし年頃であることは同じだし?
しかしノエムが横から突っ込んできて『お金は節約しないといけません』とかなんとか言って相部屋にしてしまった。
他意はない。
他意はないのだ。
「あッ、それともリューヤさんがお先に入ります? すいません気が回らずに我先にって……!」
「いいよいいよ!」
俺が全力で推し進めると、ノエムはおずおずとしながらシャワールームの扉を閉めた。
彼女だって真っ先に体中の汚れを流し落としたかったのだろう。
部屋に一人でいると音を立てることもないから、扉越しに聞こえてくる衣擦れの音、次いで響いてくるシャワーの水音が想像以上に大きく煩い。
『いっそ主様も一緒に浴びればいいのではないか?』
「げッ!? アビニオン!?」
ドロンと音を立てて現れる女幽霊
いつだってどこからかともなく出てくる。
『ノエムだって内心それを期待していると思うがのう。狭い室内で互いの体をキュッキュと擦り合うのじゃ。生殖本能に支配された動物からすれば極楽の快楽であろう?』
「おッ、お風呂は一人ずつ順番に! それが我が家のルールです!」
『繊細じゃのう』
適当な言い訳で現状から目を逸らし、強引に話題を変える。
「アビニオン向こうの様子はどうだった?」
『うむ、そうじゃった。まずはそっちの用件を片付けんとのう!』
上手く話題反らしに成功。
『あのアホの末路を見届けてきたぞえ! 既に充分コケにし倒した相手をさらに密偵しようというとは、主様の用心深さ見事!』
「それでどうだった?」
『うむ! あのいけ好かん人の子なあ、老人の方にこっぴどく怒られておったぞ! まるでガキのような扱いで!』
アビニオンに頼んでいたのは、あの試験官ソーエイデスの動向を追加で探ることだった。
あの別れ際でもアイツが酷い目に合うのは決まったようなものだったが、それで安心してはいけない。
相手が破滅するなら、破滅したその瞬間を見届けるまでは気を緩めず、推移を慎重に見守るべきだ。
『ほんに主様は最強のくせに隙がないのう。そんなに負ける要素を徹底排除してどうしたいんじゃ?』
負けたくないんです。
『とにかく主様をコケにした人の子は、それ相応の罰を上から与えられるようじゃ。勝手な予備試験を実施した挙句のダンジョン消失の大惨事じゃ。ギルドから保有国へ莫大な慰謝料が支払われるのは不可避じゃし、その責任を負ってA級の称号剥奪もありえると』
「あらまあ」
『アイツとしては、それで済んだら軽い方という感じじゃったのう。まあ何にしろ、わらわの主様をバカにするヤツが酷い目に遭ってザマーカンカンじゃあ』
そう言うことならアビニオンに新たなダンジョン核を出してもらうのはもう少し先にした方がいいだろうか?
でもあまり隠しすぎると『なんで早く言わなかった?』などと責められる可能性もあるしな。
タイミングの難しいところだ。
『……いっそ潰したままにしておくというのもアリかもの?』
「いやないでしょ?」
さすがに不特定多数の人が損害を被るのは避けたいと思う程度に、俺は良識を備えた男なのだよ。
俺にもあるんだよ良識が。
『まあまあお待ちなされい。わらわとて何の理由もなく、そんなことを勧めているわけじゃないんじゃよ? ちゃんとゆえあってのことじゃ』
「なんだよ理由って?」
『ソーエイデスとか言ったかのう? あんな小虫の名など覚えおくのは魔神霊たるわらわにとって屈辱ですらあるが、主様のためであれば仕方ない。そのソーエイデスがのう、ジジイにこってり絞られてから部屋を出て行ったんじゃ』
そりゃあ話が終われば退出するだろうよ。
怒られてたんならそれこそ一刻も早く、そそくさ退散したいに違いない。
『おかしいのはここからじゃ。あの痴れ者、ジジイから「自室謹慎」を言い渡されておったのに部屋に戻らず、まったく違う場所に向かっていきおった。真っ直ぐにのう』
「ほう?」
『どこに向かったと思う?』
もったいつけるんじゃねーよ。
仕方ない。
「アビニオンさん、キミのお陰で俺たち大変助かっております。キミが万能なおかげであらかじめ避けることのできたトラブルは数知れず、アビニオンさんにはいくら感謝してもしたりません!」
『何じゃいきなり? 照れるのう?』
「ありがとうアビニオンさん大好き!」
『そーこまで言われたら仕方ないのう! わらわが掴んできたとびっきりのネタを披露してやるか!!』
ふう、面倒くさい。
『とは言っても口で説明するより実際見た方が早いじゃろう。今だヤツにはわらわの分身体を張りつかせておるから、ソイツの見た映像をこちらに送らせるがよかろう』
コイツ本当に便利にできているな。
何から何まで至れり尽くせりで、俺は安宿にいながらソーエイデスがどこで何をしているか手に取るように知れるということだった。
それでは行ってみよう。
映像スタート。
◆
「ふざけるなッ!!」
おおう?
アビニオンから借りた視界の映像、なんかいきなりバイオレンスなシーンから映像が始まったな?
「どういうつもりだ! こんな状況で私に会いに来るなど、私とお前の繋がりが表沙汰になったらどうする!?」
などと激昂しているのは……ゼムナント?
俺の母国センタキリアンの第一王子ゼムナントではないか?
そのゼムナントと、現役A級冒険者ソーエイデスが密談を交わしている?
「私との繋がりが知られたら困るとでもいうのか?」
「当然だ! お前は今や、ルブルム国有ダンジョン崩壊の戦犯だぞ! そんなお前と一緒にいて、私が犯罪の片棒を担いでいたなどと思われたら伯父上への覚えが悪くなるではないか! 本国での王位争いにも影響が出る!!」
二人が密談しているのはやたら豪華な内装の部屋。
広さも俺たちの止まっている宿屋の四倍はある。
いいとこ泊まっているなあ王族は。
「そっちこそふざけるなよ」
そう言ってソーエイデスは、ゼムナントの胸倉を掴み上げた。
王族に対して無礼この上ない仕草だが、既にアイツの目は血走っている。極限まで追いつめられた人間の、やぶれかぶれの目の色だった。
「元々はお前が持ってきた話だろう? 受験者の中に目障りなヤツがいる、ソイツを落とすように手心を加えてくれと……!」
「ひぎッ、ひぎぃいいい……ッ!?」
「相手は<スキルなし>だから工作は簡単だとも言っていたな? 私だって聞いた時には美味しい仕事だと思った。<スキルなし>一人を陥れるだけで、大きなクエスト一回分に匹敵する報酬を貰えるんだからなあ!」
やはりゼムナントとソーエイデスは結託していたのか。
レスレーザの婚約者である俺のことが目障りなゼムナント。俺を陥れることでレスレーザの足を引っ張りたいとでも考えたんだろう。
そのために試験官であるソーエイデスに接近し、袖の下でも握らせることによって手筈を整えた。
結果があの、理不尽さ満載の<スキルなし>限定ダンジョン脱出試験。
「しかしそのお陰で私は今や、A級冒険者の座から追われる寸前だ! ビステマリオのクソジジイは、ここであったすべて包み隠さずぶちまけるつもりだ! そうなったら私は無論のこと、アンタだって終わりだぞ?」
「な、なんで私が!?」
「お前なんかを庇い立てする義理が、私にはこれっぽっちもないからだ! 絶対に私一人では死なん、死ぬ時はお前も道連れだ! お前が私にやらせようとしたこと、私との取り決めを洗いざらい喋る!」
「そんなッ!?」
ゼムナントが顔色が真っ青を通り越して真っ白になる。
アイツは、センタキリアンの王子であると同時にルブルム国の王様の甥っ子だとか言っていたが、そんな立場の人間が国に大損害を与えたとなればスキャンダルだ。
ゼムナントは吊し上げを食らい、ルブルム王国との縁を切られかねない。本国センタキリアンでも王位継承レースで致命的な後れを取ることだろう。
裏工作の発覚は、身の破滅に繋がる。
「な、何とかキミ一人で罪を被ってくれないか? 相応のお礼はするから……!」
コイツ、クズだ。
すべてをソーエイデスに押し付けようとしている。
「絶対に嫌ですな。言ったでしょう、死なば諸共だと」
「そんなッ!?」
「我々は一蓮托生なのだ。死ぬも一緒、生きるも一緒。どういうことかわかるか?」
「?」
「どうせなら二人一緒に生き残る道を模索しようと言ってるんだ。……私は今夜にでも、あのリューヤとかいう<スキルなし>を襲うつもりだ」
「はあッ!?」
ほう、リューヤさんを……?
……俺のことだ。
「アイツを殺す。ダンジョン崩壊に直接手を下したのはアイツなのだから、みずからの責任を感じ自決した、などとしておけば事態を有耶無耶にできるかもしれん。アンタにとってもあの男がいなくなるのは嬉しいんだろう?」
「それは、そうだが……!?」
「アンタにはヤバい事実のもみ消しをお願いする。あくまでヤツみずから命を断ったように装うためにな。それから人数も出してもらおう。王子様なら信頼のおける手勢の十人ぐらい伴っているだろう?」
「そこまでしないといけないのか!?」
「グリンドもシーガルもセンテンスも、今日の試験で潰れて使い物にならん。何ほんの保険のようなものだ。現役A級冒険者である私が<スキルなし>などに負けるわけがないだろう?」
ううむ。
破れかぶれで闇討ちなどを企てようとは。
様子を窺っておいて本当によかったな。
さて、こんな彼らの密談もアビニオンのお陰でこちらに筒抜けというわけで……。
訪問くださることがわかったならしっかりとおもてなしの準備をしなければな。