51 登場、評議員
「なんだとおおおお……!?」
俺の視線を受けて、試験官ソーエイデスの表情が歪む。
怒りと殺意によって。
「私を倒す? 私を倒せると思っているのか<スキルなし>の分際でええ……!?」
「このザコの中じゃアンタが一番強いんだろう?」
「ザコだと貴様あああああッッ!!」
相手のボルテージがぐんぐん上がっていく。
もはやこのまま殺し合いになるしかない、と思われた矢先……。
「やめいッ!!」
制止の声が飛ぶ。
あまりにも張りのある、威厳のある声なので俺も相手も思わず止まってしまった。
「誰だ……?」
「ここは公正なるA級昇格試験の場であろう。ルール無用の修羅場として何とする?」
そう言って下りてくるのは……おじいさん?
禿頭にして髭も真っ白となった老人だが、その老いさらばえた面相に似合わず腰だけはピンと伸びているから衰えた印象を感じさせない。
むしろ気力に満ち、威厳を伴っていた。
そんな老人がコロッセオの観客席の階段を下りて、こっちへと近づいてくる。
どこから出てきたんだ。
「ビステマリオ評議員……!?」
試験官のソーエイデス、突如現れたおじいさんに向かって即、跪く。
この尊大な現役A級冒険者がこうなってしまう相手って、一体何者……!?
「恐れ多いぞ<スキルなし>! お前も評議員に対して礼を払わんか!」
「えッ!?」
「この御方こそ、世界中の冒険者ギルドを統括する評議会のメンバー! そのお一人であるビステマリオ評議員にあらせられるぞ!」
何それ偉い人?
よくわからないがとりあえず権力に媚びておこう、平伏。
「畏まらんでもよい。所詮評議員などキミら正規冒険者の上前をほんの少しくすねて、それで糊口をしのいでいるだけの寄生虫のような存在よ」
あッ、謙遜だ!?
謙遜するってことはいい人か? いや結論を急がず、もう少し推移を見守ろう。
「それよりもソーエイデスくん。この仕儀はよくないのう。うん、非常によくない」
「汗顔の至りです……!」
偉そうなこと留まるところを知らなかった試験官が、評議員が登場した途端、小さく縮こまる。
「ダンジョンが消滅するなどまったく想定していない事態です。評議会にもご迷惑のかかることは避けられないことと存じ、このソーエイデス、A級冒険者として恥じ入るばかりです」
「うむ」
「かくなる上は、直接犯行を働いたこの<スキルなし>を即座に処断し、冒険者ギルドの謝意を示すより外ありません! 何このような無能者、現役A級冒険者たる私にかかればすぐさま捻ってみせましょう。お見苦しいものを見せることになるやもしれませんので、ビステマリオ評議員はしばし離席を……!」
「それがよくないと言っているのだよ、ソーエイデスくん」
ビクリと、A級冒険者が震える。
「試験官はキミだろう? この試験で起きたすべてのことの責任はキミにある。それをどうして下っ端にすべてを押し付けるのかね?」
「あの……、直接手を下したのは……アイツで……!?」
「そうだとしても、だ。それに当の彼自身が言うことにも一理ある。そうしなければ……ダンジョンそのものを破壊しなければ合格できないような試験内容を設定した主催者側の落ち度ではないのかね?」
偉い人が俺の主張の方を認めてくれたぞ、わーい。
それに対して試験官の方は、主張が弾かれ顔中から汗を拭きだす。本当に『汗顔の至り』になっていた。
「もちろん、本当にダンジョン破壊できるなどと誰も夢にも思わないだろうがね。ましてそれを行ったのがスキルのない無能力者というのならなおさらだ」
評議員のおじいさん改めて俺の方を向き直り……。
「念のためもう一度だけ確認させてくれ。ダンジョンを破壊したのは本当にキミで間違いないのだな?」
「はい」
「どうやって?」
「最深部まで下りてダンジョンコアを打ち砕きました。こう……パァンと」
拳を虚空に突き出しジェスチャーする。
「アナタたちが信じたくないなら、それでもかまいませんよ。俺だってムキになって証明したいとも思いません。アナタたちの好きなように受け取ってください」
「いやいや気を悪くせんでくれ。ただ確認をしたかっただけなんじゃよ……!」
評議員のおじいさんは取り繕うように言って。
「それに、直接手を下したのが誰であれ、責任はその場の責任者に帰結するというキミの主張は正しい。すべての禍根は、最初から達成不可能な試験を課した試験官たちにある。評議員に無断でそんな試験を行ったコイツらにな」
「ひッ!?」
老人の一睨みに、現役の彼はすくみ上る。
「<スキルなし>だけを対象とした予備試験の実施など、ワシは聞いておらんが?」
「げ、現場の判断です……! より効率的な試験の進行のため、そうした方がよかろうと……!」
「バカの考え休むに似たり、じゃな。そもそもワシは先んじて、不当な差別意識を試験に持ち込むなと戒めておいたはずじゃが?」
そうだったんです?
「スキルの有無はもちろん、出身性別、思想の違いでも。あらゆる先入観を排し、実力と品格だけを判断基準に新たなA級冒険者を選び出せときつく言い含めていたはず。……それがなんだ?」
「も、申し訳ありません……!?」
「現地ではワシらがおらんから好き放題やれると思っていたんじゃろう。お忍びで訪れ、陰から見守っていて正解だったわ。当たってほしくない推測じゃったがのう」
ということはこのおじいさん、元からここに来る予定ではなかったのか。
現地では全権を試験官に委ね、思う通りにやらせるつもりだったが、どうにも不安に思って隠れて同行。
そうとは知らない試験官は自分の天下だと思ってやりたい放題。
それでとんでもないアクシデントを起こして右往左往のところに上司登場。
こんなにバツの悪いことはない。
「ソーエイデスくん、キミを新たな評議員候補にという声がどこからか出ているというが、幻聴だったようじゃのう。こんな粗忽者に評議員はとても務まらん」
「待ってください! 私は……!!」
「安心なさい、責任のすべてをキミに押し付けるつもりはない。偉い者が責任を取るという彼の主張が正しければ、もっとも多くの責任を負うべきは冒険者ギルドの頂点に立つ、我々評議員なのだから」
俺を一瞥しながら言う。
彼の主張って、俺の主張のことね。
「キミの軽率さを見抜けず試験官に据えてしまった評議会の過ちは捨て置けぬ。とりあえずルブルム国王へはワシから額をこすりつけて詫びてこよう。それで許してもらえれば御の字じゃがな」
「は……!?」
「そして本試験の受験者諸君。……数年に一度のこの機会に懸け、今まで培ってきたことをフルに発揮してきたことだろう。それなのにこうして不測の事態に陥ったことを申し訳なく思う」
評議員のおじいさん頭を下げる。
別にアナタ当人が悪いことじゃないのに……!?
「特に、現段階で一次試験を突破した者たちは、この先どうなるか不安なことじゃろう。せっかく順調に進んでいるのに、ちゃんと自分たちはA級になれるのかと。……その疑問もっともじゃ」
現在のところ、会場に残っているのは試験を続ける資格を残した受験者のみだ。
一次試験の乱闘を潜り抜けて残った、スキル持ちの受験者二十人前後。そして予備試験を突破して戻ってきた<スキルなし>の受験者全員。
<スキルなし>の俺たちは、ちゃんと本試験を受けられるかの段階で不安だが。
「安心なさい。スキルがあろうとなかろうと『不合格』を言い渡されていない者たちには引き続き試験を受けられることを、このワシが保証しよう。とりあえず一旦は事態収拾のために中断せざるを得ないが後日、必ず試験を再開させる」
その言葉に安堵の息がそこかしこから漏れ出る。
やっぱり事態が混迷しても、なりたいものはなりたいんだなA級冒険者に。
「ともあれ本日は一時中止じゃ。受験者の諸君はそれぞれの宿に戻って疲れを癒すがよかろう。……ソーエイデス」
「……は、はい……!?」
「ルブルム王へ侘びに行く前に、キミからじっくりと聴取したい。何故評議会の意向から離れて試験内容をいじったのか? その経緯を特にな」
「はい……!」
どうやら、あの試験官これからこってり絞られるらしい。
『ざまーねーな』と思わないではないが、こっちはやっぱり試験が無事続けられるかの方が気になるから手短に終わって欲しいことだな。
「リューヤさん」
「ノエム。……そうだな俺たちも宿に戻るか」
ダンジョンを経てノエムとの再会を果たし、ここでの用でもなくなったからさっさとはけることにする。
「ヒャーハハハ! 兄ちゃんよ! オレたちもテメエとはここでお別れだぜえええッ!」
「テメエとの冒険楽しかったぜええええッ!!」
「オレらも一応、試験に残れたみたいだし兄ちゃんのお陰よ! 一応礼を言っといてやるぜえええ!」
モヒカン先輩たちもお疲れ様でした。
後日また試験会場で会えるといいですね。
……しかし崩壊したダンジョンを元に戻すすべがあることを結局言えず仕舞いになってしまったな。
あのソーエイデスが窮地に立たされ続けるというなら、もう少し秘密のままでいいかもしれないが、あのいい人そうな評議員さんにだけでもこっそり伝えるべきだろうか?
そう考えていたら、あるものが目に入った。
闘技場の外側、観客席にいる数少ないというかたった一人の人物で、俺にも見覚えのある顔だ。
センタキリアン王国のゼムナント第一王子。
派手に登場しながら以降はほぼ空気だった彼。しかしそんな彼が表情を真っ青にしてこちらへ見入っている。
まあ、ダンジョンが崩壊したという事実を見せつけられれば顔色が変わるのも仕方ないだろうが……。
彼の鬼気迫る表情には何かそれ以外の理由もある気がしてきた。
何か気になるな……?