49 責任の所在
さて俺、ダンジョン核を破壊せんため単身下層へ。
最深部にはすぐ到達した。やっぱり床を抜いてくとすぐだな。
だから逆に上層へ向かったモヒカンさんたちが所定位置についてない可能性もあるから、ダンジョン核の前で待った。
「はーしかし、ダンジョン核ってクリスタルなんだなー」
しかも大きい。
こういうの部屋に置いたらインテリアになりそうだけど逆に邪魔になりそうだなって思うぐらいに大きい。
とか益体もないことを考えたら時間も過ぎて、仲間たちもスタンバったかな。
では決行。
ていッ。
ダンジョン核たるクリスタルはパンチ一発で粉々に砕け散った。
同時に前後上下左右が激しく鳴動しだした。
「これがダンジョンが崩壊する前兆か?」
ここからが脱出タイム。
急がねばさすがの俺も崩壊に巻き込まれて時空と共に消え去りかねない。
下降してきたのと同じ道を今度は上昇。
全速で駆け上がり……、大分余裕をもって……。
「エスケープ!」
思惑通りダンジョンの出口はもはや異空間の『穴』で塞がれてはおらず容易に脱出を可能とした。
外には……おお!
モヒカンさんたち三人を始めとした<スキルなし>の仲間たちが全員無事そこにいる!
ダンジョンは、最後の脱出者たる俺が出たあとしばらくして霞が晴れるようにして音もなく消え去った。
元々ダンジョンの入り口がポッカリ空いていた場所は、ただの地面と化していて掘っても土か岩盤しか出てきなさそう。
内部ではあんなに激しい鳴動が起こっていたのに。
これがダンジョン……なのか。
その不思議に感銘を受けるのは、とりあえず後回しにして……。
「試験官の指示に従いダンジョン脱出、成功しました」
ということは……。
「オレたち全員、合格だヒャッハー!!」
「「「「「「ヒャッハーーーッッ!!」」」」」」
嬉しさのあまりついにモヒカンさんたちの口調が一般受験者たちにも伝染した。
それはまあ、心が一つになったということで大目に。
「ふざけるんじゃありませんよッ!!」
皆で喜びを分かち合っているところへ無粋な金切り声。
何かと思ったら、見覚えのある痩せぎす男がいた。
試験官にして現役A級冒険者センテンス。
鬼の形相であった。
顔中のあらゆる箇所に青筋が浮かんで、そのどこからか今にも破裂して血が飛び出そうだ。
「アナタたち……、アナタたち何をしたかわかっているのですか……!?」
声音から感じ取れるのは表情と同様、濃厚な怒気。
何をしたか、だって……?
「全力をもって試験に臨みました」
「そんなことどうでもいい!! お前たちはダンジョンを破壊したんだぞおおおおッッ!!」
ついに口調が無茶苦茶になった。
余裕ぶったエセ紳士の態度も欠片もない。
「お前ら、ダンジョンがどれだけ大事なものかわかっているのか!? ダンジョンからは、そこにしか発生しない鉱物や、植物や、モンスターの身体部位! どれもこれも重要な産業なんだよおおおおお!!」
そういやそんなことをどこかで聞いた覚えがあるな。
「そんな街のダンジョンを消しちまったら街の経済が停滞する大問題に発展しちまうだろおおおおおッ!?」
「そーですね」
「何だその態度は!? 責任取れるのか!? ダンジョンが消え去って多くの産業が潰れて、地元の冒険者もクエストの当てを失う! 何百人という住民が職を失って路頭に迷う責任が取れるかって聞いてるんだああああッ!?」
「そーですね」
「真面目に答えろやあああああッ!?」
「そーですね」
ふむ。
では真面目に答えるとしよう。
「どうして俺たちが責任を取らなければならないのでしょう?」
「何言ってんだ! ダンジョン核を砕いてダンジョンを消し去ったのはお前らだろうがあああッ!?」
「たしかに直接手を下したのは俺です。しかしそれをさせたのはアナタです」
「ああッ!?」
試験官さんアンタは、俺たちをダンジョンの奥底に落とし、脱出することを目標に試験を設定した。
俺たちは指示に従って出口を目指したよ。
でもアンタは、自分のスキルで出口を塞ぎ、異空間の『穴』でダンジョン下層部へ強制的に戻るように仕立てた。
「<スキルなし>の俺たちじゃ、アナタの異空間スキルを無効化する術がない。だから別の脱出手段を講じたまでです」
「それがダンジョンを崩壊させることだと……!?」
「ええ、事実アナタは崩壊するダンジョン内で異空間スキルを維持できなくなり、見事脱出が叶ったでしょう?」
アンタは言ったよな?
――『私はキミたちを信じていますよ』
――『たとえ達成不可能な課題といえど、私の想像を越える方法でクリアしてくれるとね?』
と。
「俺たちはアンタの信頼に応えた。賞賛されこそすれ、非難されるいわれはない。俺たちはアンタの指示と期待に従って最善を尽くしただけなんだから」
「そんな……、じゃあこの大被害の責任は誰が……!?」
「そりゃあアンタでしょう?」
「あぁッ!?」
俺たちはアンタの用意した試験に臨み、アンタの示した目標に向かってひた走った。
アンタに求められ知恵を絞り、そして捻り出した一策が『ダンジョン崩壊』だった。
「アンタも試験官であるからには、自分の出した試験の模範解答ぐらい用意してたんだろう? 異空間スキルで出口の塞がれたダンジョン。その脱出方法はダンジョンそのものを壊すぐらいしか方法はないよな?」
「いや、バカな、そんな……!?」
「試験官であるアンタも、俺たちがダンジョンを壊す可能性を模範解答として予測していたはずだ! その上で試験を決行したってことは『ルブルム国有ダンジョンが消え去ってもかまわない』という判断をアンタが下したってことだ!」
それとも何か?
まさかアンタは、俺たちが試験をクリアできないという想定の下に試験を行ったのか?
そんなわけないよなあ?
絶対クリアできない試験を設定するなんてそれは試験官失格だよなあ!?
「いわば俺たちは、アンタから間接的に指示されてこのダンジョンを消し去ったってことになる。だから責任はアンタが取るべきだ。そもそも責任を取ることは偉いヤツの仕事だよな試験官さん!?」
「いや、いや……!」
「こういう時のためにアンタは常日頃から偉そうにふんぞり返ってるんだろう!? 現役A級冒険者の試験官さんよ! 今こそ大層な肩書に見合った仕事をする時だ!」
周囲から飛ぶヤジ。
「そうだそうだ!」「兄ちゃんの言う通りだ!」「オレたちに無茶な試験をさせといて」「都合が悪くなったら逃げるなんて許さねえぞ!!」「現役A級のメンツを立てろよ!」「ヒャーハハハ!」
ヤジを飛ばすのは、俺と共にダンジョンから這い上がってきた<スキルなし>の仲間たち。
モヒカンさんたちも一緒だ。
彼らだって<スキルなし>というだけで追い込まれた不当な苦境に心底頭に来ている。
この上責任まで押し付けられたら溜まったものではない。
「ひぃ……! ひぃ……!?」
痩せぎすの試験官は、もはや反論の言葉も見つからず珍妙な吐息を口から吐き出すだけだった。
泡も噴いている。
「知るか……、知るかあああああああッッ!!」
そしてハジけた。
「知るかこんなこと! 元々私だって嫌だったんだ! お前らみたいなゴミどもの担当試験官なんて! ソーエイデスが私に押し付けてきたのが悪いんだあああああ!!」
もはや恥も外聞もなくわめきたて、自分以外の誰かに責任転嫁。
現役A級の威厳などあったものではない。
「そうだ! 本試験の筆頭試験官はソーエイデスなんだからアイツが責任を取ればいい! 闘技場に行ってすべてアイツに報告したまえ、私は知らん! いやもっと言えば、こんなくだらん試験を開催した冒険者ギルドが悪いんだ! アイツらが責任をとれ! 私は悪くない! 私は悪くないいいいいいッッ!!」
「あっ」
痩せぎすの試験官は、急に走り出したと思ったら、次の一歩で地面に開いた『穴』にみずから落ちて消失した。
「……逃げたな」
あれは彼自身の異空間スキルによるもの。きっと次元を飛び越えどこか離れた場所へといったのだろう。
「ど、どうしたもんだろう?」
「あの試験官が言ってたじゃん。より偉いところへ持って行って裁可を仰ごうぜ」
責任も判断も偉い人がすべきだからな。
俺たちは断じて放棄するぞ。俺たちは一介の受験者で<スキルなし>なんだからなッ!
今回から隔日更新です。次の更新は12/5(土)20時の予定です。