04 攫われた少女
奴隷商は、遺言を残す暇もなく赤い染みとなって地面にこびりついた。
とりあえずこれで俺の周囲から悪党は全員消えたはず。それでも後始末が残っている。
奴隷商が乗ってきたのであろう幌馬車には、奴隷とするために囚われた人が乗っている……いや積まれているのだろう。
早く助け出して自由にしてやらなければ。
そう思って幌の中に入り、周囲を窺ってみると……。
……やっぱりいた。
隅の方に縮こまって震えている女の子が一人。
両手両足を枷で繋がれ動けないようにしてあり、猿ぐつわで声も封じられている。
意外にも『積み荷』は彼女以外見受けられなかった。
もっとギュウギュウに詰め込まれているかと思ったが……?
「怖がらなくていい。偶然通りかかった者だが、外の悪いヤツは全部俺がやっつけておいた」
恐怖で蒼白となっている少女。
落ち着かせるために優しく語りかける。
「これからキミの拘束を解くけど、暴れたりパニクッたりしないでくれよ。いやホントお願いします……!」
断ってから口にはまった猿ぐつわを解き、枷は力任せに破壊する。
『どっかに鍵があるだろうから探して出して解錠すればよかったんじゃ?』と壊してから思った。
女の子は拘束を解かれすっかり自由の身になった。
やつれた顔色をしているが、奴隷となる危機から脱することができるという実感がわいたのだろう。
少しずつ表情に感情が湧き出してくる、両目からボロボロ涙がこぼれ、顔にくしゃくしゃの皺が寄る。
「うぇ、うぇえええええええ……!!」
自由になった手足で彼女が最初にしたことは、泣きながら俺に抱き着くことだった。
「よしよし。怖かったな、心細かったな……」
見たところ十代半ばと言ったような年齢。
そんな若さで見知らぬ男たちにかどわかされたとあってはさぞかし怖かっただろう。
俺に出来ることは彼女が落ち着くまでじっとしていることぐらいであった。
あんまり長い間は困るけど。
しかし少女は賢いのか芯が強いのか、ほどなく涙を収めて俺の体から離れる。
「あの……、ありがとうございます」
少女は泣いて枯れ声でありながらもしっかり言った。
「アナタが私を助けてくれたんですよね? その……人攫いさんたちをやっつけて?」
「んー、まあそうなるかな?」
「あの人たち言ってました。『こんなにいいスキル持ちで若い女ならいくらでも買い手がつく』って。もしあのままだったら私……私……!」
そして止めたはずの涙がまた溢れ出る。
仕方なかろう。奴隷商に売り払われたあとの人生を想像したなら。
「キミがどうしてここまで来たのか聞いてもいいか?」
「は、はいッ! ……あの、私つい何日か前に祝福の儀を受けて……」
「ということは十四歳か」
今となっては懐かしい。
俺自身も受けて、絶望の淵へと叩き落された祝福の儀。
成人であると認められて神からスキルを授けられるための儀式。
でもそれが奴隷商にさらわれたことと何の関係が?
「それで私、スキルを貰うことができました」
「そ、それはおめでとう……!」
「しかもただのスキルじゃなくて、なんだか凄いスキルらしいんです。それがわかって周りが騒ぎ出して。私が住んでいたのは小さい村だったんですけど皆いつもと違う雰囲気で、目が血走ってて……!」
「…………」
何やらわかる気がした。
この世界では人間の価値=ソイツの持っているスキルの価値だ。
スキルを与えられなければ最底辺の人間だし、逆によいスキルを持つことができれば特別扱いされ、有望な前途が約束される。
それは俺自身が祝福の儀を受けた時に、まざまざと思い知らされている。
「それで何日もしないうちに……。私が家で寝ていたら突然誰かから押さえつけられて。抱え上げられてどこかに運ばれて……!」
「家の中で?」
それをやったのが奴隷商とその手下たちということなのだろう。
ヤツらの魂胆はある程度想像がつく。
人間の価値=所有スキルの価値なら、強力なレアスキルを持った人間はそれこそ値千金だ。
奴隷として売り払えば、よく知らんけどまあ大金が舞い込んでくるのはたしかだろう。
ヤツらとしては、この少女がダイヤモンドに見えたのではないだろうか。
「そうか、なら俺がキミの村まで送ってあげよう」
助けたからには最後まで責任を持たねばな。
どうせ急ぐ理由など持ち合わせぬ俺、ぶらりと諸国漫遊しても支障はない。
回り道もどんとこいだ。
「…………いや」
「どうした?」
「帰りたくない……村に、帰りたくないです……!」
怯え震える少女。
彼女の言うことが理解できないかと思ったがすぐ納得いった。
彼女は自分の家で就寝中に連れ去られたという
本来もっとも安心できるはずの場所、安全であるはずの時間に。
彼女の持つスキルで相当揉めていたという村。そもそも奴隷商がどうやって彼女の存在を知ったのかも謎だ。
まあ容易に想像はつくんだが。
そして彼女の家まで押し込み、他の家族に被害が出ていなかったとしたら。
奴隷商を引き込んだのは他でもない。
「あの……私、ノエムっていいます」
「え? 何?」
ああ名前か!?
そういや自己紹介すらまだしていなかった!
おっす! 俺リューヤです!
「リューヤさんは、これからどこに行くんですか?」
「え?」
「あの……、一緒に連れて行ってくれませんか!? 何でもします! できるだけお役に立ちますから! どうか一緒に!」
縋りついてくる少女ことノエム。
人生の大半を共に暮らしてきた同じ村の人々を、家族を、信じられなくなっているのだ。
スキルは、人生を狂わせる。
そのことを知っていたつもりではあったが、こんな形もあるとはな。
「……俺はこれから自分の生まれた街に戻って、冒険者になろうかと思っている」
「冒険者……?」
「ギルドからクエストを受注して、その報酬で食っていく者たちのことだ。実力がすべてで危険の伴う仕事だが、だからこそ実力さえあれば他に何もなくても食っていける」
本来ならこんな小さく頼りない少女に絶対お勧めできないが……。
一村が大騒ぎになるほどレアなスキルを所持しているというならやっていけるかもしれない。
身の振り方を考える一時の間でもいいし、最悪俺の稼ぎで養ってもいいか。
「な、なります! 私も冒険者になります! リューヤさんと一緒に街に行かせてください!」
これも行きがかりの縁というヤツか。
どっちにしろこんなところに女の子を置き去りにするわけにもいかないし、街まで連れて行くのは当然のことだな。
「わかった。一緒に行こう」
「は、はい!」
女の子……ノエムは心底嬉しそうに言った。
彼女と会ってから初めての明るい表情だった。
「なら急ぐか。思わぬ道草を食ったから日が暮れるまでに時間がない。さすがに女の子を野宿させるわけにはいかないし」
「だ、大丈夫です! 村にいた時はよく木の実を拾いに森に入ってましたし! 草の上でも寝られます!」
「いや、それだけが不都合でもないので……」
曲がりなりにも会ったばかりの男女二人きりで夜を明かすのは……。
……ね?
「大丈夫です!『何でもします』と言ったからには何でもします!」
「なんでそんな体を張るの?」
しかし俺の方が、そんな彼女の覚悟を受け止めきる自信がないのでさっさと街を目指すことにした。
実際のところ、修行で強化された脚力でパッと走ったらパッと着いた。
ノエムのことを抱えていく必要があったが、それぐらいは役得ということにしておいてほしい。
◆
そうして辿りついた。
街へ。
五年ぶりの帰郷だが、案外と感慨的なものは一切湧いてこないな。
「じゃあ、冒険者ギルドへ行くとしよう。場所が変わっていなければこっちだ」
「は、はい」
ノエムは、初めて大きな街に来たのか圧倒されるように周囲をキョロキョロとしていた。
「あのリューヤさん……!? あそこの大きな建物は……!?」
「お城だよ。一応ここ王都だし」
「お城!? じゃああそこに王様が!?」
「いるんじゃないかなあ?」
実際に城に入って王様にあったことがないから知らん。
スキルもない一般庶民の俺には一生縁のない場所だろうしな。
それよりも地に足着けたことを考えようではないか。
ギルドへ行くぞギルドに。