48 無限ループからの脱出
「出口だー! やった出口だー!」
一緒に進んできた受験者たちで、経験浅いルーキーめいた子から我先にと出口へ向かう。
「ちょっと待て! 何か変だ!」
「待てコラ! なんか変だぞヒャッハー!!」
ベテランのモヒカンたちまで不審を感じているのだから間違いない。
案の定、出口を潜り抜けたと思った若手冒険者たちが、闇の中に消えた。
「闇!? なんで!?」
ダンジョン出口が闇に包まれている。
出口なんだから普通明るいはずでは? ダンジョンの内側より外側の方が明るいに決まっているだろう!?
「いやそれより、この暗くて深い感じ見覚えがあるような……!? しかもつい最近触れたような……!?」
「さすが兄ちゃん、カンがいいな……!?」
モヒカンさんたちも俺と同じ見解のようだ。
俺たちをダンジョン深部まで落っことした試験官のスキル<デジョン・スポット>。
あのスキルが開ける時空の『穴』は、その奥底が真っ黒な暗闇だった。
ダンジョン出口を覆う闇は、その奥底とソックリなのだ。
「するとこれも……あの試験官が作り出した『穴』!?」
「通路を隙間なく覆ってるぞ! これじゃあ迂回することもできねえ!?」
そして出口に行くにはこの通路を通るしかないってことだから……実質的に閉じ込められたってことじゃないか。
「兄ちゃん! 今はグダグダ考えてる暇はねえ! 突入しよう!」
「突入するんですか? あの『穴』の中に!?」
「既に『穴』へ飲み込まれたヤツもいるんだ! 速いとこ合流しないと、モンスターハウスにでも放り込まれてたら助からんぞ!」
たしかにモヒカンさんたちの言う通りだ。
ダンジョンで一番怖いのは仲間とはぐれてしまうこと。
仲間を助けるためなら躊躇わずみずからも死地へ飛び込める、それを『バカ』と言う者に冒険者は務まらない。
という話をどこかで聞いた。
俺たちも躊躇わず、消えた仲間たちを追って『穴』へと飛び込んだ。
◆
「……ぐえッ!?」
時空の穴を通って落ちた先は……やっぱりダンジョン内部。
最初に落とされたのとまったく同じ地点だった。
「スタートに戻ったってことか……?」
「全員いるか点呼取るぞー?」
モヒカンさんたちが手早く全員いることを確認する。
皆無事でよかったが、だからこの酷すぎる状況の実感が湧いてきた。
「無限ループじゃないか……!?」
ゴールしようとした瞬間、スタートに戻される。
時空を操るスキル持ちならではの所業だが、これではいつまで経ってもゴールできない。
同じ場所を何周もグルグルするだけではないか!?
「わかったことは一つ……合格させる気はねえってことだ」
モヒカンさんの一人が言った。
「試験官は、オレたちを誰一人として合格させるつもりはない。そうでなきゃこんな達成不可能な課題を用意するかよ」
『そんなことはありませんよ?』
また上から声が響いてきた。
見上げるとダンジョンの天井に、また伝声管代わりの『穴』が開いている。
異空間スキルの使い手センテンスとかいう試験官だ。
『私はキミたちを信じていますよ、たとえ達成不可能な課題といえど、私の想像を越える方法でクリアしてくれるとね?』
「白々しい!」
『本心ですよ。アナタたちは<スキルなし>の底力を見せてくれるのではなかったのですか? スキルがなくても、スキルのある私たちをやり返せる。それぐらいの気概がなければ<スキルなし>にA級の資格は与えられませんねえ?』
白々しい。
コイツの真の意図は明らかだ。絶対不可能な課題で<スキルなし>を完全排除。
もっともらしい理屈で、自分の行為を正当化しているだけ。
『アナタたちの「諦めない心」とやらに期待しましょう。もっともアナタたちは気負わず、すぐにギブアップしていただいてかまいませんので。救助班はいつでも出動OKですのでね?』
そこまで言うと『穴』は閉じて、通話終了。
完全に舐め腐ってばかりの通告だった。
「連中が<スキルなし>を見下してるのは前からだったが……、ここまで露骨な排除行動に出るとは……!?」
俺のせいかもしれない。
今日の試験会場にはセンタキリアン王国のゼムナント王子が来ていた。
レスレーザの縁者である俺は、アイツにとって目の敵。きっと試験官に言い含めて排除しようとしているに違いない。
その巻き添えで<スキルなし>の仲間たちまで試験を落とされては申し訳ない。
いつの間にか仲間意識芽生えとる!?
「……仕方ない、ここはギブアップを宣言して……!」
「!? ダメですよ、A級冒険者になることを諦めるんですか!?」
「冒険者にはな、撤退する勇気も重要なんだぜ。とにかくまずはここを出て、この理不尽な試験内容をギルド評議会に訴える。それが一番望みがある」
さすがにモヒカンさんたちは完全に屈するつもりはないらしいが、それでも他に手段はないだろうか?
反撃の前段階だとしても、ポーズだとしてもヤツらに一度たりとも屈したくない。
……ん?
何だどうしたアビニオン? 通信か?
え? アドバイス?
「同じ順路を繰り返し行くにしても、体力気力は一周目より二周目の方が確実に厳しい。アイテムもけっこう使っちまった。オレたちや兄ちゃんはまだまだ大丈夫だろうが、もう二周目だってヤバい受験者もいるはずだ」
「弱いヤツの立場に立ってこそ冒険者だぜ。ここは極限状況での選択を訓練すると思って……!」
極限状況での選択なら、より過酷な方を選ぼうではないか。
「俺は、下に向かいます」
「「「は?」」」
唐突な俺の宣言に、首を傾げるモヒカンさんたち。
「何言ってんだ? 追いつめられてヘンになっちまったか?」
「ダンジョンの出口は上にしかないんだ。下に行ったってあるのはダンジョンの底だけだぜ?」
「逆張りカッコいいなんて思うのは十代前半までだぜ?」
完全に可哀想なヤツに対する視線を向けられてる。
しかし違うんだ。ちゃんと考え合ってのことなんだ!
「用があるのはまさに、ダンジョンの底です」
「はい?」
「あるんでしょうダンジョン核が」
さっきアビニオンが通信で教えてくれた。
ダンジョンの底にはダンジョン核というものがあって、ダンジョンを発生させている大元。
それがあるからこそダンジョンは生まれ維持される。
「そのダンジョン核を破壊すれば…………ダンジョンは崩壊する」
「おい、お前まさか……!?」
「ダンジョンというのは空間のひずみで、崩壊する際は次元が大きく歪みます。人間程度のスキルで開けた『穴』なんか、とても維持できない」
崩壊のドサクサに紛れてダンジョン脱出。
これが俺の立てたプランだ。
「無茶すぎるだろうが! ダンジョン核を破壊するなんて簡単に言うが、それがどんだけ難しいかわかってんのか!?」
「核は必ずダンジョン最深部にあるんだ! 各ダンジョンによって程度は違うが、どんなに浅くても地下二十階は潜らないとたどりつけねえ!」
「そこに辿りつくまでモンスターの襲来もある! A級冒険者だって最深部に辿りつくのは不可能だって言われてるんだぜ!?」
皆俺のことを心配してくれるのか。
有り難い。
そんな人たちだからこそ一緒に合格したい。
「大丈夫」
俺はおもむろにダンジョンの床を殴りつけた。
ズガドォン! とノエムがエンチャント棍棒で殴りつけるよりも豪快な破砕音が鳴り響き、ダンジョンの床底が抜けた。
「床が……貫通……!?」
「下の階層が見える……!?」
レベル八百万ほどである程度本気で殴ったらこうなる。
「この調子で床を殴り続けたら最下層なんてすぐですよ」
「冒険者にあるまじき力業での解決!?」
俺が下へ潜ると同時に、モヒカンさんたちは仲間を連れてもう一度、上へ。
そして出口の手前で待機していてほしい。
核を壊し、ダンジョンが崩壊して時空が歪み、試験官が『穴』を維持できなくなったら即座に脱出してほしい。
「でも兄ちゃん、お前さんはどうするんだ?」
「核を破壊するってことは崩壊時に、最深部にいるってことだろう? ちゃんと脱出できるのか? 下手したら崩壊に巻き込まれて……!?」
大丈夫。
そんなヘマするレベル八百万の俺ではありません。
「『<スキルなし>でA級冒険者になりたかったら』『バカになるしかない』でしょう?」
バカなら多少の無茶ぐらいしなくてどうします?
そう言うとモヒカンさんたちは不敵に笑った。
「ヒャーハハハ! まったくその通りだなあ!」
「テメーにもモヒカン魂ってのが宿ってきたんじゃねえかああッ!?」
「早速テメーもお揃いのモヒカンにしようぜえええッ!?」
御免蒙ります。
この人たちのアホな部分を突いて意見を押し通すことができた。
計画が決まったらあとは実行あるのみだ。
ここから隔日更新に移ります。次回の更新は12/3(木)になりますのでよろしくお願いいたします。