47 進撃の<スキルなし>軍団
引き続き俺は、アビニオンの視覚を通し地上の様子を窺っていた。
正確にはノエムが無事かどうか……いや、ノエムの無双の様子を……?
嗅覚と視覚を封じられた上に、それらの感覚に凄まじいストレスをかけられた猫女シーガル。
それによって身動きの取れなくなってしまった彼女に、ノエムは無慈悲に棍棒を振り下ろす……。
……ということはさすがにしなかった。
代わりに打ち付けられた、シーガルの頭部から僅かにズレた地面。
ドゴォン! という打撃音と共に無数の太長い亀裂が走った。
「うひぃッ!?」
あまりの衝撃に、恐怖の声を漏らしたのは誰か。
振動した地面がもうもうと土煙を上げた。
「今度は外しませんけど、どうします?」
「んにゃああああッッ!? 降参にゃギブアップにゃ! だから叩きつけるのやめてにゃああああッッ!?」
衝撃だけでも致死的であると気づいたのだろう。
哀れな猫女は目と鼻を抑えつつ形振りかまわぬ命乞いをするのだった。
「こんなもん頭に食らったら確実に潰れたザクロになるにゃあああ! 重さが三百倍とはデタラメすぎにゃあああッッ!?」
「まだまだ改良の余地がある試作品ですけどね」
微笑みながらノエム、みずからがエンチャントを手掛けた棍棒をブンブン素振りする。
そのたびに周囲から『ひッ』と恐怖の吐息が漏れるのだった。
「あの小娘! 調子に乗りやがって!」
他の区域で乱闘していた他の現役A級=試験官、面子を潰されたとばかりに憤慨するが……。
「やめろグリンド」
「しかし、ソーエイデス……!?」
「敗れたシーガルが悪いのだ。所詮<獣化>は条件付きAランクのスキル、SSSランクの<錬金王>の足元にも及ばないということだ」
リーダー格の試験官が止めなければ、ノエムは確実に第二第三の敵に襲われていただろう。
さすがの彼女もそうなっていては押し潰されていた可能性が強い。
リーダー格がノエムへと向き直る。
「ノエムくんだったね? キミはもうこれ以上計る必要はなさそうだ。一次試験を合格とするので、隅の方で座って休んでいなさい」
「わかりました」
「キミのような優良なスキル持ちが受験してくれて大変嬉しく思う。合格の暁には、共にA級冒険者として励んでいこうじゃないか」
優しげな声で語り掛けるリーダー格の試験官。現役A級冒険者ソーエイデス。
もはやノエムがA級に合格したかのような口ぶりだ。
しかしそんな彼へノエムの態度はあくまで冷淡。
「……スキルって、そんなに大事なものですか?」
「うむ?」
「私は自分のスキルが嫌いです。大嫌いです。私がスキルを授かるまでの穏やかだった日々は、スキルによってすべて破壊されました」
あまりにも優良すぎるスキルを授かったことによって人買いに捕まり、奴隷として売り飛ばされる寸前だった彼女。
それ以前にも様々な苦しみが彼女に会ったことが、これまで一緒に行動した端々で窺える。
「スキルに翻弄されるばかりだった私の人生を変えてくれた人がいます。<錬金王>スキルなんかよりも、あの人と出会ったことが私の最高の幸運です」
「すまないが……キミが何を言いたいのかわからないな?」
本当に理解できず、困惑の極みにある様子のソーエイデス。
「スキルなんかよりも大事なことはいくらでもあるってことです。それに気づかなかったらアナタはそのうち……破滅しますよ」
そこまで言うと、あとは何も言わず踵を返し相手から離れていくノエム。
指示通り乱闘から離れて待機するためだろう。
『よい啖呵じゃのう。ノエムは見るたび成長していって見てて飽きんわい』
俺の頭にだけ響く声で感嘆するのは魔神霊アビニオン。
彼女が陰ながら見守ってくれているおかげで、俺も外の映像をこうして通信できている。
『ノエムはしばらく心配いらんじゃろう。まあ仮に何かあったとしても、わらわがすべての敵に厭離穢土からの解脱を促してくれるがな?』
そうだね……。
アビニオンが見守ってくれるからノエムに関しては完全に安心できるんだけど。
それでも気になってこうして覗き見してしまうのが俺だ。
『過保護もこの程度にして、主様は自分の課題を済ましたらどうかの? まあアクビ交じりでできる、ごく簡単な課題ではあるがのう』
そう言うなって。
アビニオンの言う通り、あまり不真面目な受験態度もアレだからそろそろ本腰入れるか。
ノエムのことは引き続きアビニオンに任せて……。
俺は自分の意識を自分自身の感覚へと引き戻した。
◆
「おうッ」
ここはダンジョン内。
一塊の集団となって出口へ向けてひた走る。
ダンジョンの奥底に落とされた俺たちは、ここから脱出することが当面の目標だ。
「ヘイヘイヘーイ! どうしたんだ兄ちゃん!? さっきから心ここにあらずって感じだったぜ!?」
並走するモヒカンの一人が呼びかけてくる。
現状では目的を共有する仲間だ。
「ダンジョンでボサッとしてたら死ぬぜええ! 学生気分が抜け切れてねえんじゃねえかああ!?」
「その通りだな、すまん」
モヒカンの言う通りなので素直に謝った。
「疲れて気力が途切れてるんじゃねえかあああ!? 飴舐めるか? 塩舐めるか? 適度な栄養摂取は冒険に不可欠だぜええええッ!」
そして優しい。
見回せば、全部で三人いるモヒカンのうち、他の二人も気遣いを最大限に発揮している。
「先頭のヤツらぁペースを落としなぁ! 体力の少ないヤツが速度を落とし始めてるんだぜぇ!」
「全員で脱出することが目標なんだからなぁ! しんがりはオレに任せなぁ! 後方からの不意打ちを完全にシャットアウトしてやるぜぇ!」
本当何なのコイツら?
優しい上に頼りになる。実際スタート地点から大分上ってダンジョン出口に近づいたけれど、それまで一人の脱落者もないどころか怪我人すらいないのは、このモヒカンどもの完璧なケアのおかげだ。
冒険者歴も長く、A級昇格試験にも何度も挑戦しているというのでベテランということだろう。
経験豊富で実力も伴っているから、こういうアクシデント状況ではとにかく頼りになる。
その上思いやりがあって一緒に進む受験者を気遣ってくれるから、実力不足の者もいることはいるがお陰でついてこれている。
問題はモヒカンな外見とヒャッハー口調。
「なんで率先して悪ぶろうとしてんの!?」
「直球で聞いてきたなー」
先頭で並走するモヒカンの一人に尋ねる。
「テメエも同じだからわかるだろう?<スキルなし>ってのはな、とにかく舐められるんだよ! 押しが弱いと際限なく絡まれてタカられるからキリがねえ!」
それは……!?
たしかにわかる……!?
「それを防ぐにゃー、こっちから最大限に威嚇するのが一番ってことよ! ケケケケケ! たとえ<スキルなし>でも頭がブッ飛んでると思えば誰も好んで近づいたりしねえ!」
「そんな理由が……!?」
こんなアホみたいな外見にそんな理由があったとは。
「お前さんもわかるだろう<スキルなし>がこの業界で生きていくことの厳しさをよ?」
急に声が渋くなった!?
「オレだって苦汁を舐めてきた。踏まれ蹴られてばかりの冒険者人生、なんでこんな苦しいこと続けてんだって思うぜ? それでもやめられねえ<スキルなし>でもA級冒険者になれるって見せつけてやるまで辞められねえ!」
この人たちも<スキルなし>。
生まれ持つはずのものを得られずに、ずっと苦労してきたことは察せられて余りある。
それでも絶望することを拒否し、ベテランの域に達するまで生き延びた姿がこれ。
希望を失わずに走り続けるモヒカン……!
「ヒャーハハハ! つまりよぅ<スキルなし>でA級冒険者になりたかったらバカになるしかねえってこったあああッ!」
「今年こそ! 今年こそ! A級冒険者になってやるぜヒャーハハハ!」
「ヒャッハー!!」
本当にアホかと思えるモヒカンたち。
しかしアホな外見に似合わず、冒険者の行動としては的確そのものだった。
「そこのテメエ! 息が乱れてるのにペース上げすぎだぜ! 自分の疲れ具合って案外わかりにくいものだって覚えときなヒャッハー!」
「おらぁ! モンスターとの戦いで一番怖いのが不意打ちだぜ! 常に仲間同士で、視界をカバーし合うのを心掛けるんだヒャッハー!」
「水を飲みすぎだ! ダンジョンじゃどこで水補給できるかわからねえんだから、感覚よりも時間配分に従って飲むんだぜ! 仕方ねーからオレの水筒を分けてやるよヒャッハー!!」
ヒャッハー煩い。
とにかく、この三人のモヒカンがベテランぶりを発揮してくれるお陰で、俺たちは安定してダンジョンを進むことができた。
おッ、また敵だ。
ワンパンクラッシュ。
「またあの兄ちゃんがパンチ一発でモンスターを粉砕したぞヒャッハー!?」
「ボーっとしてた時からずっとそうだよ! 前から出てくる魔物ほとんどあの兄ちゃん一人で倒してるぞヒャッハー!?」
「お陰で移動ペースが速い速い! あの兄ちゃんのお陰で安定して進めすぎだぜヒャッハー!」
とにかく順調だ。
◆
「兄ちゃん、そろそろ出口だぞ! もう三十歩圏内ってところだなヒャッハー!」
「なんでそんなに詳しくわかるの?」
「ベテラン舐めんじゃねえ。大抵のダンジョンは潜って構造を頭に叩き込んでるんだ! このルブルム国有ダンジョンも同じよ!」
モヒカンのベテランが頼りになりすぎる。
もはやモヒランもしくはベテカンという感じだ。
そして彼らの言う通り、十歩も進まないうちに見えてきた。
このダンジョンの出口が。
あそこから出ればもう外で、試験官たちが強いてきた予備試験も突破ということだ。
しかしいや待て?
あのダンジョン出口、何かおかしくないか?