46 ノエム大金星
魔神霊アビニオンが、その万能の力でもって映像を通信してくれる。
自分がその場にいないのに、いない場所の風景を観察できるというのも実に不思議で、だからこれから語られる場面には俺はいない。
しかし俺の視点で語られていく。
◆
そこは相変わらず、ルブルム王都にある闘技場らしい。
既に大乱闘が繰り広げられていた。
これが正規の受験者(スキルを持っている冒険者)が受けさせてもらえる試験の本戦らしい。
場に残った受験者たち……恐らくは全員スキル持ちなのだろうが、そんなこと関係なく蹴散らされている。
試験官を名乗っていたA級冒険者たちに。
大男と美少女と、リーダー格の壮年。
最初に出てきた四人のA級冒険者のうち三人が大暴れして受験者たちを右へ左へ吹っ飛ばす。
その光景は蹂躙そのものだった。
何やってんだアイツら? と俺は映像を届けてもらって首を捻ることしかしない。
『単純な篩かけのようじゃのう』
アビニオンが解説者然として言う。
『あやつらの猛攻に耐え抜いて、見込みのあるヤツだけが次の段階に進める。この段階で十分の一ぐらいに人数を絞り込む算段のようじゃ』
第一段階でめっちゃ減らすなあ。
ちょっと雑すぎやしませんか。
そして<スキルなし>の俺たちがダンジョン脱出の予備試験にもがいている間にガンガン進めすぎてやしませんか?
『こりゃあやつら、主様を待つ気など欠片もないようじゃのう?』
やっぱりそうか!?
<スキルなし>の俺たち全員、ダンジョン内で力尽きるのを織り込み済みにしてやがる畜生め!
だから無視して試験本戦をガンガン進めていけるわけだ!
『まあ主様は、確実に戻ってこれるから気にせんでよかろ? それよりも問題はあの子じゃなあ』
あの子?
『ノエムじゃ』
そうだ、そもそもノエムが気にかかるからアビニオンに通信して映像を送ってもらっているんじゃないか!
ノエムはどうしているんだ? 無事か!?
送ってもらった映像を探し回っていると……いた!
ノエムはいた!
しかし大ピンチだ!?
すぐ目の前に現役A級冒険者の一人がおる!?
「ふーん? 今度の獲物は可愛いにゃー?」
しかも思いっきり両者の視線が噛み合っていた。完全にターゲットにされている。
あれは最初に四人並んでいた試験官=現役A級冒険者でたった一人の女の子。
なんか気配というか感じが猫っぽい。
「んー困ったにゃー。可愛すぎて時間をかけてかまいたいにゃー。でも今日は試験だからサクサク進めて行けと言われてるんだにゃー」
「…………」
「アタシは、スキルの影響でどうしても獲物はジワジワいたぶりたいんだにゃ。本能に逆らうのはストレスにゃー」
アビニオンの映像越しでも眼力が効くのでパラメータを覗いてみる。
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【名前】シーガル
【種類】人間
【性別】女
【年齢】19歳
【Lv】39
【所持スキル】獣化(豹)
※スキル説明:自身に獣の能力と特性を付加する。筋力アップ、俊敏性アップ、感覚アップ、知力ダウン。獣化深度に比例して強化段階も上がるが思考能力は落ちる。
【好悪度】ニャ
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「アタシのスキルは獣化にゃー! この体を獣に変えることで獣の力を宿すにゃー! お嬢ちゃんにはもう少し獣化深度を上げてやるにゃー!」
シーガルの体が変容していく……!?
手足から黄金色の体毛が伸び、同じように爪も鋭くなる。
表情が凶悪となり、瞳の形もネコ科を思わせる琥珀色へと変わっていく。尻尾まで生えてきた。
「にゃっにゃっにゃっにゃ……! これで獣化深度五十%といったところにゃ、お嬢ちゃんにはニャンに一つも勝ち目はないにゃ。でも心配するにゃ。悪あがきの仕方によっては見込みありで合格させてやってもいいにゃ……!」
「問題ないです。私はアナタを叩き潰します」
「にゃ?」
唐突な宣言に、猫人間が尻尾をブンと振る。
「アナタたちは最悪です。スキルがあるかどうかでしか人を判断せず、中身を見ようとしない。アナタたちなんかよりリューヤさんが断然強いのに。それを無視して酷い扱いをする」
「何を言ってるにゃ? 何のことか全然わからないにゃ? 獣化深度が上がってアタシの思考が鈍ってるせいじゃないにゃ!?」
「だから私がアナタを叩きのめして、アナタたちが別に大したものじゃないって証明してやります。私はリューヤさんより断然弱いけれど、それでもアナタを倒すぐらいできます」
「うーん、わかったにゃ! お前ケンカ売ってるにゃね! A級に歯向かうとはいい度胸にゃー!」
鋭い爪を振り上げ、飛び掛からんとする猫女。
それより先に、ノエムの手には薬瓶が握られていた。
ガラスの透明な容器で、透き通る中身の怪しげな色が如実にわかる。
「バカ野郎! 迂闊に近づくな!」
「にゃにゃにゃ!?」
外から突きこまれる声に猫、急停止する。
鋭い声。
「その娘は資料にあった<錬金王>スキルの保持者だ! スキルランクではお前の<獣化>より遥かに上だぞ! 侮るな!」
そう言うのは別のエリアで受験者たちを蹴散らしている、別の現役A級冒険者。
リーダー格のソーエイデスだったか。
猫女を叱りつける風格はまるで猛獣使いだ。
「くッ!」
ノエムは薬瓶の蓋を開け、中身を振り撒く。
「にゃにゃにゃにゃー!」
警戒したか、猫女は俊敏な動きで後退し、薬品が身に付くのを避けた。
さすが獣の能力を帯びているだけあって素早く、余裕でかわす。
そして……。
「んぎゃああああッ!? なんにゃああああッ!? 臭いにゃあああああッ!?」
振り撒かれた薬品が地面に落ちた途端、猫女が鼻を抑えて絶叫した。
「臭い!? いや痛いにゃ! 鼻の奥にズブリと突き刺さるようにゃ!? その薬から臭うにゃ!?」
「獣化するなら、目や耳、鼻の感覚能力も獣並みに上がるという推測は当たりましたね。だからこそ普通の人間にはそれほどでもない薬物刺激に過剰な反応をする」
ノエム、また臭いもの系で攻めてるの?
こないだ散々やったでしょうに。
「ネコ科の猛獣は、特別な成分の混じった尿で自分の縄張りを主張するといいます。そのネコ科猛獣の特質を持つアナタにとって、この魔物避け成分を大量に含んだ退魔薬は効き目抜群のようですね。これを体に直接かけたらどうなるでしょう?」
「なんて悪魔的考えにゃー!? やめるにゃー!?」
しかしノエム、懐に隠し持っていた退魔薬は瓶二、三本どころの話じゃない。
一気に六本、瓶ごと投げつける。蓋を外して中身をまき散らしながら。
「んぎゃああああああッ!? くせえ! くせえにゃあああああッ!? 刺激臭がどんどん強まるにゃああああッ!?」
「<獣化>を解けシーガル! 獣の嗅覚を失えば臭いなど気にならんだろう!」
仲間のアドバイスも届かず、のたうち回る猫女。
<獣化>の代償で思考が鈍っている分、誰もがすぐ思いつく対抗策に気づけない。
しかし相手も獣、のたうち回りながらも俊敏な動きでノエムの叩きつける臭い薬の直撃を避ける。
体に直接付着したら、臭さでもうどうしようもないとわかっているからだ。
「さすがに速いですね。ならこれならどうです?」
さらに薬瓶を投げつけるノエム。
しかし何人が気づけただろうか、その新たに投げた薬瓶の中身が、それまでのものとはほんのり色が違っていたことを。
「へへーん! 何度投げても無駄にゃ! 獣の俊敏さに懸けてかわしてくれるにゃー!」
獣の本能で、もはや回避ゲームに没頭する猫女。
回避しようとするからこそ、投擲物へ注目する。
よくよく視線を誘い込んでところで、明らかな企みの宿った薬瓶が……。
……爆発した。
「んぎゃにゃあああああああああッッ!?」
しかも眩いばかりの閃光を放って。
それは爆発力で敵対象を吹き飛ばしたり火傷を負わせるのが目的の爆発ではない。
熱や爆風よりも、太陽よりも眩しい光を放って敵の眼をくらませるためのものだ。
「錬金合成で作り出した閃光薬です。<獣化>しているなら嗅覚だけじゃなくて視覚も鋭敏になっているでしょう? 覿面に効きましたね」
「眩しいにゃあああああッ!? 目が潰れるにゃあああああああッ!?」
哀れ両目を抑えてのたうち回る猫女。
あれではもう回避とかそれどころではなく、ノエムが垂らす激臭の退魔薬を今度こそその身に浴びてしまった。
「んぎゃあああああッ!? 臭いにゃ! 眩しいにゃ! 目が潰れるにゃああああッ!? 鼻が曲がるにゃあああああッ!?」
ああなっては、いくら獣のパワーを宿したからといってもどうしようもない。
臭さ眩しさで動けなくなった猫女を眼下に、ノエムが最後に取り出したのは……棍棒だった。
「その棍棒もまさか……、錬金術で?」
恐々尋ねる周囲の者へ、ノエムは律義に答える。
「私はあくまで錬金術師ですから、鍛冶師さんの真似事はできません。これはお店で買ってきた出来合いの棍棒です」
「な、なーんだ……」
そこで安心するのもおかしなことだと思うんだが。
市販品でも立派な鈍器よ?
「買ったあと、私の手で錬金エンチャントを施しました」
「え?」
「結果、錬金効果でインパクトの瞬間のみ、硬さが十倍、重さが三百倍になります。それではいきます」
振りかぶってー。
ドゴォン!