45 這い上がれ
「うごおおおおお……! 一体何が起こったんだ?」
落とされた。
いや試験的じゃなく物理的に。
しっかりとした地面の上に立っていたはずなのに、その地面の上に突如ぽっかり穴が開き、その穴の中に一同一挙に飲み込まれた感じ?
そして落ちるところまで落ちて、やっとどこかに着地して自由落下は止まった。
で、ここはどこ?
「ダンジョンだ……!」
一緒に落とされてきた受験者のうちの誰かが言った。
「この迷宮めいた内装……ダンジョン独特のゾワゾワした雰囲気……間違いねえ!」
そう言われるとそんな気がする。
俺はダンジョンには数える程度しか入ったことがないので外界との違いとかそこまでよくわからないが……。
……そんな若僧がA級受験しに来てすみません!
「でもなんで俺たちはダンジョンに? ついさっきまでたしかに地上にいたのに?」
という誰かの問いには、俺が答えた。
「決まっている、あの痩せぎす男のスキルだ」
穴に落とされる寸前、俺はアビニオンから共有された眼でたしかにアイツのパラメータを読み取っていた。
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【名前】センテンス
【種類】人間
【性別】男
【年齢】31歳
【Lv】42
【所持スキル】デジョン・スポット
※スキル説明:任意の座標に、空間を飛び越える『穴』を作り出す。『穴』は入り口と出口が一対。まず出口となる座標を設定しなければ入り口の『穴』を作り出すことはできない。出口座標は、使用者との一定以上離れることで自然消滅。
【好悪度】×
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読み取ったパラメータによれば、あの痩せぎす男センテンスのスキルは、距離や障害物を無視して異なる場所を繋げることができるらしい。
その異空間の通り道が、あの『穴』ということだった。
「あの痩せぎす男は、空間を歪めるスキルを使って、俺たちをどこかのダンジョンへ飛ばしたらしい。ただアイツのスキルには有効範囲がある。あまり遠いところへは飛ばせないようだ」
パラメータ欄に詳しく書かれていないが、試験が行われているルブルム王都をカバーするのが精いっぱいってところだろう。
「その範囲内にあるダンジョンに、誰か心当たりはないか?」
「ルブルム国有ダンジョンだな。間違いない」
受験者の中の誰かが言った。
打てば響くように答えが返ってくるなあ。
「ダンジョンは、モンスター蔓延る危険地帯であると同時に貴重な資源が採掘される、富の源泉だ。だから優良なダンジョンは国が直接管理し、ダンジョンのある場所に都市が興るなんてことはよくある」
「ルブルム王都もその一つ?」
「というか首都クラスの大きな街は大抵ダンジョン保有都市だ。ダンジョンはそれだけ富を生むってことだ」
そういや、俺が住んでるセンタキリアンの王都にもダンジョンあったな。
「じゃあ、俺たちが落とされたのはルブルム王国保有のダンジョンってことで間違いないな。問題はあの痩せぎすが俺たちをダンジョンに放り込んでどうするかだ」
『痩せぎす痩せぎすと煩いですよッ!!』
噂をすればなんとやら。
どこからか痩せぎす男本人の声が響き渡った。
頭上から?
そして肝心の姿が見えない?
「……あれか?」
見上げるとダンジョンの天井に『穴』が開いていた。
俺たちを飲み込んだ『穴』と同じ質のものだ。
『ふ、ふふん、理解が早くて助かりますよ!? 説明が省かれるのは無駄の切り詰めですからね!』
声はあの『穴』から響き渡る。
次元を繋げる『穴』を伝声管のようにして別座標から声だけを送り届けているんだろう。
『こ、これがアナタたち<スキルなし>に受けてもらう予備試験の内容です! ダンジョンから脱出すること。それをもってアナタたちに試験を受ける最低限の実力があると認めてやりましょう!』
「なるほどなー」
ところであの痩せぎす男の声が妙に引きつっているのは、動揺の表れかな?
まだ一言も説明していない自分のスキルを、俺に思いっきり見透かされているから。
『制限時間は特に設けませんが、あまりダラダラしていると試験が終わってしまうので急ぐ気持ちぐらいは持っていてください。無能のために延長してやる時間など一単位たりともありませんので。ギブアップしたい時はダンジョン内のどこでもかまいません、私に助けを求めなさい』
淡々と注意事項めいたことを伝える。
最低限試験官の仕事を務める気はあるらしい。
『断ってはおきますが、私にはアナタたちを殺そうなんて気は欠片もありませんからね。アナタ方のような無能でも一応はギルドの人材。下働き程度の役には立つでしょうから生かして使うに越したことはありません。私たちが鬼でも悪魔でもないことをどうかお忘れなく』
そこまで言って、次元の『穴』は閉じた。
やるべきことはわかった。
ここから這い上がって、ダンジョンの出口にたどり着けばいいんだ。
「そんじゃ、皆行きますか」
その場に集まる男女様々な者たちに告げる。
ここにいる人員は、いくつかの共通点で結ばれている。
A級冒険者になることを目指し、それ相応に実績を上げてきたベテランであること。
そして<スキルなし>であること。
それらの共通点は、ここにいる全員に思った以上の連帯感を伴わせた。
「もちろんだぜやってやる!」
「スキル持ちの連中が、いつだってオレたちを見下しやがって!」
「アタシたちがどんな思いでここまでのし上がってきたか! スキルだけが冒険者の能力じゃないってことを思い知らせてやるわ!」
主にスキルによって優越感を振り撒く上級冒険者たちへの嫌悪によって、皆の心は一つになった。
「ギャーハハハ! その意気だぜえええッ!!」
「ケーケケケ! 皆で力を合わせればこれぐらいの困難どうってことないぜえええッ!!」
「フーフフフ! 皆で一緒に合格してやろうじゃねえかあああッ!!」
と一際やかましく笑い散らすのは、さっきも会ったモヒカン三人組だった。
「アンタらも<スキルなし>だったんかい!?」
「オーッホッホッホホ! スキルに恵まれぬ逆境に耐え、二十年は現役に留まったオレたちだぜええええ!!」
「クスクスクスクス!! A級昇格試験もこれで七回目だぜええええッ!!」
「ケタケタケタケタケタ! 折れない心だけが支えだぜえええッ!!」
見た目ほんとチンピラにしか見えないモヒカンたち。
しかし人一倍の苦労と挫折を味わいながら、ここまでやって来たことが窺い知れた。
ほんと見た目の雰囲気から実情がかけ離れっるんで戸惑うしかない。
「とりあえず笑うのやかましいんでやめてくれませんか?」
「「「はい」」」
素直だ。
とりあえず、俺たちの人員はざっと見で二、三十人。
あの数百人いた受験者の中で<スキルなし>がこれほどの割合いたのは凄いと思うべきことなのか。
たとえスキルがなくとも、A級昇格試験を受けられるB級冒険者にまで成り上がり、生き残った人たちだ。
しぶとさだけは人一倍あるってことは一目見ただけでわかった。
彼らと協力しながら進めば、ただダンジョンを脱出するだけなことぐらい容易い。
確固たる自信を持ったまま俺は、とあるもう一つの気がかりを解消するために行動した。
「アビニオン? あーあーアビニオンさん? 聞こえる?」
何もない虚空に向かって話しかける。
何も事情を知らない人が傍から見たら『頭が可哀想なことに……!?』と憐れまれかねないので、見つからないよう慎重に……。
……応答が来た。
『おお聞こえるとも主様? 随分妙なところに落とされたようじゃなあ?』
俺が話している相手は魔神霊アビニオンだ。
言葉は通じるがここにはいない。
究極の超越種である彼女は大抵のことが可能なので、忠誠のパスを繋げた俺と遥か離れるところから通信することだって充分可能だ。
『わらわに通信して、何を御命令されるのか? 主様をそのような掃き溜めに押し込んだ罪人を誅し、お救いすればよいのか?』
(通信中)
「誅するな。チューするな」
俺を舐めないでくれ。
俺と一緒にここまで落ちてきた、同じ目的を持つ者たちも。
この程度のアクシデント独力で乗り越えてみせるわい。
「アビニオンには引き続き、ノエムの保護をお願いする。何か不測の事態があってもキミがついてればこれ以上安心なことはない」
(通信中)
『相変わらず過保護な主様じゃのう。しかしノエムも、最近とみに逞しくなってきておる。人の子ながら感心するほどじゃ』
それは……!?
俺も、最近彼女のアグレッシブぶりには舌を巻くぐらいだが……?
「ちなみに今彼女、どうしてる?」
(通信中)
『もう試験とやらは始まっておるぞ? それに絶賛挑戦中じゃ』
試験が始まっている?
そうか、スキルを持っている受験者は、正規の試験をもう受けているってことか。
そしてその前の段階で足掻いている俺たち<スキルなし>。
『ノエムめ溌剌と暴れておるわ。主様も見てみるかの? 主様はわらわと繋がっておるでの。わらわの眼を通して直接映像を受け取ることができるぞえ?』
直接見ることができる?
そして俺の頭に流れ込んでくる映像。
それは自分の眼で見ていないのに見えるという不思議な状況だった。
その映像の中でノエムは……。
……A級冒険者をボッコボコに打ちのめしていた。