44 陰謀の試験
「受験者諸君、突然のゲストに驚いたことだろうが、これはけっして悪いことではない」
いまだ大笑いするゼムナント王子を押しのけ、試験官ソーエイデスは語る。
「王子はルブルム王国とセンタキリアン王国、二つの国の重要人物であるのだから彼から高い評価を得られれば二国からの覚えめでたいことになる。A級冒険者となってからの活動もより有利なものとなろう」
唐突の闖入者に、迷惑千万と言わんばかりだった受験者たちの表情が、それをきっかけに明るくなった。
自分の冒険者生活にプラスになることなら、まあ誰もが歓迎するであろう。
「そういうことだ。……まあもっとも、最初から覚えが最悪のヤツは今さらどう足掻いたところで変わらんがな?」
そんな皮肉めいたことを言う時の彼の視線は、間違いなく俺の方へ向けられていたように思える。
それからすぐ、ゴニョゴニョと会場まで聞こえない小声ですぐそばの試験官へ囁く。
◆
「……わかっているな? 私がお前たちに望むのはただ一つ、あの忌まわしいレスレーザの関係者を必ず不合格にすることだ」
「王子からは既に多額の援助を頂いておりますれば。スポンサーの意向に沿うことも冒険者の務めです」
ぬけぬけとほざく試験官。
他の受験者たちには声が小さくて聞き取れないだろうが、レベル八百万を超えた俺の聴覚を持ってすれば容易く聞き取り可能なんだよなあ。
「よきかな! あの男が試験に合格できなければレスレーザの面目も丸潰れ! 父上もきっと思い直し、私を王位継承者に改めて指名してくださるに違いない! 私が王となったらソーエイデスくん、キミへの恩義は決して忘れんよ!」
「全力を尽くします」
何の全力だよ?
いかんな、一国の権力争いを試験の中に持ち込むとは。
この時点でA級昇格試験がまともに行われることがないと確定してしまった。
「そうは言うが……、あの憎きレスレーザのつがい犬が何故試験会場にまで来ている? ヤツの致命的な欠陥は前もって伝えておいたはずだが?」
『レスレーザのつがい犬』って俺のことかな?
王様から怒られたというのに他人を犬呼ばわりする悪癖が消えない酷い王子様だ。
「……はい、たしかに今回<スキルなし>の受験希望者は申し込み段階ですべて弾いておけ、と地元ギルドマスターに命じておいたはずなのですが。手抜かりがあったようです。申し訳ありません」
「私の期待を裏切ると、あとで酷いことになるぞ?」
「心配無用です。試験本戦となれば私を含め現役のA級冒険者たちが直接当たります。我らに油断も容赦もありません」
「いいではないか! さすがA級冒険者、見直したぞ!」
俺は見損なったがね。
すべての冒険者の頂点に立つはずのA級冒険者が、権力者に阿って重要な試験を捻じ曲げようとするとは。
A級昇格試験、ただでさえ厳しいものになろうのに、さらなる困難が襲ってくることが請け合いだ。
やっぱり気を引き締めておかねば。
◆
……というのが盗み聞きにて聞き取った内容。
それらを経てついにようやく始まります。A級昇格試験本番が。
「それではまず、名前を呼ばれた者は前に出てきてください。……ブランシェリル王国、マギタ街支部所属、アロニアさん」
「はい」
「ズワル共和国、極北開拓村支部所属、イスカリオさん」
「はーい」
何の出欠確認か、次々と名前を呼ばれ、呼ばれた者は前に出ることを強制される。
「……センタキリアン王国、王都支部所属、ノエムさん」
「あッ!? は、ハイ!」
ノエムの順番も回ってきたが、俺はまだだ。
一瞬たりとも分断されることに抵抗を感じたのか、不安げに俺を見るノエム。
「行ってきな、俺もすぐ呼ばれるだろうから」
「そうですよね。……じゃあ、先に行きます」
ノエムと離れる。
しかし俺の名が呼ばれることはついになかった。
名前を呼ばれた者が抜けていき、受験者数が最初の数から十分の一程度まで減ったところで……。
「以上です」
……と切り上げられた。
俺を含め、周囲の残った受験者たちに困惑が広がる。
ここまでの流れで、相手が何をやりたいのか意図がまったく見当がつかない。
いや、本当は何となくだが見当はつき始めている。
「ここに残ったアナタ方は、何故自分が名前を呼ばれなかったか薄々理由がわかっているのではありませんか?」
と呼びかけるのは、さっきまで点呼をとっていたのと同一人物。
四人の試験官の一人で、病的なまでに体のやせ細った枯れ木のような男だった。
「私はA級冒険者のセンテンス。冒険者としてもっとも価値の高い私が、無価値なキミらの名を呼ぶこと自体汚らわしくて嫌なこと。そこまで言えばお判りでしょう? 無能な上に無知であれば、それはもう救いようがありませんよ?」
「残ったのは全員<スキルなし>か」
俺が言った瞬間、残った集団に動揺が広がった。
一人一人それぞれに心当たりがあるのだろう。
「ご名答。最低限の知能は備えているようで助かりました。あまりに理解が低いと余計な説明までしなくてはならなくなって、私の貴重な言葉が無価値人間のために浪費されてしまいますからねえ」
その割に無駄口が多いな。
「最後まで名前を呼ばれず、ここに残ったのは何の能力も与えられなかった<スキルなし>の方々です。神から見捨てられた、哀れな落伍者たち。生まれながらに不合格の烙印を押された者」
言いたい放題だなコイツ。
「毎回、数こそ少ないですが必ず出てくるんですよねえ。何の手違いか、能力もないくせにB級にまでなって、それで勘違いを推し進めて試験に参加する<スキルなし>が」
「参加資格は満たしているはずだ。ルールに則って受験しているのだから何の不都合もない」
周囲から『そうだ、そうだ!』のヤジが飛ぶ。
他の受験者たちも、あのA級試験官の舐め切った態度には憤然としているようだ。
「いくらルールに逸脱していないとしても、非合理的なものはできるだけ排除したいのですよ。……知っていますか? 冒険者ギルドが始まって以来<スキルなし>がA級冒険者になったことは一度もないのですよ」
という事実申告に、一挙にヤジがやんだ。
ぐうの音も出ないって感じ。
「<スキルなし>のA級冒険者など、一人もいないのです。現在にも過去にも、そして未来にも。こちらとしても不合格とわかりきった無能者にリソースを割かれるより、将来有望な高性能スキル所持者を重点的に見ていきたい。冒険者ギルド全体の利益を考え、今からでも潔く身を引いてくれませんか?」
という痩せぎすの男の眼に、あからさまな侮蔑の色があった。
「そうしてくれれば、ギルドからのキミたちへの評価も多少はいいものになりますよ? 無能へ向けるものとしてそれなりにね。……さあ、キミたちの賢明な判断を聞かせていただきましょう」
「試験は受ける」
即答したのは俺。
「元から合格してA級冒険者になるつもりでここへ来た。何もせずに諦めて帰るつもりはない。不可能へ挑戦することこそ冒険者の魂だろう」
「そうだそうだ! その通りだ!」
「偉そうな試験官なんぞに誰が従うか! オレたちは最後まで希望を捨てないぞ!」
試験官の侮蔑的な言葉に、皆相当頭に来ていたのだろう。
意外なことにも自主的に脱落する<スキルなし>の受験者は一人もおらず、全員がその場に残った。
試験官の確認は完全に無駄な行動として終わったのである。
「ああ……、面倒くさい。バカの相手はどうしてこう面倒くさいのでしょう?」
壇上にいる試験官センテンスとやらは、苛立たし気に手の甲をガリガリと掻く。
痩せぎすの外見に見合ってやはり神経質な性格らしかった。
「これで全員退散してくれたらすべてが速やかに進むのに。……いいでしょう、ではこの試験官にして現役A級冒険者……“迷宮コンダクター”の異名をとるセンテンスが<スキルなし>向けの特別試験を執り行います!」
特別試験?
「アナタたち無能は、当然のことながら正当なスキル保有者より何段も劣ります。それゆえにまず予備試験を受け、本当にアナタたちがスキルもないのにスキルをある者たちと同等の能力があるか試させてもらいましょう」
次の瞬間だった。
「皆! 足元に気をつけろ!」
俺は叫ぶ。
青龍との五年間の修行で培われたのは、レベルだけではない。
レベル数百万を越えようともさらに上の次元にいる龍との修行は、感覚を集中して先読みしなければ瞬時のうちに消し炭となる地獄。
だもんで俺の直感は、並の予知スキルより遥かに先を見通せるほどに研ぎ澄まされていた。
「なッ!?」
恐らく何かするつもりだったのだろう痩せぎすの試験官は、機先を制されて硬直する。
「かッ、勘のいいヤツが交じっているようですね!? しかし試験官として命じます、そこから一歩も動いてはいけません! 動いた者は今度こそ強制的に不合格とします!」
そこまで言われたら動くことはできない。
すると驚くべきことが起こった。
俺たちの足元に、ポッカリ穴が開いたのだ。
しっかりあったはずの地面がなくなり、従って支えを失った俺たちは重力に惹かれて真っ逆さま。
「安心なさい危険は一切ありません。穴に落ちることに関してはね?」
痩せぎす試験官のいやらしい表情が真上へ遠ざかっていく。
「ただご案内するだけですよ。アナタたちクズに相応しい試験会場へと、ね?」