43 試験開始と予期せぬ再会
そしてA級昇格試験当日。
俺たちがやって来た場所は、何やら広々とした空間だった。
集会場というか……闘技場?
周りをスタンド的なものがグルリと囲み、中央にいる俺たちを見下ろすかのような構造。
中央の平地に集められた俺たちは、俺を含め二、三百人は下るまい。
その中には当然ながらノエムも含まれていた。
この全員が、A級冒険者になることを目指したB級冒険者たちなのだろうか。
「いよいよ試験開始ですね!」
ノエムがウキウキとした表情で言う。
いつからこんな冒険心旺盛な子になったのか。いや冒険者なら冒険心があるのはいいことか。
「大丈夫です! リューヤさんなら絶対確実に合格できます! むしろ私の方が心配です、私自身に戦闘能力なんてまったくないし……!?」
「お互いベストを尽くそう」
聞くところによると、このコロッセオめいた建物は国有闘技場。
ルブルム王国が式典などを執り行うための施設であるらしい。古代にはここで血みどろの決闘が行われたりだとか何とか……?
まあそれはいい。
冒険者の昇級試験は数年に一度、全国規模で一斉に執り行われる。
あまりに規模が大きいためにギルド単独では手が回らず、世界各地のどこかの国に協力を仰ぎ、人や施設を間借りして行うのだそうだ。
今回の試験ではルブルム王国が協力者になったということ。
ちなみに各国にとってA級昇格試験が開催されるとは大変名誉なことで、毎回招致合戦が熾烈なものになるらしい。
俺たちがこうしてルブルム王国の公共施設に立ち入れるのも、そんな風な事情あってのことだってことよ。
以上は聞いた話。
「しかし不安だなあ。むしろ落ちる可能性があるのはノエムより俺だろうし」
「いやいやそんな……!?」
「割と本気で。だってまたいつ<スキルなし>がネックになってくるかわかったものじゃないからねえ」
どこへ行ってもまざまざと見せつけられる<スキルなし>への悪意。
この国へやってきてすぐの時もそうであったし<スキルなし>は、スキルを持たないという事実以上に様々なハンデを社会的に負うらしい。
その牙が、最初の一回だけで収められたという保証はどこにもない。
「あぁ? お前さん<スキルなし>なのかぁ?」
ほら早速来た。
俺たちの会話を立ち聞きでもしていたのか、たまたま隣にいた集団が絡んできた。
俺のことを<スキルなし>だと知った途端。
「ヒャーハハハ! こりゃまた身の程知らずが現れたもんだなぁ?<スキルなし>の分際でA級冒険者になりたいなんてよぅ?」
「オホホー! やめとけやめとけA級はなあ! スキルもないのになれるほど甘っちょろい階級じゃねーんだよ!」
「ギャハハハハハ! 死ぬ覚悟あんの? そうでなきゃ<スキルなし>がA級になろうなんて世の中舐めすぎだぜぇ!?」
絡んできたのは三人組。
しかも絵にかいたようなガラの悪い集団で頭はモヒカン、両肩にトゲトゲの着いたアーマーを装着し、服装は上下統一して革製だった。
しかもそれが三人共通したファッション。
いくら何でも整いすぎている。
「たしかに俺は<スキルなし>だが、それを理由に諦めることはしない。どんなことだろうと」
結局どこに行っても、この手の輩に絡まれるのか。
必須イベントだと思って、とっとと処理して、とっとと終了させるか。
「ケッケッケー! いい度胸だな兄ちゃん~! でもやる気だけでなんとかなるんだったらA級はいらないんだぜ~!」
「クケコココ! 気合で解決できると思ってるうちはまだまだヒヨッコってことなんだぜ~!」
「グババババ! A級になるにはなぁ! 根性だけじゃなくて入念な準備と計画! 勝利にたどり着くまでの筋道が詳細に見えてないとダメなんだぜえええッ!!」
だ、だったら何だって言うんだよ?
「カーカカカカッ! テメエは圧倒的な準備不足だって言ってんだよ! 何手ぶらで来てるんだぁ!?」
「キーキキキ! A級試験は長丁場だぜぇ!? ポーションの一本もなしに乗りきれると思ってるのかぁ!?」
「クーックックック! まして<スキルなし>のテメーじゃあ、普通のヤツの十倍は準備しとかなきゃならねえってのによぉ!」
お、おう……!?
「グロロロロ~! 仕方ねえからオレたちの持ってるポーションを少しだけ分けてやるぜええ!! ほれ十本!」
「シャババ~! ポーションだけで安心できるほどA級試験は甘くねえ! 毒消しに麻痺治しも持っていきなあ!」
「ニャガニャガ!<スキルなし>ならなおさらこういう備えが必要ってこったあ! 能力がないからこそすべてに自分の注意力だけで対応してかないとなんだからなあああ!」
あ、ありがとうございます?
ポーションだけでなく、毒消し麻痺治し、スタミナドリンク、目薬、気付け薬、熱冷まし、石化解除薬まで渡してくるモヒカンたち。
孫にたくさんのお土産を持たせて来るおばあちゃんかと思った。
「ヒャハハ~! これだけやっても受かるかどうかわからねえのがA級試験の厳しさだぁ!」
「クケケケケ~! テメエら本気でA級になりてえなら一回落ちたぐらいでも諦めんなよぉ! 最後にモノを言うのは諦めない根性なんだからよおおお!」
「オホホホ~! あっちにも新人ぽい若僧がいるぜえええ! 先輩様が指導してやろうじゃねえかああ!」
そして駆けていくモヒカン三人組。
嵐のように現れ嵐のように去っていった。
「……ポーション類は私がまとめて持ってるんですが……!?」
同じように両手いっぱいの回復アイテム(市販品)を押し付けられたノエムが呆然と呟いた。
俺も圧倒されて呆然としていた。
いつも通りだと思われたパターンが、このような形で外されてくるとは……。
A級昇格試験。
それを受けるために集まってきた猛者たちも、やはり一筋縄ではいかないということか?
◆
そうこうしているうちに待たされる時間が終わり、今度こそ本格的に試験が始まるようだ。
一段高いスピーチ台のような場所に上る、四人の男女。
見ただけでわかる四人いずれもただ者ではない気配。
「私はソーエイデス。A級冒険者昇格試験の監督を行う」
四人のうちの一人が代表的に唱える。
その偉そうな態度に相応しい、仕事盛りな年頃の引き締まった壮年。
「まずは試験会場を提供くださり、様々な便宜と協力をご提供くださったルブルム王国の方々に、冒険者ギルドを代表して厚く感謝申し上げる」
どことも知れぬ方向へ頭を下げ、いかにもなジェスチャーをとったあと、改めて俺たちのいる方向へ向き直る。
俺たち受験者の方向へ。
「さて、ここに集まりし未来のA級冒険者の諸君。あるいは……自分にA級の資格があるなどとうぬぼれ勘違いした傲慢者の諸君」
ソーエイデスと名乗った男は続ける。
「キミたちが真に資格ある者かどうかを判別することが私たちの仕事だ。この壇上にいる四人は、私を含めて全員がA級冒険者。キミたちが目指す存在そのものだ」
ソーエイデスの後ろに控えた三人、いずれも不敵な笑みを漏らし佇む。
筋骨隆々の大男に、病的にやせ細った青年、それに健康的な魅力をまとう若い美女。
「“鉄筋”グリンド、“迷宮コンダクター”センテンス、“サーベルタイガール”シーガル。いずれも冒険者として名を馳せた猛者たち。試験の監督官として不足なきものと自負している。無論この私……ギルド評議会直属のA級冒険者“無敵の盾”ソーエイデスもまた同様」
要するに現役A級の彼らが、自分たちと同等の存在を選出するために判断を下すということか。
まあ、合理的なシステムなんではなかろうか?
「今日集まったルーキーの中から我らの同格が、一人でも多く新出することに期待する」
「一人も合格できないかもにゃー? にゃはははは!」
「シーガル黙れ」
壇上の紅一点が不穏な茶々を入れてきた。
やはりA級昇格試験、受かるも落ちるも簡単にはいかないのかもしれない。
試験中に死者が出ることもあるとかゆうてたしな。
気を引き締めていかんと。
「それでは早速試験を始めよう……と言いたいところだが、その前にもう一つだけ」
何だよ?
ここにいる人たち全員、今にも試験が始まるものかと焦れに焦れまくっているんだが!?
「この試験にゲストをお招きすることになった。先方たっての希望で、世界最高水準の冒険者が選出される過程を見学なさりたいのだそうだ。いずれご自身が王となる時のための勉強だとのことでな」
王……?
「では紹介しよう。センタキリアン王国の第一王子ゼムナント様だ」
紹介を受けて壇上に上がる五人目。
その優男に見覚えが……あったっけ?
ああ、あったあった。
あれは旅立ちの前、俺たちの住む元の国で王様への謁見の席、雁首揃えた王子王女の一人ではないか。
「皆の者苦しゅうないぞ、いかに私がセンタキリアン王国の王位継承候補第一位であったとしてもな!」
なんか勝手なこと言ってない?
「ルブルム王国での催し事に他国の王子が出席する。そのことに違和感を持つ者もいることだろう」
「しかし詮索不要! 私はこの国とも深い縁があるのでな!」
聞かれてもいないのにべらべら喋る王子様。
「何しろ私の母……センタキリアン国王の第二妃は、元々はルブルム王国の王女だったのだから! つまりルブルム国王は我が伯父! 可愛い甥っ子の頼みであれば見学も許してくれるというわけだ! わははははは!」
ああ、そうか。
ルブルムとかいう国名を、試験会場として紹介される前にどっかで聞いた記憶があるとずっとモヤモヤしてたんだが、やっと思い出した。
あの王子様の口から出てたんだった。
自分が次の王様になると決めつけ、その競争相手となるレスレーザをずっと目の敵にしてきたアイツ。
それが今、こうして俺たちの目の前に現れた。
いい兆候であるわけがない。