42 水着のノエム
こうして無事、俺もA級冒険者への昇級試験を受けられるようになったぞ!
すべてはノエムのパワーネゴシエーターなお陰だ。彼女の手腕に感謝せねば!
「二人で一緒に合格しないと意味がありませんからね! 本番はこれからです! 頑張りましょう!」
気合たっぷりのノエム。
そんな彼女はついさっきまで俺が倒した五千体ものモンスターの後処理を進め、完遂したばかりだった。
こんな短期間に五千体を処理し終えるとはおそるべしノエム!
「現地のクラフトギルドさんたちの協力を頂いたからですよー。リューヤさんが戦ってる時から並行して作業してましたし、具体的なことは彼らにお任せしましたから実質私は何もしてないです」
実際は無茶苦茶やってるヤツのセリフだコレ……!?
まあ、とにかくこの一件でクラフトギルドは意図せず大量の素材を獲得でき、しかも冒険者ギルドへの依頼を経ることもなかったので余計な経費が掛からずウハウハという感じ。
逆に冒険者ギルドはビジネスチャンスを逃して大弱りと言ったところかな。
なんせこの先数ヶ月~数年分のモンスター討伐クエストをふいにしたんだから。
悪いのは誰なんだろう?
破壊神のごとき大暴れをした俺か? それをけしかけたノエムか? それとも存在自体が害悪なモンスターたちか?
ルブルム王国の冒険者ギルドマスターが悪いことにしておこう。
多分それがすべての人間の精神によいはずだ。
「さて……、それじゃあこれからどうするかなあ?」
「説明によるとA級昇格試験が開催されるのは何日か先らしいです。まだ現地に到着していない受験者がいるとのことで」
じゃあ、その何日か手持ち無沙汰になってしまうな。
一体何をして過ごそうか。
いやいや、ポッカリ空いた余暇だからこそ、それをどう活用するかで物事の成否が変わってくるものだ。
俺たちだって目前に迫ったA級昇格試験、偶然にもできた時間で充分な対策を練らなければ合格できるものもできなくなるに違いない!
試験会場を下見したり、過去の試験を調べて傾向を推測したりやるべきことは多いはずだ!
一日の積み重ねを疎かにしなかった者だけに成功が訪れる!
『そうじゃのう、おぬしらがまず何をすべきかというと……!』
アビニオンが言った。
『体を洗うべきじゃと思う』
「えええ……!?」
なんでそんな地味な話に?
『いやあの主様もノエムも……言いにくいことじゃがだいぶ臭うぞ? あの魔物寄せの効果じゃろうの。臭いがバッチリ体に染みついておる』
マジかよ!?
たしかに強烈な臭いだったからな、あの魔物寄せ薬。その臭いで多くの魔物を誘い寄せたんだが、それが至近にいた俺たちにもバッチリ移っていたとは!?
「リューヤさん私、臭いですかー?」
「サッパリわからん! 自分たちの鼻じゃもう慣れてしまっているんだ!?」
恐らくそうとしか考えられない。
たしかに開封直後は鼻が曲がるように臭かったのを覚えているが、今じゃまったく気にならなくなったのは臭気が拡散して薄くなったからだとばかり思っていた。
そうじゃなかったとしたら?
俺たちは、あの自分たちでも悶絶した臭いを振り撒きながら、街中を闊歩していたというのか!?
『さっきから道行く者たちがおぬしらを振り返っておるじゃろう? 臭いからじゃよ!!』
「いや、お前のことが気になったからじゃないか!?」
どさくさに紛れて透過しないまま同行しやがって、このゴースト女!
いや言い争いしている場合じゃない。とにかく今は一刻も早くこの体から臭気を洗い落とさないと。
どうしたらいい?
体を洗うには……、水だ!
◆
ということで俺たちは海水浴とやらをすることになった。
元々海に面しているルブルム王国。海岸線の一部が開放されて泳げるようになっているらしい。
『海で泳ぐなんて、そんなことしていいの!?』と内陸育ちの俺などは思うのだが、今の状況を改善するにももってこいだろう。
着ている服はノエム開発の強力洗剤でつけ置き、体の方は海の塩水で洗い流すぜ。
「人体用の消臭洗浄剤がありますから、それでよく洗ってから海に入りましょうね」
「あるなら最初から使おうよ!」
結局普通に海水浴することになった。
海水浴の作法としては、それ専用の服装があるらしい。
水着というそうだ。
冒険者として、それなりのクエストをこなし、それなりの蓄えもできた俺は、その場で水着ぐらいサッと買うことができた。
ノエムに至っては錬金術で作り上げた合成果物をクラフトギルドに売り払って俺より儲けているはずだから、なお一層水着の調達なんて軽いはずだ。
それなのに時間がかかっていた。
俺がパーッと水着買って、サササッと浜辺に出たというのに、ノエムはそれ以後待てど暮らせど出てこない。
一体何があったのかとジリジリしだした頃、ようやくノエムが現れた。
「おまたせしました……!」
ほぼ裸だった。
なんという破廉恥な格好!? 隠しているのは胸部と局部だけで、それ以外はほぼ剥き出し。
ヘソも背中も太ももも、素肌が丸見えになっておる!
まるで下着ではないか!?
嫁入り前の乙女がなんと恥じらいのない!?
「わかっていますよ! 私だって恥ずかしいんですよ!」
だったらなんでそんな変態的な格好を!?
「だって、これが水着の普通だって店員さんが言うんですよ!? 水に入るんだから、できるだけ布地は少なめがいいって!」
何だと!?
真偽を確かめるために俺は周囲を見回す。
何せ俺たち以外にも多くの海水浴客が訪れている。
……たしかにいた。ノエムの他にも、女性の海水浴客が、こちらも『裸か!?』と言わんばかりの露出の高さで、胸と股間を申し訳程度に小布で包み込んでいるだけだった。
中にはノエム以上に際どい水着で『これもう布じゃないじゃん紐じゃん』と言いたくなるようなモノだけを身に帯びつつも堂々と浜辺を闊歩していたりする。
「ダメです! 見ちゃダメです!」
「えッ!? なんで!?」
ノエムから目を塞がれた。
なんで?
『主様は乙女心を解さぬものじゃのう。ノエムのヤツが、主様に見てもらうために無茶したんじゃ。その前で目移りしてどうするか?』
アビニオンもいた。
そして俺はいまだに目を塞がれている。
『ノエムが買わされた水着はセパレートタイプとかいう種類で、いわゆるビキニじゃな。ボーイレッグとかいう下履きの形は露出が少なく、ビキニ初挑戦だったノエムが精いっぱいの妥協をした形じゃ。それでも水着なんか纏ったことのないノエムとしては大冒険なんじゃぞ、もっと褒めんか』
何それ呪文?
アビニオンの語る用語の何一つとして分からず、俺を余計な混乱に叩き落とすことにしかならなかった。
……あのノエム。もう脇目は振らないんでそろそろ俺の眼を塞いでいる手を放してはくださいませんか?
あッ、取れた?
見えた?
ええええええええええええッッ!?
「アビニオンまで水着姿になってるうううう!?」
いつもはふわっとしたドレス姿のゴースト女が、浜辺でやっぱり裸同然の水着装束!
『ふっふふふふふ驚いたかのう!? わらわは別に店から購入したわけではないが、わらわを形作る半霊半物のエクトプラズムは自由に形を変えられるゆえ、いつものドレスもエクトプラズムの形を整えたものじゃ。形態さえ記憶すればいつでも再現可能ゆえのう』
それでも際どすぎるその水着!?
股間を隠す布の形がほぼ三角形ではないか!?
胸を隠す布も中央の切れ込みが! 谷間が!
『ホレホレ見たであろうノエム、この主様の慌てっぷりを? 誘惑というのはこれくらい大胆にやってこそ実を結ぶもので、おぬしのように中途半端にやっては結局肌の晒し損じゃぞ!?』
「わ、わかりましたから……こんな公の場所でリューヤさんを誘惑しないでください!」
恐るべし魔神霊。
ただレベルが高いだけでなく、容易に人の心を掴み取り、翻弄する。
そのあとは結局海に来て泳ぐ準備もできたんだから泳ごう、ということになり、泳いだ。
とはいえ内陸育ちの俺もノエムも泳ぎなんてまったく知らないからアビニオンから教わることになり、クロールなる泳法をレクチャーされて言われた通りに腕を掻いてみたら、その勢いで海が割れた。
水平線まで。
やっぱり限界以上までレベルが上がったら日常の力加減にも気を配らないとなあと思った。
そうこうしているうちにA級昇格試験の当日がやってきた。
結局遊ぶことしかしてなかった。