41 証明の五千匹殺し
瓶のふたを開けた途端、鼻を突く凄まじい刺激!
「臭い! めっちゃ臭い!?」
『これなら魔物どもにも覿面じゃのう……!?』
二週間履き続けたブーツに汚水を流し込んでジックリコトコト煮立ててもこんな臭いにはならないだろうというくらいに強烈な臭気!
モンスターより先に、まず俺がヤラれそう!?
しかし、さすがはノエムの作った錬金薬というべきか……。
効果はすぐに現れた。
地平の向こうから聞こえてくるドドドドドドド……という足音。
物凄くけたたましい。
それがほんのり高音になってきているということは……こっちに近づいてくる!?
『おほう……、来たのう来たのう』
このメンツの中で一番万能を誇るアビニオンが早速変化を確認したようだ。
『我が千里眼によると、数多くの魔物の群れがこちらに対して迫ってきておるのう。……獣型、亜人型、スライムのような不定形型に……おやおやアンデッドまで? 本来感覚が死んでいるはずのアンデッドまで呼び寄せるとは、ノエムの薬は本当に品質最良じゃのう?』
「あの……、具体的には何体程度……?」
『さあ、少なくとも二百体は超えてるんでないかのう?』
二百体!?
「狙った通りの効果です! 調合が上手くいって嬉しいです!」
ちゃんと効果が実証できてよかったね!
じゃねえ!
どうするのそんなにたくさん集めて!?
二百体以上ものモンスターが臭いの発信源たるこの場所へ! やってきたあとは『用が済んだら帰ります』とはいかないでしょう!?
モンスターだから確実に一暴れはするでしょう!?
そしたらどうなるの? 現地にあるこの街は!?
「大丈夫です! やってきたモンスターはリューヤさんが全部倒せばいいんです!」
『そのために誘い集めたんじゃからのう』
過剰な期待が俺を蝕む!
これ、俺が一匹でもモンスターを討ち漏らせば街に突入して大惨事になる流れ。
『主様がそんなヘマをするわけがなかろう? 万一そうなったとしても主様を侮辱した愚か者のいる街じゃ。滅んでもよかろ?』
よくないよ!?
ああ、そうしているうちに早くもモンスターどもの最先陣が到達しつつある!?
足の速そうな獣型モンスターだ!
やはり各個体の俊敏性で、到達順にばらつきがありそうだな!
「くわばりゃーッ!!」
仕方ないので接触した傍から魔物を薙ぎ倒す。
倒すことには問題ない。レベル八百万を超えた俺の腕力で一振りするだけでモンスターぐらいなら労せず粉砕できる。
問題は数だ。
どれだけレベルが上がろうとスキルのない俺に頼れるのはみずからの手足のみ。
手にも足にも届く長さには限りがある。
そんな中で全部のモンスターを漏らさず討ち取ることなんてできるのか!?
なんかこう……工夫がいる局面と見た!
「ほあたあ!」
広げた手の平で、何もない空間を押し出す感覚で放つ。
すると圧縮された空気が壁のごとくなって、遥か先まで飛んでいく。
それに直撃した魔物たちは次々と蹴散らされていった。
「よし使える……!」
弱い魔物なら充分あの空気壁に轢かせることで絶命まで追い込めた。
このペースで来る魔物二百匹、すべて粉砕すれば……!
『主様―、情報修正』
「は?」
『ノエムの薬が想像以上に効いてのー、思ったより広範囲から集まってくるようじゃ。魔物どもの集合に途切れがない』
「つまりどういうこと!?」
『魔物総数二百体じゃ全然効かんってーことじゃ。これ千体いくんじゃないかのう? 頑張るのじゃー』
「うおおおおおおおおおッッ!?」
あくまで目的は、この街の脂マスターに俺の実力を見せつけることだから俺一人でやらないと意味がない。
なのでノエムもアビニオンも一切手出しすることがなく、背後で俺を応援するのみだった。
『いや……、主様をすり抜けて街に入ろうとするヤツがきたら、それは潰しておくつもりだったんじゃがのう。その一匹すら出てこないってのはどういうことじゃ?』
「それだけリューヤさんが鉄壁ということですよ。やっぱりリューヤさんは完璧ですね!」
無邪気な期待が重くのしかかる!
ともかく一匹も討ち漏らしてなるものか! パンチだキックだ! さらに自分の腕が八本に増えているような錯覚が!?
うおおおおおおおおッ!?
◆
……そして丸一昼夜は経っただろうか?
俺の周囲には数え切れないほどの魔物の死骸が転がっていた。
まだ生きているヤツもいる。
たった一体。
これが最後の一体か。
大きな大きなカタツムリのような魔物だった。カタツムリ的外見だけあって歩みは遅く、だからこそ最後尾となって到着したのだろう。
こんなに遅いのに、頑張ってここまで来たんだな。
ゴールまで立派に完走したじゃないか。
他の足の速い魔物にたくさん追い抜かれたことだろう、それでも諦めずにノロノロとでもしっかり進んで、ここまで来たんだな。
ここがゴールだぞ。
ってい。
倒した。
これで全討伐完了!
『おおー、やったの主様ー。総計五千体突破じゃー』
パチパチと拍手するアビニオン。
マジか五千体!?
そんなに倒したの!?
振り向けばノエムたちだけでなく、多くの見知らぬ顔が人だかりを作っていた。
さすがに街の鼻先でこんな騒ぎを起こされたらそら嫌でも注目するか。
お騒がせしてソーリー。
「なんだ……何事なのだ……!?」
人だかりの中に一人、なんだか見覚えがあるようでない脂ぎったハゲがいた。
いや、やっぱある見覚え。
彼、前に揉めたこの街の冒険者ギルドのマスターじゃないか!?
前会った時には髪の毛があったのに、今は一本たりともない!? 眉毛すら!?
これがノエムのぶっかけた『毛根死滅剤』の効力なのか効きすぎて怖い!?
「なんでこんなに街の前にモンスターが……!? ……あッ、これは街道沿いに出没しておったオクリオーカミ!? 毎度お馴染みオークとゴブリン!?」
さすがギルドマスターだけあって、モンスターの見識は高いようだ。
死体であろうと一目見ただけでどんなモンスターが当ててくる。
「ひげーッ!? この巨大な甲殻虫モンスターはクレイオスオオカブト!? この一帯で最強のモンスターではないか!? それが十体も!?」
それはたしかに硬くて、倒すには直に殴らないといけなかったから面倒だったな。
そして十体じゃないよ。戦闘中百体は倒した記憶があるから探せば死骸がもっと出てくるはず。
「ぎゃああああああッ!? これは、フジハナバチ!? 有用素材を出すために討伐制限されていた魔物までえええええッ!? 我が街特産のハチミツがあああああッ!?」
「悪いのはリューヤさんじゃありませんよ。あの人に力を示すよう迫ったのはアナタなんですから、アナタが元凶です」
冷然とした表情で告げるノエム。
口ぶり表情が完全にカタギのそれじゃない。
「これだけの数の魔物を一度に倒したんですから、ここら一帯の魔物生態系に明らかな影響が出るでしょう。少なくともこれから数ヶ月……ヘタをしたら数年はここ一帯に魔物が出現しなくなるかもしれませんね」
「うごご……!?」
「でもそれはいいことでしょう? 魔物がいなくなるということは危険がなくなることですから、人の行き来も活発になって経済もよくなるでしょう。ただし、魔物退治も立派な仕事の一つだった冒険者はどうか知りませんけど」
ノエムの言う通り。
魔物退治は、冒険者にとって一番重要な仕事の一つ。他に素材集めとかダンジョン探索とかあるものの、もし突然、これから数ヶ月モンスター討伐の依頼が一件もないとなったら……。
ギルドも冒険者も相当なダメージに?
「もう一度言いますが悪いのはリューヤさんじゃありません。リューヤさんの実力を見せてみろとアナタたちが言ったからこうなったんです。アナタも実際見たでしょう。これだけの数の魔物をたった一人で全滅させることがD級冒険者やC級冒険者にできますか?」
「…………ッ!?」
「もうリューヤさんがA級冒険者に相応しい実力者だと認めてくれますよね。リューヤさんが試験を受けるための手続きを行ってください」
「し、しかし……! スキル至上主義は今やギルド全体の方針で……!?」
「ダメですか? だったらリューヤさんにもっと実力を示してもらうしかないですね」
そう言って新たに薬瓶を出すノエム。
「この国にもまだまだモンスターは残っているでしょうから、たくさん倒してリューヤさんの強さをもっと証明しましょうね」
「待ってわかった! そ、その男の試験参加を認める! 受験手続を進めておくから、だからもうやめてくれええええッ!!」
「最初からそう言えばよかったんですよ」
ゆすりたかりじゃねえか……!
あの可愛かったノエムがこんな手腕を発揮するなんて……!?
恐るべし人の成長……!?
でも彼女のおかげで俺も試験参加が叶ったんだから、ひとまず感謝しなければならんか。
「さあ、仕留めた魔物の死体は一体も無駄にできません! 彼らが浮かばれるためにもしっかり処理して最高品質の素材に仕立て上げましょう!」