39 新たな地で
そしてルブルム王国へ着いた。
ルブルムは、俺たちが元からいたセンタキリアン王国から南にある国家。
気候は温暖、海に面しているから港町が複数あり、海洋貿易が盛んであるらしい。
ここルブルム王都もその一つで、内陸からやってきた俺たちから見て、街並みの向こうに広がる青い青い海の青さが、凄く青かった。
「うわー! 青い!」
ノエムが海の青さに高揚を隠しきれずにいた。
彼女もまた昇格試験に挑む一人だなどと、外見から誰が想像できよう。
「私、海見たの初めてなんです! 話には聞いてたんですけれど、こんなに大きな池が本当にあったんですねー!」
まあ、実は俺も海見るのは初めてだ。
生まれてこの方センタキリアン王都で生活してきて、さらにその人生何分の一かは青龍との修行で森の中だったし。
大陸の端に用事なんて今日までついぞなかった人生だ。
しかし今、ついに海をこの眼で確認することができた。
これが海!
海は青いな、大きいな。こんな広大な青いもの前にしたら、そりゃ人間大きな気持にもなるもんだ。
「海だぁー!」
「海ぃー!」
俺とノエム揃って、街道沿いの丘から雄たけびを上げるのだった。
『我が主様は煩いのう。海ごときで何をそんなにはしゃいでおるか?』
などと言うアビニオンは、どこか恥ずかしげな表情であった。
これは……、田舎のおのぼりさんと同行している都会っ子のようなリアクション。
「アビニオンお前は海を見たことがあるのか!?」
『当然じゃろう、わらわが魔神霊として何千年在り続けていると思っとるんじゃ? 海どころか海の底まで探索済みじゃわい』
なんと。
アビニオンさんはさすが年の功、俺たちより遥かにたくさんのことを知ってるんだな。
「海の底なんかに何の用で行ったんですか? いつもの気まぐれですか?」
『そんないつでもノリと勢いだけで動いてるように見えるのかのわらわは? 海にも魔神霊が住んでおるから、ソイツに用事があって何度か訪ねたことがあるだけじゃよ』
海の底にも魔神霊が住んでいるというのか?
アビニオンののんびりした佇まいを見ていると時々忘れそうになるが、彼女って人間を遥かに超越した能力を持つ恐ろしい存在なんだよな。
その気になれば天変地異を引き起こし、何万人を瞬時のうちに鏖殺することだって容易い。
そんな彼女と同等の力を持つ魔神霊が、世界にまだ何体といる。
それは『知らなきゃよかった』と悔いるほどに重大すぎる情報ではないか。
「お友だちのところに遊びに行ったりするんですか? 魔神霊さんたちも仲よしなんですねー?」
『気の合うヤツらとだけじゃがのう。同じ魔神霊でも会った瞬間、特に理由もなく殺し合いになる連中もあるから、まあフィーリングじゃなそこのところは』
…………。
また一つ、知らなくてもいい情報を得てしまった気がする。
『んなことより、こんな水辺くんだりまで来た用事を済ましてしまうのが先決じゃろう。何じゃったっけ? えーきゅう昇格試験? 永久昇格試験?』
そんな終わりなく昇格し続けるような出口のない試験、嫌だよ。
『そのA級昇格試験とやらに合格するのが今回の目的なのじゃろう? こんなところで雑談している場合ではないであろう、たわけぇ』
「お前の口からもっとも的確な指摘を受けようとは……!?」
なんだか物凄くしてやられた感がして癪だ。
しかし彼女の言うことは正しい。
俺たちは試験を受け、合格し、晴れてA級冒険者となるためにルブルム王国へとやってきた。
決して海の青さに感動するためではない!
「そうですよね! 私とリューヤさん二人揃って合格するためにも頑張りましょう!」
同じく受験資格を持ったノエムも気合充分。
海に感動するのは、もう終わりだ。
『それで試験とやらはどうやって受けるものなのじゃ?』
「あらかじめロンドァイトさんから貰った指示に従うしかないなあ」
ギルドマスターのロンドァイトさんから言い含められたことによると、到着次第現地の冒険者ギルドを訪ねよとのことだった。
ルブルム王国にもルブルム王国の冒険者ギルドがあって、いわば支部ってヤツだな。
そこにもルブルム冒険者ギルドを束ねるマスターがいて、まずその人に話を通さない限り話は何も始まらないようだ。
「ロンドァイトさんから書類を預かっている。俺の分とノエムの分の二通。これがA級昇格試験を受けるための紹介状ってことだ」
「それを見せて受験資格を貰おうってことですね!」
この書類には、我が郷センタキリアン王国からの俺たちに寄せられる信頼が詰め込まれている。
これを提出すればきっと見知らぬ土地でも信頼を得られることだろう。
◆
「あッ、そうだアビニオンは街にはいる時ちゃんと姿を透過させておいてくれよ。お前が人目に触れたら大パニック確実なんだからな」
『そういえばここは見知らぬ土地じゃったのう。主様の本拠ではすっかりわらわの姿も見慣れられておったから忘れかけておったわい』
恐るべきセンタキリアン王都。
既に正常性バイアスにかかっていた。
◆
「不合格だ」
……そして到着したルブルム王国ギルドで……。
信頼もクソもなしに頭ごなしで弾かれた!?
俺たちは、若干街中で彷徨ったあと何とかルブルム王都の冒険者ギルドを発見し、突入。
受付を通して、この地区の冒険者ギルドマスターに対面。
書類を渡して試験に参加させてもらおうと求めたところ、このすげない返答である。
「あの、なんででしょう? 所属ギルドからの紹介状もあって、不備はないと思うのですが」
さすがに『はい、そーですか』と引き下がることもできずに、食い下がることにする俺。
これでスゴスゴと帰っては、故郷でレスレーザやロンドァイトさんに合わす顔がない。
「何故と言われてもな。むしろダメな理由ばかりじゃないか?」
テーブル越しに向かい合うのは、ここルブルム王国ギルドのギルドマスターさんとのこと。
齢五十前後と見受けられる脂ぎった顔つきの男性で。
ウチのギルドの肉厚な花びらを持った大輪の花・ロンドァイトさんとは同じマスターでもエライ違いだ。
「お前<スキルなし>なんだろう?<スキルなし>をA級冒険者にするなんて前代未聞だ、ありえねえだろうが」
脂ぎったギルドマスターが書類をペシペシ叩きながら言う。
そこには俺のパーソナルデータもいくらかは記してあるのだろう。
「冒険者ってのは実力至上主義の世界なんだぜ? 実力至上主義ってことは、スキル至上主義でもある。スキルのない弱虫はお呼びでないってことだ」
まさかここでも俺の<スキルなし>が影響を及ぼしてくるとは。
冒険者として数々の功績を上げ、とっくに払しょくできたとばかり思っていたが、ここは別の土地。
場所が変わるだけで、実績もリセットされてしまうのか。
そしてどこへ行ってもまとわりつくのは<スキルなし>というレッテル。
「いいか<スキルなし>? お前がどんな手品を使って紹介状を得たのかは知らないが、このオレが今回の試験を取り仕切る当番だったのが運の尽きだ。オレは不正を見逃さない、けっしてな」
「不正などしていませんが」
「不正してなきゃ<スキルなし>が紹介状をとれるわけないだろう! ……チッ、センタキリアンのギルドマスターは、若い女だったな。そんないかにも頭カラッポのヤツに責任を持たせるから、こんな手違いが起こるんだ……!」
ギリッと、拳に力がこもる。
俺はともかくロンドァイトさんをバカにするとは。幾分声を重くして反論する。
「スキルはなくても、俺が地元ギルドで上げた実績の数々は、その紹介状にも記してあるはずだ。それをもって俺の実力は証明できるだろう」
「こんなのウソに決まってるだろうが! 魔族撃滅だぁ? たった一人で? でっち上げにしてももっとマシなことを書きやがれ!」
魔族とは、たった一体でも国が亡びる危険を運び込んでくる人類の天敵。
それを倒したと俄かに信じられないのは仕方ないにしても、ここまで頭ごなしに否定してくるとは。
「お前には公文書偽造の罪で牢屋に入ってもらうからな! この国はセンタキリアンと違って犯罪者に厳しいってことを思い知らせてやるぜ! ついでにこんなふざけた書類を作ったセンタキリアンのマスターも罷免するよう訴えてやる!」
これはもう話し合いの余地はないな。
ならば違う作法で状況を切り拓く局面だと俺が、腰を浮かせる寸前……。
バシャッと……。
液体がぶつかって跳ね上がる音がした。
「ひいえええッ!?」
頭から水浸しになる脂ぎったギルドマスター。
彼に水をかけたのは……。
これまでずっと俺の隣で黙って座っていたノエムだった。