03 山賊を蹂躙する
「俺は<スキルなし>だ」
「ああぁ?」
「生まれが悪かったのかスキルなんか持ち合わせていない。俺なんか売っても二束三文にしかならんぞ。他を当たったらどうだ?」
俺の忠告に、しかし山賊たちは侮蔑の笑みを漏らして……。
「『オレを食っても美味くないぞ』ってか? そういうわけにはいかねえよ兄ちゃん」
「テメエに価値があるかどうかはこっちが決めることなんだよ! こういう時のために奴隷商は他人のステータスを覗ける鑑定スキル持ちを抱えてるんだ」
「逃げたい一心でその場限りのウソをついても通じないってことよぉ! ま、本当に<スキルなし>だったら仕方ないんで、二束三文の儲けで満足してやるがなあ!」
他の山賊たちも一緒になってゲラゲラ笑う。
どうあっても逃がすつもりはないらしい。
「鉱夫に農奴、開拓奴隷……、<スキルなし>でも働き口はいくらでもあるさ。安心してオレたちの飯の種になってくれや」
「仕方ないな……」
「お? 観念したかい?」
観念したさ。
この状況を流血なしで切り抜けることはできないってな。
俺は手を伸ばす。
その動きがあまりにも自然すぎたのか、速すぎたのか、山賊どもは反応すらせず無造作に、俺の手を受け入れた。
指先が、相手の顔面に深くめり込む。
「あががががががががッッ!?」
「ああッ!? アニキいいいいッ!?」
顔面を貫かれる山賊。
他の山賊仲間たちも、想像だにしなかった事態に呆気にとられて戸惑うのみ。
五年間、龍に鍛え上げられて筋力も相当上がっているからな。
その力を殺意をもって用いれば、人間の頭部ぐらい簡単に貫ける。
指を引き抜くと、顔面に穴の開いた山賊その一は全身痙攣させながら崩れ落ちた。
急所に達したのだろう。
これで一人、世間様に迷惑をかける犯罪者がこの世からいなくなった。
「コイツ殺りやがった! 素手で!」
「気をつけろ! コイツやっぱりスキル持ちだぞ! 無能力でこんなことができるわけがねえ!」
いや、本当に<スキルなし>なんだが。
スキルがなくても純粋に腕力があればこれくらいできるよ。
「逃げるためじゃなくて不意打ちのためにスキルを隠していたのかクソがッ!」
「だったら上玉じゃねえかよ! 絶対殺すなよ! 死んだら売り物にならねえからな!」
仲間が一人殺されたというのに、獲物が上質である喜びの方が勝っている。
心底クズということか。その方が俺も良心の呵責に悩まされずに済むから助かるが。
「げひゃあッ!?」
「ぐひッ!?」
軽く回し蹴りを放っただけで、四人分ほどの上半身が下半身から分かれて宙を舞った。
修行で身についた力をもってすれば、本当に人体ぐらい紙屑のように斬り裂けるな。
前にゴブリンと戦ったのがいい予行になった。あれで力加減の必要性を認識していなかったら、このクズどもも粉々の血煙にしていただろう。
「ぐひゃえ~ッ!?」
「な、何なんだコイツ!? どんなレアスキルを持っていたら、こんなバケモノみたいなことできるんだ!?」
いや、だからスキルなんかないって。
とか思っているうちに、また三、四人まとめて叩き殺した。
人殺しをして何とも思わない冷血漢だという自覚はないが、それでも相手が山賊であれば情けなど持ち合わせない。
「お前らを野放しにしたら、きっと他の人を襲って命を奪ったり、売り飛ばしたりするんだろう」
だから一人も逃がさない。
ここは人里離れた谷の底。役人に突き出すにもだいぶん歩かなければいけないしその間に誰一人として逃がさずにいる自信はない。
だからもっとも手っ取り早くて確実なのは、ここで皆殺しにしてしまうことだ。
「助けて! 降参する! だから命ばかりはあああああッ!!」
「情けねえ、獲物に命乞いする盗賊がいるかってんだよ!」
最後の二、三人ほどになって、やけに貫禄のある山賊が一人だけいることに気づいた。
コイツがリーダー格か?
「やってくれるじゃねえか。<スキルなし>とか言いながら、ここまで強力なスキルを持ってるなんてよ。純粋な強化系スキルか?」
「いや、だから本当にスキルは持ってない……」
「奇遇だなあ。実はオレも強化系のスキル持ちなんだよ……!」
山賊リーダーが言うと同時に、その体が急速に膨張して盛り上がる。
全身の筋肉が肥大化し、まるで巨人に変身したかのようだった。
「オレのスキルは<力+10%>だ!! 小細工なしの力比べといこうじゃないか!!」
どうやら向こうは完全に俺のことをスキル持ちと決めつけて譲らないらしい。
だがそれよりも俺が気になったことは、相手がスキル持ちという事実自体だった。
「スキルを持っているのに、山賊なんぞをやっているのか?」
「ああ? それがどうした?」
「スキルは誰にでも与えられるものじゃない。限られた人間だけがスキルを持つ。スキルを得た人間はそれだけで『選ばれた人間』ってことだ」
目の前の山賊も、スキルを持っているからには間違いなく『選ばれた人間』。
折角選ばれたというのに……。
「スキルを貰ったというのに山賊なんかをしているのか? 人から盗んで人を傷つけるだけの山賊を。そんなことのためにスキルを使っているのか?」
「何言ってんだテメエ? バカかよ?」
俺の言うことを理解できる頭脳すらないらしい。
「力は他人のために使ってこそ意味がある。それなのにお前はスキルを得ながら自分のためだけに使い、あまつさえ他人を害そうとまでしている」
そんなヤツは、益々生かしておく価値などない。
「お前のスキルは力自慢らしいな。ならこういうのはどうだ?」
俺たちが対峙しているのは谷間、上流から流れて来たり、土砂崩れで落ちてきたりと大小さまざまな石や岩が転がっている。
その中で一番大きな岩を、俺は持ち上げた。
片手のみで。
「は?」
その様を、力自慢の山賊リーダーが間抜けな顔で見上げる。
「パワーが得意のスキルなんだろう? だったらお前もこれぐらいで来て当然だよな?」
「う、ウソだろ!? なんでそんなデカい岩を……!? 山みたいにデカい岩を……、片手で!? 持ち上げる!?」
谷に、こんな大きな岩が転がっていたのがちょうどよかった。
「なんてヤツだよ!? 筋力50%……、いや100%アップでもそんなマネ無理だろう!? 一体どんなスキルを持ってやがるんだテメエ!?」
「だから<スキルなし>なんだって」
「ウソつけええええッ!?」
本当だよ。
だからちゃんとスキルを持っているお前が、自分の得意な分野で負けると恥ずかしいぞ。
「だからしっかり支えてみせろよ」
「は!?」
「はいパス」
「うぎゃあああああああああッッ!?」
持ち上げた岩を投げ放つ。
ちょうど相手の頭上へと落ちてくるように。
スキルで筋力が上がっている山賊は、その力で岩を支えるかとも思いきや一瞬も耐え切れずに押し潰された。
「ぐげぎゃべぐべごべ……ッ!?」
岩と地面の間に挟まって消える寸前、腰が『く』の字に折れ曲がってベキバキ異質な音が鳴り響く。
生き残った他の山賊も諸共岩の下敷きになり、綺麗にいなくなった。
地面と岩の隙間から流れ出る真っ赤な血が、憂いのなくなったことを如実に示す。
「さて……」
これで災いは終わったかというと、そんなことはない。
龍との修行でレベルが上がった俺は、感覚能力も五年前より随分上がった。
目や耳や鼻、それに皮膚感覚も随分鋭敏になり、離れた場所に潜む卑怯者の息遣いも聞き取り、嗅ぎ分けられる。
「…………」
跳躍。
一足飛びで傾斜を駆け上がり、岩を飛び越え、着地。
すると目の前に商人風の身なりをした男と鉢合わせた。
俺を見るなりギョッとした表情で二、三歩たじろぐ。
「奴隷商だな?」
そしてあの山賊をけしかけた犯人というわけだ。
追剥ぎの分際で随分明確に人の身柄自体を狙ってきていたし、確実な販売ルートでも持っているんだろうなとは思ったが……。
……まさか買い手本人がこんなに近くにいたとは。
「いや、アイツらの本来の仕事は用心棒か? アンタと商品を運ぶための……」
恐れおののく奴隷商の背後に、大きめの幌馬車が停まっていた。
幌の中から人の気配がする。ガチャガチャと鎖の鳴る不愉快な音と共に。
「商品輸送中に偶然俺と出会い、行きがけの駄賃にでもしようと思った。余計な欲をかいたな、お陰で今日を限りに店じまいだ奴隷商人」
「いやいや、恐れ入りました」
商人は、いかにも人好きのしそうな笑みを浮かべ、俺へとすり寄る。
「お強いですなあ、これだけ強くなるには相当良いスキルに恵まれたことでしょう。羨ましい限りです」
「…………」
「しかし折角のスキルも生かす場がなければ宝の持ち腐れ。どうです? 私に雇われてみませんか? あの役立たずどもの代わりと言っては何ですが、アイツら全員に払うはずだった報酬をまとめて……その三倍の額をお渡ししましょう。アナタの能力にはそれだけの価値がある」
「俺に、奴隷商の片棒を担げと?」
「何か誤解があるようですが、奴隷商とて立派な商売ですよ? お客様が欲しがるものを提供する。それさえ成立すれば世のため人のための商売なのです」
「奴隷を売るヤツも買うヤツもクズだ」
クズはクズであって人ではない。
だから世のためにも人のためにもならない。
人に仇なすクズを視界に入り次第叩き潰す。
それを成すことができれば、青龍に鍛えてもらった甲斐があるというものだろう。
「いえあの……ちょっと待ってください? 待ってくだ……、あの、待ってえええええッ!?」