38 A級冒険者への道
というわけで冒険者としての等級を上げなければならなくなった。
それも早急に。
元から冒険者稼業を続けていくからにはF級よりE級、E級よりD級と等級を上げていくつもりではあった。
一応これでも出世欲はある。
偉くもなりたいし、社会的に認められたりもしたい。
冒険者の世界でそれを叶えたかったら冒険者等級を上げるのが正攻法だ。
D級よりC級、C級よりB級、そしてB級よりA級なのだ!
とはいえ、そんなにガツガツと上げていくつもりもなかったのもまた事実。
俺としてはマイペースでゆっくりと、二十年程度かけてA級にでも上がれればいいなあと思っていた。漠然と。
しかし世の中は、案外キリキリと早く回っているらしい。
可及的速やかにA級にのし上がることを求められる俺だった。
何せそうでもしないとレスレーザと挙式できないからね。
先日彼女から『ウェディングドレスの仕立てを始めました!』と言われた時には締め切りを設定された気分になった。
というわけで俺は、とりあえずはウェディングドレスが完成するまでにはA級冒険者にならないといけないらしい!
「ノエムのドレスはどうするんだい?」
「一緒に作ってもらえることになりました! こないだレスレーザさんと一緒に採寸してきました!」
ここは冒険者ギルド。
今後の方針について相談するためにロンドァイトさんの下を訪れた。
いかにすれば最短最速でA級冒険者になれるか、ギルドマスターである彼女こそもっとも頼れる相談相手であろう。
「リューヤ、アンタの等級、Bに上がったよ」
「早い!?」
一言も発しない前から前進した!?
冒険者等級D→B!
前はF級からD級に進んだので二回連続の二階級特進!
「評議会に届け出しておいた案件がやっとこさ返ってきてね。王宮からの特別依頼を達成し、魔族を撃破した功績が認められての飛び級さ。……あ、ノエムちゃんも同じくB級昇進ね」
「やったあ!」
よかったねノエム……。
……じゃねえ。
「こんなにポンポン上がっていいのですか冒険者等級って? もっとたくさんのクエストをこなし、困難苦難を乗り越え、三歩進んで五歩下がったり一進一退しながらやっと積み上がっていくものじゃなかったの?」
「普通はそうだよ。普通じゃない成果をガンガン打ち立ててくるアンタらが悪いんだろ!?」
何故か怒られた。
すみません。
「今回だって、魔族殺しを理由にしてのB級昇進はむしろアレなんだよ。もっと上がっていいはずなんだよ。だって魔族殺しだよ?」
「飛び級に対する不満じゃないんですね……?」
「もっと飛ばなきゃおかしいって話なんだよ。大体S級冒険者でも一対一で魔族を倒せるヤツなんていないっていうのに、なんでそれをやったリューヤがB級止まりなんだい? ホントに評議会の石頭ジジイどもが……!」
と不機嫌なロンドァイトさん。
俺のために怒っていただくのは嬉しいですが、あまり事を荒立てないでね。
『なんじゃ? 主様を不当に扱う輩がおるというのかそれはいかんのうチャチャッと行って滅ぼしてきてやるか』
「だから事を荒立てるなって言ってるだろう!?」
アビニオンが相変わらず人外の摂理だった。
「とはいえ評議会の主張にも理がないわけじゃないんだよねえ。そこが問題でねえ……!」
「どういうことなんでしょう?」
「B級の上はA級だろう? A級冒険者になるには特別な試験を受けなきゃなんだよ」
試験?
ロンドァイトさんの説明によれば、A級こそ実質的な冒険者の頂点。ワイバーン殺しといったような伝説的功績がなければ昇格できないS級は別格として、大体の冒険者はA級となることを出世の『あがり』と考えているそうだ。
「だからこそA級は、それ未満とはまったく違う特別な位階だという認識が強い。だからこそそう簡単になることは許されない。少なくともギルドマスターやギルド評議員個人の判断ではなれないように。もっと多くの評価と判断に晒されなきゃならないシステムを作ってある」
それが試験。
「A級昇進試験さ。何年かに一度、見込みのあるB級冒険者を集めて行われる。死者が出ることもあるっていう厳しい試験内容の下に、数百人ものB級冒険者が参加して合格できるのが十人未満という狭き門だ」
「ひええええ……!」
思ったより厳しそうな試験でビビッた。
「死者が出るんですか?」
「出るねえ」
どうしてこういう試験って、安易に死人を出そうとするんだろうか?
「でもまあ、その試験にパスしないとA級冒険者になれないって言うなら挑戦するしかないだろうな……!」
「合格しないと結婚できないからね」
「そうなんですよ」
俺も魔族さんを倒した功績でB級になれたというなら、A級昇進試験を受ける資格も同時に得たということだ。
次の試験は一体いつ頃行われることになるのか?
「来月だね」
「早い!?」
「本当アンタの都合よく世界が巡ってくるよねえ。よっぽど強い幸運の星の下にでも生まれたんじゃないのかい?」
俺が幸運に恵まれてたならいいスキルでも貰えてましたよ。
俺がスキルに替わるレベルを手に入れるのに一体どれだけ死ぬ思いをして時間を費やしてきたことか。
「これを逃したら次の機会は二年とか三年後になるよ。これは受ける以外の選択肢はないね」
「そして絶対に合格しないとな」
落ちたらそれも二、三年後だ。
レスレーザをそんなに待たせるわけにもいかないし、ここは何としてでも一発合格しなければ。
「ノエムちゃんも受けるかい? アンタもB級に昇格したから受験資格はあるよ?」
「はい、受けます!」
意識に上りにくいがノエムも充分バケモノめいた成長性だと思う。
この子も俺とほぼ同時期に冒険者になったんだよね?
それなのに俺の昇格ペースにしっかりついて来ているって、奇跡なの!?
「ノエムちゃんは<錬金王>スキルと、エクスポーション大量生産の功績が認められてだねー。あれで戦場の兵士が何百人と助かったから王様が直接感謝の申し入れをしに行ったらしいよ?」
「それを受けての昇進……!?」
とにかく数年に一度の大チャンスが目の前に迫っているなら乗るしかあるまい、このビッグウェーブに。
「じゃあアタシから推薦を出しておくよ。A級昇格試験は一個前のB級ってだけじゃなくマスターか評議員……ギルド重役の認可も必要だからね」
「何から何まですみませんロンドァイトさん……!」
「別にいいって。アンタらが来てからアタシも何やかやで面白い毎日を過ごさせてもらっているからね。その礼みたいなものさ。もっと上に行って偉くなって、もっと面白いもの見せておくれなよ」
いや俺たちこそロンドァイトさんにはお世話になりっぱなしで。
ここのギルドのマスターが彼女でなかったら、きっとここまで順調な道のりではなかったんではなかろうか?
「もし恩を感じてるって言うなら、恩返しのためにアタシを愛人にしてくれてもいいんだよ?」
「裏取引き!?」
こういうの実際にありそう『試験を受けさせてほしかったら体を預けろ』的な。
普通は対象の性別が逆なんでしょうけれど。
「まあ、そういうのは冗談で、手続き一切はこっちでやっとくからアンタとノエムは指定日にちゃんと会場入りすることだけ肝に銘じておいてね」
「いつか本気にしますよ?」
そういう冗談ばかり言っていると。
「で、A級昇格試験の会場ってどこにあるんです?」
「あっちこっちでやるんだよねー。世界中の冒険者集めるから不公平が出ないように毎回会場変えてさ。今回の開催地は……南のルブルム王国だねえ」
ルブルム王国?
何だろうその名前……最近どこかで聞いたような記憶が?
◆
そういうことでA級昇進試験を受けるためにルブルム王国とやらに向かうことになった俺とノエム。
レスレーザはさすがに騎士の仕事やらなんやらがあるために同行はできなかった。
代わりに王都を出るところまで見送りに来てくれた。
ここで別れたら試験を終えて帰ってくるまで再び会うことはできない。
何故だろう、初めて会ったのは数週間ほど前なのに、もう何年も連れ添ってからの別れのように感じる。
「申し訳ありませんリューヤ殿、私たちの都合に振り回してしまって、ついには国外にまで足を延ばさせるハメに……」
「かまわないよ、元から冒険者になった以上はA級を目指すつもりだったから。タイミングが遅いか早いかだけの問題だったさ」
「どうかご無事に帰ってきてください! リューヤ殿のお留守の間、この国は私が命に代えても守り通して見せます!」
そんな重い話でもないはずだったんだがな。
とりあえずレスレーザの熱烈な見送りを受けて出発する俺とノエム。
あとアビニオン。
『ほう、余所の土地か? また珍しいものが見られそうじゃのう?』
「やっぱりお前も付いてくるんかい!」
なんだかお決まりみたいになってきた顔ぶれで、俺たちは新しいステージへと向かう。
そこでどんな陰謀がめぐらされているかも知らずに……。
「うーん、ルブルム王国ってどっかで聞いた気がしたんだけどなあ? どこで聞いたか思い出せない……!?」